百三十五日目 なんかいた
スクロールを鞄と収納に詰め込んでから馬車に乗り込む。
全部スクロールを収納に入れないのは、遠出すると言っているのに装備がないとちょっと怪しいからだ。
「準備完了いたしました」
キリカ達も準備万端。相変わらずメイドだらけで凄い光景だけど。
合図を出して先頭の馬車を進ませてそれに続いて5台の馬車が町を進み、壁外へ出ていく。
移動時間も仕事をしたいところだが、酔いそうだからやめておく。まぁ、三半規管があり得ないほど強いから本当に酔うわけはないんだけど、気分的に。
「ブラン。着くまでに何日かかる?」
エルヴィンが武器の手入れをしながら訊ねてきた。
「俺らの移動速度だと障害がなければ大体三日くらいかな。本気で移動すれば二日もかからないけどそこまで急ぐこともないしね」
『普通の馬車だとどれくらいなの?』
夜寝る場所を確保するとか食事のこととか色々考えると……
「一週間で着いたらラッキー、くらいだ。俺たちの場合馬も馬車も一級品だし収納があるから持ち物も極限まで減らせる。だから諸々の面倒考えると大体10日くらいかな」
そう改めて考えると結構凄いな。
何気無く馬車で移動してるけど魔法っていう文明が発達しているから自動車並のスピードが出せるし、一回転移魔方陣設置すれば魔力っていう勝手に回復するものを使って一瞬で飛べるし。
エコだ。めっちゃエコ。
魔力の元になるマナは使用されるとまた空気に散らばってちゃんと巡回するから基本的に枯渇しないしね。
あり得ないくらい一気に使用すれば巡回できずに枯渇するけどね。
「それにしても珍しいな」
「なにが?」
「ブランが転移陣を張っていないことが、だ」
「あー、公国に?」
大抵大きい町がある国には拠点を置いて転移陣を設置している。にもかかわらず今回は馬車で移動しているのにはちょっとしたワケがあった。
「公国って魔法具で儲けてるから下手に強力なマジックアイテム使うと色々面倒くさいんだよ」
魔法具と魔導具を総称してマジックアイテムという。
なにが違うかは前に説明したけどちょっとおさらいしよう。
魔法具は元々魔力が中に込められていて、それが切れるまでは使い放題の道具だ。器用な人なら使ってる途中で補充しながら魔法具を使う人もいる。
充電できる電池で動くゲーム機とか想像してくれればいい。
魔導具は所有者の魔力を吸って魔法として現象を起こす道具だ。欠点は魔力の少ない人にはそもそも使えないというところとちょっと扱いづらいところだろうか。
これはコンセントで動くテレビゲームとか想像してくれればいい。……例えが全部ゲームになるな。
この二つが主なものだ。魔法具は誰にでも使えるからちょっと割高っていうのが難点かな。
マジックアイテムと呼ばれるものには他にも魔力で作った矢を射つマジックウェポンと呼ばれるものも含まれるが、これは希少なので深くは説明しない。
因みにリリスはマジックウェポンに入る。
俺の魔力を使って体を作り、外に出て勝手に活動すらできるんだから。
けど、その機能がなければただの自我ある武器だろう。それも結構貴重……っていうかリリス以外見たことないけどな!
「あんまりにも強いものだと没収されるらしいし、魔法具を使うなら申請とかもしなきゃいけないから」
『確かにそれは面倒そうね』
そもそも公国って余所者に対して当たりが強いからあんまり部下を配置したくないってのもある。
こんなちんちくりんでも白黒という異名の情報屋で、エステレラ家の纏め役だ(正直自分でも自信ないけど)
そんな俺達を支えてくれる人には出来る限り恩を返したい。
「……返しきれてないかもしれないけど……」
「なにがだ?」
「え? あ、いや。なんも」
ついポロッと口から出てしまった。
「そんなことより、公国に着いたら………? ………」
『どうかした?』
「しっ。なにか反応した」
馬車の御者をやっているメイドに即座に全員停止し警戒せよという手信号を送る。
2秒後に全ての馬車がピタリと停止した。凄いを通り越して呆れさえ感じる。
窓を開けて目を細める。とはいっても本当に見ている訳じゃない。どちらかと言えば空気を感じているというのが正解だろう。
戦場を歩いてわたっているうちになんとなく『戦場の風』ってのがわかるようになった。
戦場になる前の殺気の籠った空気でも同じで。
「……あっち。南西、距離は相当離れているが……この感じは、多分……魔物」
鞄からスクロールを一枚取り出して広げ、魔力を流す。
「“鷹の目”発動」
声に反応してスクロールに書かれた魔方陣が目映く光って一瞬にして燃え尽きる。
鷹の目は魔法の一つではあるものの、どちらかと言えばスキルに近い。
魔力の消費が少ないからか自由度が低い魔法だが今回はこれで十分。
効果は名前のとおり、鷹の目を借りるように空から地上を見下ろせるという単純なものだ。
空からだけでなくどの角度からも対象を観察できる魔法もあるが、そこまでする必要は今はない。
「やっぱりだな……。オークだ。それもオークロードが居やがる」
『オークロードって強いんだっけ?』
「いや、そんなに強くはないな。まぁ、それでも並の人間じゃ全く太刀打ちできないくらいの強さはあるけど」
オークロード。強さはAランクで一級の冒険者と同格レベルだ。
村に現れたら全滅を即座に判断するくらいの強敵ではある。
でも、別にそれくらいなんとでもなる。たとえオークロードがそのもう一個上のランクの強さだとしても俺とソウルが行けば三分もかからない。
弱体化していてもあれくらいには負けない。
だが問題は強さじゃない。
「オークロードのことは知っているか?」
「書物の知識ならな」
『さぁ?』
まぁ、ピネは知らなくて当然か。
「オークロードは強さは大したことないんだけどちょっと厄介なところがあってな」
『あ、HPが滅茶苦茶に高くて全然倒れないとか?』
「いや、攻撃特化だから首跳ねれば直ぐだ。そうじゃなくて、あるスキルが問題なんだよ」
オークロードはオークの中からレベルが60を越えたやつがなる魔物だ。
オークはそんなに強くないから40くらいで大抵死ぬんだけど、運がいいと60を越えるやつが出てくる。
「そのスキルってのが、『対異性従属化』ってやつなんだよ」
耐性が高かったら簡単に弾けるくらいの拘束力しかない雑魚スキルなんだが、一回それが成功した場合、とにかく面倒なことが起こる。
「どんな種族だろうと異性を従わせることのできる謎スキルでな。従わせる、とはいっても簡単な命令しか受け付けないらしいんだけど」
『なにそれ。超面倒じゃん』
「そうなんだよ。効果時間は数時間だが効果範囲は数百メートル。しかもオークって基本雄しか産まれない」
『雄しか産まれないのって関係あるの?』
数秒ピネが考え込んで、ああ、と声をあげる。
『ブランも女だ!』
「な、なんかその言われ方は嫌なんだけど……まぁ、そういうことだ。考えてみろ。俺達の仲間に男は何人だ?」
『ソウルと、エルヴィンと、ライト。それとレイジュ』
「レイジュは戦闘能力が低いから除くとして、たったの三人だ。あとの大多数は俺含めて全員女。もしこの人数がオークロードに従属化された場合、厄介極まりないだろう」
ソウル達も強いとはいえ、メイド達も結構強い。三人で抑え込める人数でもないし。
耐性で効かない人がいるとしても絶対に防げる保証はないので危険な橋はわたらないに限る。
『それで、もし従属化されたらどうなるの?』
「それを聞いちゃうのか」
『だめなの?』
ダメというか。なんというか。
「んー……多分殺されはしないよ。種族繁栄の為に使われるだろうさ」
『種族繁栄? ……あっ』
なんか直には言いづらかった。
「どちらにせよ、対処は必要だろうね。俺達は多分大丈夫だといえ、一般人にそれが可能かと言われるとわからないからな」
なんとかして潰しとかないと。




