百三十八日目 なんで
ブランさんのゴーレムって突撃したとき、僕の手から飛んだっけ?
あれ。覚えがない。
上を見てみたけど鳥の影はない。
「ゴーレムってどこ行きました?」
「? そこら辺にいないか?」
いなかったらライトさんの所に戻ってると思うんだけど……
探していると、何かが壊れる音が上空から降り注いできた。
窓ガラスが割れたときの音が数十倍になって降ってきた感じ。
即座に目を上にやると、結界が音をたてて崩壊していくのが見える。
もう必要ないとブランさんが判断したのなら結界を消すかもしれないが、こんな派手なやり方しないはずだ。
いつもなら空気に溶けて消えていくやり方で消す。
「おい、ブランに何かあったんじゃないか⁉」
「僕見てきます! 残党と人の救助はお任せします!」
懐から笛を取り出して吹く。フスー、と空気が抜けた音にしか聞こえないけどレイジュにはしっかり届いているはずだ。なんでも周波数をいじって人間には聞こえないが動物には届く音を笛から出しているらしい。
その証拠に、砂煙をあげながらこっちに走ってきているのがわかる。
「ブランさんのところへ!」
「ブルルルルル!」
飛び乗って手綱を掴むと目的地に走り出した。
ーーーーーー≪ブランサイド≫
「いやぁ、やっぱり簡単だったかな?」
小鳥ちゃん2号改から送られてくる映像を見ながらそう呟いた。
それにしてもいつの間にか強くなってる気がする。密かに特訓でもしてるのかな。
元々難なく勝てる相手としか思ってなかったけど、あいつらにかかれば単なる雑魚だね。
「マスター。これから向かわれますか?」
「ああ。もう終わったみたいだし残党狩りに行くだけでいいだろうな。それと助けた人たちの保護とこれからどうするか決めなきゃ」
どっかに今すぐ数人を保護できる拠点はあったかな。
コスト的には魔族の拠点がベストだけどあっちの負担その他諸諸考えると人間をあっちに送るのは却下だな。
かといって離れすぎた拠点に送ってもどっから来たのかって怪しまれるし、この辺の拠点で空いてるところは………
「マスター」
「ん?」
「申し訳ありません」
「は?」
俺が疑問の声をあげるのが早かったか、それとも彼女が動き始めたのが早かったか。ほぼ同じタイミングで事態は動いた。
最初、殴られたのかと思った。だが、彼女が手を離したところにナイフの柄があることに気付いて混乱した。
遅れて痛みと血が流れ出す。
「なん……で」
今は防具もつけていないし、血止めの布も巻いていない。それに彼女だからと完全に油断していたところもある。
座っているのもキツくなってきて、床に体を倒した。痛みを訴える場所を押さえてもなんの解決にもならない。
ただ鉄臭い匂いが辺りに充満していくだけだ。
混乱と痛みで結界が壊れた。ゴーレムとのリンクも切れた。多分小鳥ちゃん2号改は落下したと思う。
「……仕事ですので」
冷酷な声音でそう告げられる。
それにしてもおかしい。なんで怪我が治らない? なんで痛みが収まらない? なんで混乱が解けない?
どれも勝手に発動する回復系スキルの効果だ。もしここまでの怪我を負えば意図的に効果を消さない限り痛覚が鈍くなり、精神の沈静化と自動回復が始まるはず。
ちょっと転んじゃった、くらいなら発動しないがナイフ一本刺さってるのに発動しないなんてことはない。
奥歯を噛んで痛みに堪え、ナイフを引き抜こうと掴むが全く抜けない。俺の筋力をナイフの重さが圧倒的に上回っているならまだわかるがその場合俺の身体がナイフに引っ張られることになる。
普通に考えてナイフが勝手に落っこちるはずだ。そうでないなら俺が子供並みに筋力を落としていることになる。
弱体化しているとはいえ、そこまでではない。
普通にメイド達と戦って勝てるくらいの強さはある。
毒の類いだとしたらここまで効果のあるものは直接注射するくらいしか方法がない。でもそうじゃないとしたら昨日くらいの食べ物に………
「……昨日の夕食、か……」
あの味付けが妙だったのは毒だったのか。
ステータスを大幅に下げる薬なら調合次第では簡単に作れてしまう。多分俺の試作品使ってきたな……これ魔物用だぞ。
本格的に不味い。貧血で寒気がしてきた。目の前もどんどん真っ暗になっていくし……
「では大人しく……」
「俺が大人しくすると思うか?」
口に赤い粒を放り込んで飲み込む。出血が止まり、視界も安定した。痛みも大分引いた。刺さったままなのは変わらないけど。
「思っておりません。ですので少々痛い目をみてもらいますが宜しいですか?」
「……俺に勝てるとでも?」
「今のマスターになら勝てるでしょう」
彼女が取り出したのは鎖。その先端には草むしりに使うくらいの片手サイズの鎌がある。
鎖鎌。そもそも鎌は刈り取る為に作られているもので外側に刃はないし、攻撃手段が内側に引っ掻けて引っ張るくらいしかないから武器には向かないものだ。
俺としては斧の方がよっぽど使いやすい。生前にゲームで使ってたのは置いておいて。
けど、その常識を彼女に当てはめるのは不味い。リリスを振っただけで首が吹っ飛ぶとかあり得ねぇって普通の人が思うように鎌とはいえ彼女の武器で、製作者は俺だ。
そう簡単に行かないだろう。
【私を使う?】
いや、今の俺じゃリリスは持ち上げられない気がする。
片方20キロ以上あるトンファーを軽々と扱えていたら腹のナイフの一本や二本簡単に抜ける。
「はっ!」
「あっぶね⁉」
首すれすれのところを鎌が通過していく。
考えてたら殺られる!
鎖にも注意しなければいけない。鎌を避けたところで鎖を引っ張られればブーメランみたいに返ってくる。
結構厄介だな、鎖鎌! 遊び半分で作るんじゃなかった!
元々忍者の武装のひとつとして作られていたものだから実用性があって当然かもしれない。
「衝撃波」
ルーンを書いて半歩下がる。こんな狭いところじゃ彼女も思いっきり鎖を振れないだろうからと思って範囲広めの魔法を打ってみた。
「らぁっ!」
彼女はそれを確認もせず思いっきり鎖を振った。なんでやねん!
普通に考えて馬車の天井とかに引っ掛かるだろ! と思ったら、鎌が馬車を滑らかに切断しながらこっちに向かってくるのが見えた。
あははは……あの鎌、強化しすぎたかも……。
肘で馬車の壁を壊して外に転がり出ると、彼女が衝撃波の魔法を馬車ごと切っているところだった。
「づっ……」
ナイフがあるのに無理な体勢で避けたから痛みが再び戻ってくる。ズキズキと熱を持った痛みが全身を蝕んでいくようにすら感じる。
「マスター。そろそろ観念しましたか?」
「俺は諦めが悪いんでね……」
顎の端から汗が垂れる。ここまでほぼ完璧に受け答えできているのが奇跡だと思えるほど意識が朦朧としている。
「マスター⁉ それにメイド長⁉ どうされたんです⁉」
「来るな!」
叫んだらこみ上がってくるものを堪えきれず地面に吐き出してしまった。増血剤飲んだのに、血が大量に出てしまった。
他の馬車から騒ぎを聞き付けてメイド達が出てくる。彼女……キリカが俺に鎌を向けていることに心底動揺しているのがわかった。
「……お口が血だらけですよ?」
「どうでもいいね。さっさと殺りたきゃ殺ればいいじゃないか。あっさりと殺られる気もないけどね」
いま使える唯一の武器、金色蝶の銀剣を取り出して構える。
この武器は農民反乱を抑えた時に褒美としてそこの領主に貰ったものだ。軽くて切れ味も悪くはないが、俺の武器からみると弱すぎだったから私蔵してたんだけどまさかここで使うとは思わなかった。
今の筋力で振れる武器なんてこれくらいしかない。
「舐めるなよ、キリカァッ!」
飛んできた鎌に全力でぶつけて弾いた。




