百四十七日目 偶然に奇跡を重ねて
Twitterに転生後ブランの設定画をあげました。
転生前と転生後で髪型や顔の形はそのままなのですが色とか変えたら別人になりました。
あと女に見えないです。気になる方は@kou_tatumokuで調べてみてください!
おかしい。
なにがおかしいって、距離感がおかしい。
遠いと思って手を伸ばして水差しを取ろうとしたら思ってたより近くてそれを思いっきり床にぶちまけたり、柱の高さが低いように感じて大分腰を屈めたのに背伸びしても問題ないくらいの高さだったり。
本格的にボケが始まったのか、俺?
今は特にないからいいけど戦闘時なんて認識のずれは致命的な弱点だぞ。
避けきったはずの攻撃が当たったり、大袈裟に避けすぎて隙を見せることになりかねない。
手を前に出してまじまじと観察するが、やっぱり何か短い気がする。
「これで大丈夫か、本当に……」
時間がたつほど認識の齟齬は大きくなっていっている。
やっと回復してきたところだけど、悠長にしていられる暇もない。
足を突っ込んでいた氷入りのバケツから足を抜いて、状態を確かめる。
どうもこの足は熱を持つみたいで、定期的に冷やさないといけないみたいだ。
痛みはするが、最初に比べたら万倍もマシだ。ちょっと酷い筋肉痛くらいの痛みに近いかな。身体能力が上がったせいでここ最近筋肉痛になった試しがないけど。
「ふぅ……。あれを一気に大量消費すると考えるとちょっともったいないけど、仕方ないかな」
立ち上がって何度か軽く跳ねたり走ったりして感覚を掴む。
もう大分動けるようになった。全盛期にはほど遠いが、それでも手練れくらいの力はあると思う。
「おい、暴食。なにやってるんだ」
「……傲慢か。この足の動作確認ってやつだ。正直使いづらい上に痛みで動いてられないけどな」
「ハッ、そこまで憎まれ口を叩けるのなら上出来だ」
こいつは本当になに考えてるんだかまるで読めない。
思考回路が俺とは違うんだ。それは当たり前だが、こいつの場合はそれがもっと顕著なんだよ。
考え方が違うというより、最早存在する次元が違うとすら思える。それだけこいつはぶっとんでいる。
そんなやつじゃなければこの組織のリーダーなんてやれないだろうけどな。俺だったら絶対に嫌だね。
「そろそろ仕事をしてくれる気になったか?」
「ならないね。まず第一に俺は友達の迷惑になることはしない。結果的にあんたらの要求はひとつも叶えられない」
「情報屋としての腕を買っているんだが?」
「何度も言っている気がするが俺は売る相手と情報は考えてから売りに出すんだよ。そのどっちにもあてはまらないね」
誰に聞かれてもこの情報は売る気はないし、こいつに売りたいとも思わない。
「そうか。まぁいい。その内協力してくれることを願ってるよ」
俺が自分から協力するようになる、みたいなこと言いやがって。そんなの真っ平ごめんだ。
……だが、正しいかもしれない。そうせざるを得ない状況になってしまえば俺は多分こいつらに協力するだろう。
正義感で生きていくことはできないのだから。
全くの見ず知らずの人の為に死ぬなんて俺にはできない。命に順番をつけるつもりはないが、優先順位ってもんはある。
俺は俺の大切な人や友達を守るために行動する。
自分の凝り固まった考えに皆の命まで掛けられるほどの聖人でもない。
本気で危険な状況になれば、意地を張るのもやめるだろう。
「もう、既に危険なのかもしれないけどな……」
認識のずれだけでなく、大事なことを忘れたりしていきそうで怖い。自分が自分のままでいられるのか、それがわからない。
先の見えない恐怖がここまで怖いものだとは思ってなかった。
……ちょっと侮ってたかな。
大理石の床がやけに冷たい。
これでチョコレート固めるんだっけ、菓子職人は……。
「再度問う。本当に協力の意思はないんだな?」
「ない」
手に掛けられた妙なまでに頑丈な手錠が背後でがちゃりと音をたてる。
走ることもできるくらいまで回復した俺は、突然見たこともない場所に呼び出されてなぜか拘束された。
この部屋ではスキルの使用すら不可能みたいで、さっきから立つことすらままならない。
スキルで感覚を強化していたせいで、それがなくなったら平衡感覚すらちゃんと正常に機能してくれない。
お陰でその場に座り込んで話をするくらいしか今の俺にできることはない。
目の前に立った傲慢が大袈裟にため息をついて俺の頭に手を置いてくる。
視界が一回転したみたいにぐるりと反転した。
「づぁっ⁉」
あまりの気持ち悪さにその場を飛び退いて床に倒れる。
なんだ今の。
気持ち悪いどころじゃ済まないくらいのものだったぞ。
「なに、やった……」
「もう限界だ。暴食。さっさと目を覚まさせてもらうぞ」
手から逃れるにはどうしたらいい? あれに触られたら確実に不味いことだけははっきりしている。
魔法? こんなバリバリ対策してある場所で使えるか!
逃げる? それができたらやってるよ!
スキル? ……は、使えないこともないやつもないわけではないけど基本無理っぽいし、使えるやつも大分効果が薄れてる。
………戦う? どうやって?
手なら、ある。ただ、通用するかわからないし一回見破られたらもう二度と使えない。
偶然が重なって、そこに更に奇跡が上乗せされるくらいじゃないと成功しない確率ではあるが、上手くいけば逃げおおせることも可能かもしれない。
でも、あれは……。
目の端にキリカが映った。俺と目があった瞬間、三回瞬きをしたのが見えた。あの仕草は……!
「……ッ」
もう、やるっきゃない。
「らぁああああっ!」
気合いをいれて手錠を力任せに引きちぎる。あまりの固さにちょっと驚いた。右腕に違和感が走る。
やべ、手首にヒビ入ったかも……!
一瞬動きが止まったのに気づいたのか、キメラ人間こと強欲が俺を羽交い締めにする。危険だとわかっているからか左手の掌には触れようとしない。
「がっ……!」
「残念だったな。お前が暴れることは最初から予想してい―――」
それくらい俺だって考えてるよ!
だから二の手三の手くらい練ってある!
喉に力を集中させ、それを吐き出す。
「お前が今まで俺に掛けてきた呪い、全部返してやるよ!」
五十本の筒状のそれが一斉に燃え尽きて塵になっていく。
暴食のスキルは体のどこかに穴を出現させ、そこに何でも吸い込み、保存するものだ。
そう、手のひら限定なんて誰も言ってない。
ただひとつ問題だったのは所詮穴を開けるだけだから取り出すためには手を突っ込まなきゃいけなかったこと。
それを口に設定することで、息を吐いた勢いで中身を出すという正直汚い方法で何とかすることに成功した。
紙くらいなら息で吹き飛ばせるしね。
羽交い締めにされるだろうと思っていたから予め口に設定しておいたんだ。
スクロールは全部魔封じや呪い返し系の魔法が込められている。一本だとダメでも、こんな至近距離で五十本も喰らったら何かしら影響は出るはずだ!
「強欲が俺を取り押さえに来ることはわかってた……! 魔法やスキルの大半が使えないこの部屋、素の身体能力じゃ俺に勝てるのはあんたと傲慢くらいだからな!」
傲慢は直ぐに動かないだろうと思っていたから、先に準備できたんだ。
全身の気怠さが一気にとり払われ、久しく感じられていなかった魔力が自分のなかにあるという感覚がわいてくる。
やっぱり、魔力が少なくなってたのは呪いのせいだったのか。
「返してもらったよ、俺の魔力」
さて、ここからさきはほぼアドリブだぞ……いけるか?




