百三十二日目 魚釣りはお好きですか?
ーーーーーーーー≪ブランサイド≫
なにか聞こえる。目を開けるのが面倒なので綴じたまま周囲の音を拾う。
どうやらメイド達の会話っぽいな。呼吸する度に痛みはするが、最初ほどではない。痛みに慣れただけかもしれんけど。
感覚からしてそれほど時間は経っていないと思う。気絶してから1、2時間程度だろう。
けど、やることはまだまだある。寝てばかりもいられない。
そろそろ起きて仕事しないと……
……怠い。めんどい。マジで疲れた。
俺この世界来てから頑張りすぎじゃね? これでもここに来る前は平凡で普通の……変人だったかもしれないけどただの高校生だからね?
ここまで有名になる気もなかったし、お金も使いきれないくらいに貯まる予定なかったから。そこはマジで。
もうさ、引退してごろごろしてもいいんじゃないか?
………まだ19だけど。
これからが働き時かもしれないけど。もう俺一生分くらい働いたと思う。うん。
………あかん。何もせんでおるとかえってバカなこと考える。
「おい、ブランの様子はどうだ」
「いまだにこの調子で……」
あ、ごめんなさい。起きてます。起き上がるの面倒なだけです。
「そうか……ではとりあえず私が連絡をとろう。各国の王族にも伝えた方がいいかもしれないな」
なんか大事になってません?
別に王族に伝える必要なくね?
「ここまでくると御手上げだからな。ブランの一時回復を待たずに一旦休職した方がいいかもしれない」
なんですと⁉
いや、ちょっと休憩したいとは思ってたけどまさか休業までするとは思わなかった。
しかもなぜ俺の意見を聞かない。
「あの、マスターに確認をとる必要はないのですか?」
「ブランに一々確認を取っていたら休業しないという意見で固まってしまうだろうからな。こいつは超がつくほどの仕事人間だからな。こういう話し合いにはいない方が助かる」
本人前にして言うことですか、それ。
「兎に角そういうことだ。ブランには黙っておいてくれ」
「はっ」
……がっつり聞いちゃってますけど。
え、ちょっとまって。起きるタイミング失った。
今起きたフリをするにしても不自然すぎるし。
とりあえずもう十分くらい狸寝入りしよう……。
五分後。メイドが部屋から出ていった。なんでかは知らんがチャンスだ!
目をゆっくり開けて周囲を確認、ベッドから降りて奥の書斎に入る。苦しいのは一先ず我慢して、
「おい、ブラン」
「ぴゃっ⁉」
「……何故寝ていない?」
「え、あ、いや……お、起きるも寝るも俺の勝手だろ」
開き直る。開き直るしかないじゃん!
「寝ろ」
「眠くないのに」
「術式を解く以外に呪いを止める手段はない。どんなことで進行速度が上がるか判らないのだぞ」
「それは……そうだけど」
ピピピピピピ、と俺の机の上から音がする。
「あ。電話だ」
「はい、ブラックの代理で出ました。エルヴィンです」
「お前が出んのかよ⁉」
俺の通信機だよそれ!
しかも俺ちゃんとここにいるからね⁉
「……ええ。ブラックは体調が優れないので」
いやもう大分回復してるよ。っていうかそれ返して。
聞こえてくる音からして、相手はじっちゃんかな。
「そうだ。言っとかなきゃいけないことがあったんだ」
「あ、ちょ、おい」
「もしもしじっちゃん? 言っとかなきゃいけないことがあるんだけど」
一瞬の隙をついてエルヴィンの手から通信機を奪い取る。
『ブラックじゃな? 体調が優れないと聞いたが?』
「ちょっとだよちょっと。そんなことよりずっと言うの躊躇ってたんだけどさ。狙われてるのは俺だけじゃないみたいだ」
ほんの少しじっちゃんが黙る。
『どういうことじゃ』
「前に話したよね? 変な集団に狙われてるって」
『うむ。七騎士じゃったか?』
「それだ。そいつらは各国の王も狙ってるっぽい。ここ最近、あまりにも狙われるんでちょっと情報網を強化してたんだが。やつら国取りでもする気なのかもしれん」
ここ最近あまりにも立て続けにことが起きすぎている。
ウィルドーズの襲撃事件もそうだが、大蛇や瘴気も明らかに人為的なものだ。
それも、どれもこれも俺やその仲間を狙っている。
「多分優先順位は俺の方が上だと思うが、俺が一人になるタイミングや俺以外の強い仲間がいないといつも何か起こる。内通者がいるかもしれない。………考えたくないが」
やつらの動きとしては俺の行動を熟知しすぎてるところが多々ある。
それに、魔力が……いや、これは後で考えればいいか。
「とりあえず各国の王に伝えてくれ。やつら、何かでかいことをしでかすぞ。俺もまんまと動けなくなってるしな……」
『なにかあったんじゃな?』
「そんなところだ。まぁ、こっちは気にする必要はない。ただ、王城の警戒は強めた方がいい」
俺という存在を先に行動不能にしてくる辺り、用意周到なのは間違いない。個人の強さもかなりのものだし、攻められると俺でもヤバイ。
俺の考えてるシナリオ通りに進めばいいが……人生そこまで甘くないのはよく知っている。
他国の王とも同じ話をしてくれとじっちゃんに頼んでから通話を切る。
「ブラン、どうするつもりだ」
「なにが?」
「これから先だ。呪われたその身でなにをする」
俺がなにもしないって答えは既にないみたいだ。
「いよいよやつらが尻尾を出す。それを掴むにはちょっとした賭け金が必要だ」
引っ掛かってくれるなら御の字。いや、確実に食い付くだろう。
「エルヴィン。釣りは得意か?」
「む?」
「やつらにうまい具合に釣り針食い込ませてやろうぜ。二度と抜けないくらい、深く肉の奥まで」
今までさんざんやつらには振り回されっぱなしだった。
挙句の果てには呪われて今現在息をするのすら痛みを感じている。
でも俺の努力もちょっとくらいは報われてるみたいだ。
「やってやるよ。ゼインを殺されかけた恨みぶんの代金、しっかりと支払ってもらおうか」
単純なこと。賭け金を餌にやつらを誘き出す。なに、もう居場所くらいはつかんでいる。
俺が拐われることはあっても皆が殺されることはないだろう。
ここまで急ぐつもりはなかったが、俺の体が動くうちにやらなければならない。
「エルヴィン。手伝ってくれるか?」
「なにをかは知らんが……まぁいいだろう。安全第一で動けよ」
「勿論、そのつもりだ。そもそも忘れてるかもしれんが俺は今呼吸だけで疲れてるんだぞ? そんな怪我人が何をできる。今回ばかりは俺は脇役に徹するよ」
ごめん、エルヴィン。半分嘘で、半分本当だ。
こうでも言わないとお前たちは協力してくれないだろう。
俺は脇役に徹する。メインの戦闘員としてはでない。ただ、安全第一という言葉は守れない。それだけは、この計画が成功しようが失敗しようが、確実に。




