百四十日目 エンダルフィア
扉が乱暴に開かれて三人の男性が中に入ってきました。
以前マスターが人間キメラと言っていた『強欲』と、緑色の目をした悪魔『色欲』。もう一人はここのリーダーである竜人族の『傲慢』です。
傲慢は大罪と美徳を取り仕切る最高責任者なので、逆らうことは許されません。
「久しぶりだなぁ『勤勉』。潜入任務お疲れさん。そいつが例のイレギュラーか」
寝ているマスターに近付き、まじまじとその顔を凝視します。
「報告とは髪色が変わってるな。染めたのか?」
「……いえ。瘴気に触れただけです」
「あー。『謙譲』にやられたってやつだな」
相当な量の瘴気を吸い込んだ筈ですから、髪色が染まるくらいでは済まされない劇物なのですがこの方は髪色が変わっただけで済ませてしまった。
呪いの進行が早まったということはありましたが、それだけです。普通なら死んでもおかしくない。
「流石は人族の英雄だ。奴隷にするには最適じゃないか。なぁ?」
逆らった人は仲間ではなく奴隷として迎える。そういうことになっている。
私の場合は断ったら殺されそうだったので了承しましたが、マスターの場合は様々な事情から断ることは出来なかったのでここにマスターを仲間として受け入れる人はいないでしょう。
「これが義足か……聞いていた物以上だな」
「そんなに凄いのか?」
「ああ。魔力伝達回路から仕込み武器まで完璧に作られている。しかも勝手に暴発したりしないようにする安全性もバッチリだ」
左足を外して分解し始める強欲。彼は機械弄りが大好きで、定時報告の書類に書いたマスターの手製武器にかなり反応していました。
「これほどのものを作る器用さもそうだが、こいつの恐ろしいところは知識だな。俺だったらもっと無駄ができてしまう。こいつの知識はひとつのものではない」
「どういうことだ?」
「俺は鍛冶には詳しいが錬金術はからきしだ。こいつは鍛冶の技術だけじゃなく他の職業の技術も組み合わせてものを作っている。まるで数人で作っているみたいだな」
マスターは以前、こんなものを作れるのは色々やっていたからだと言っていましたが……やはり多才な方だったんですね。
傲慢が肩を竦め、
「それは良かったな。本格的に敵に回っていたら厄介だった」
確かにマスターは七騎士を本気で探してはいなかったと思います。
自分が襲われるから何とかしたい、という理由で探していたのですが、仕事を放り出してまでやろうとはしませんでした。
もし本気を出していたら、私は恐らく大分前に捕まっているでしょうし。
「あ、そうだぁ」
色欲の悪魔がぱちりと手を合わせて笑みを浮かべます。
「この人の足、僕がつけてあげよっかぁ?」
「足を、つける……? どういう意味でございますか」
「そのまんまだよぉ? 僕、パーツならいっぱい持ってるからさぁ。足一本くらいならあげるよぉ?」
にこにこと笑ってはいますが、声は冷たいものでした。
「それはいいかもな。義足には俺も知らない技術が大量に組み込まれているし、武器もある。また作らせたところで同じ……いや、これ以上のヤバイやつをつくるだろうな。なら別の足をくっつけてやればいい」
強欲がそれに同調し、傲慢も首を縦に振りました。
「魔導具好きのお前がそう思うならそうかもな。ならすぐに開始しよう。勤勉。こいつを連れてくぞ」
「……はっ」
強欲が右手に義足、左手にマスターを担いで部屋から出ていきました。部屋に一人残されましたが、また来るでしょうからきれいに整えておきましょうか。
数時間後、強欲だけが帰ってきました。行きとは違うのは、マスターを部下に担架で運ばせているところでしょう。
「一応終わった。拒絶反応はあるだろうが、英雄なら耐えてくれるだろう。起きたときに暴れるかもしれないから注意しとけ」
ごろんと無造作にベッドに放り込まれたマスターの無い筈の左足は、異形のものになっていました。
「これは……強欲と同じことを?」
「そういうことだ。元々は人間の体に他の生き物を移植し、その特性を得るという研究。それの失敗の成の果てだ。失敗とはいえ、これはこれで使えるからな。美しいしな」
なんらかの四足獣の足が人の足から生えているというのは本当に奇妙なものです。全身にこれをやった強欲の美学はよくわかりません。
「暴食に適合する魔物が無くてよ。色欲が泣く泣くとっておきの足を提供したんだ」
「とっておき、ですか」
確かに、見たことがないものです。
獣というより竜の足に近い気もしますが、それにしては鱗がない表面はおかしいです。
生物というか……機械にも見えなくはないですね。
「まだ名前もない新種の神獣の足らしいぜ。ま、あいつらがさっき名前決めてたけどな」
「新種……」
「滅茶苦茶足が早いんだとよ。んで、名前がエンダルフィアだってさ。っと、じゃ任せた」
マスターの世話は私の仕事です。それは今も前もかわりません。多分、これからも。
ーーーーーーーー≪ブランサイド≫
重い。全身に重力魔法がかかっていると勘違いするくらいには体が動かない。
特に左足が痛い……?
左足? 幻痛ってやつか?
なんで無い部位が痛むんだよ……俺もそろそろヤバイかもしれない。
「……かぁっ……」
喉が痛いくらいに渇ききっている。なにか棘でも刺さってんのか?
「………?」
……ん?
「……。………?」
足が、ある?
俺のいつもの義足じゃない。足の感覚があるんだ。ある程度神経の伝達を魔力で補っているとはいえ、布が擦れる感覚がするってほど繊細には作っていないんだが。
薄い布団をぴらっと捲ってなかを確認。
…………え? は? へ?
見たこともない化け物の足が生えていた。
「え、うそ。なん……いや、理論的には可能だけど……」
触って、押して、叩いて。感覚が完璧に伝わってくる。
寝て起きたら改造されてましたってどこのSF漫画? UFOにでも誘拐されましたか?
いや、場合によっちゃここはUFOの中より危険かもしれないけど……。
頭がぐらりと揺れる。
さんざん寝たから眠くはないが、起き上がって歩き回るのは不可能だ。そこまでする体力も気力もない。
「あー……やべぇ。泣きたいくらい辛い……」
色々とありすぎてとっくの昔にキャパオーバーしている。そもそもこの世界に飛ばされたこと自体がなんかおかしい気がする。
足音が聞こえる。キリカの足音だ。
毎日聞いていれば足音くらい覚えるだろう。この足音で少し安心してしまう俺は本当に馬鹿でお人好しなんだと思う。
あいつらの言うことは、俺に関しては殆ど外れないからなぁ……。




