百二十七日目 黒い髪
こんな衝撃映像、誰が見たってぎょっとするだろう。リアル貞子だよ。いや、貞子より怖いかも。現実的な怪力が加わってるから。
「な、なんなんだよ、さっきから!」
怖いっての‼
「帰さないよう……命令を受けてる」
「はっ?」
……俺がここに来ることをわかっていての発言なのか。それともここに来たやつを帰さないっていう意味なのか。
俺個人を狙ってこんな大がかりなことするのだろうか? 多分それはないから恐らく不特定多数を狙った後者なんだろうけど。
どちらにせよ、帰してもらえなさそうだ。
【戦わない方がいいわよ】
なんで?
【この女、嫌な気配がするの。戦って負けることはないでしょうけど、なにかあるのは間違いなさそうね】
戦闘狂の魔神がこんなこと言うなんて珍しい。余程ヤバイことなんだろう。
……じゃあ、逃げるが勝ちか!
即座に方向転換して空を飛ぶ。羽にいっぱい付いてたとろろ水が勢いで辺りに飛び散ったから目眩ましにはなっただろう。
なんか背後で言ってた気がするけど風の音でかき消えた。
数分飛んでさっきの村に着いたが。とろろ水だらけでなかに入ったら大混乱間違いなしなのでここはすっとばす。
ピネとリードには先に連絡しておいた。
浄化機能のある服や靴は汚れが落ちたが、髪や羽にはしつこくこびり付いてる。臭いがほとんど薄れてて助かった。
お陰で空飛ぶのでさえなんか背中が重たい。
「先に報告しないと……!」
魔王城まで着いたはいいが。どうすれば中に入れるだろう。
身体中に瘴気立ち込めて(しかもさっき飲んだ)いる相手を入れようとは思わんしな。
「あ、魔王様ー!」
バルコニーにいた! ラッキー♪
「白黒かー⁉」
「はいー!」
「何故そこにいるー⁉」
「ご報告にー、上がったのですがー‼ 少々事情があってー‼ 入れそうになくー‼」
結構距離離れてる上に風の音が凄いので互いに叫ぶ形になっている。
「じゃあここに来いー!」
「よろしいのですかー‼」
「問題ないー‼」
ってことでバルコニーに着地。
「報告を聞きたいところだが……なんだその髪と羽の色は?」
「それも含めてお話いたします。まず、村の方ですが井戸が潰れているのと、食料が足りないそうなので」
「わかった。後で兵を派遣しよう」
相変わらずこういう決断早い人だなぁ。嫌いじゃない。
「それと、自分がこうなった理由ですが。瘴気にあり得ないほど侵された湖がありました。そこに調査の為に潜ったところ、解読不可能の石碑を発見しました。それに関しては後程書き留めたものをお送りします。そしてそこに女性がいました。みたところ人間かと」
「人間が?」
「調べるものがないのでなんとも言えませんが、恐らく」
あとの細かい報告は話すより文章で伝えた方がいいだろう。これは俺と魔王様の間だけの話じゃ到底済まないことだ。
ちゃんと纏めてから送ると伝えてバルコニーからこっそり拠点に戻る。やっぱり羽が重いせいか、上手く飛べなくて着地に少し失敗した。
家には既にピネ達が到着していた。
「⁉ 真っ黒ですが本当に大事ないのですか⁉」
「あー、うん。多分……。ちょっと帰って洗ってくる。泥みたいなもんだから安心しろ」
『本当に心配したんだからね』
「キュアッ」
どうやら小さな一人と一匹は置いていかれてちょっぴりご機嫌ななめみたいだ。
「ごめんごめん。じゃあ帰るか」
人族側に帰ったら俺が真っ黒だと大騒ぎになった。まぁ、黒いのは髪と羽なんだが。どちらも黒からは遠い色をしているからかパッと見で相当焦るらしい。
「これ汚れみたいなもんだから………え?」
「「「ならば今すぐ洗いましょう‼」」」
「ちょ、ちょっと待てぇえええエエエ⁉」
メイド達に担がれて風呂場に直行。服も一瞬で脱がされて(この早着替えどうやってるんだろう)湯船に放り込まれた。
まぁ、そこまでは良かったんだが。
「さぁ、洗うわよ‼」
「「「はっ!」」」
「いやいやいや俺出来るから! 体洗うくらい自分でできるから!」
なんかとてつもない気迫。この子達本当にメイド? 暗殺者の間違いじゃない⁉
拒否しても無駄だと悟った。仕方なく全身洗われる。
っていうかなんか恥ずかしいんやけど……。
手際が恐ろしく良い。それよりも気になるのが何人体制で俺の体を洗っているのかってことだ。少なくとも10人はいるんだけど。
羽があるとはいえそんなに人数いらんやろ。絶対手持無沙汰になっとる人おるって。
どんどん羽の汚れが落ちていく。排水溝に流れる前に収納に全部回収する。だってこれ下水に流したら大変なことになりそうだし。
綺麗にしたとはいえ、これ瘴気の塊だから。
「ん?」
なんでだろう。めっちゃ洗われてるのに髪の毛の色が変わってない気がする。
それに気づいているのか、メイド達も髪の毛洗うのに必死だ。
「なぁ、落ちないよな? 髪の毛」
「申し訳ありません……」
「いや、別に君らのせいじゃないから怒るのも筋違いだし髪色なんてどうだって良いから気にする必要ないけど」
元は黒だったしね。まぁ、ここ数年青だったからなんか懐かしいってより新鮮だ。
試しに洗い流してみたが、やっぱり髪色は黒いままだった。
あ、でも右側が一部黒いのが落ちてるからメッシュみたいになってるけど。
………不良みたいだな。
「んー、無理そうだな。仕方ない。イメチェンってことにしとこう」
「それでよろしいのですか」
「いいんじゃない? 誰も気にしないだろ」
風呂から上がると、ドライヤーで羽と髪を乾かされた。髪はともかく、羽の方は濡れてると気持ち悪いし重たいからな。
「ど、どどうされたのですか⁉」
さっぱりしたので庭に出て湯で火照った頬に風を当てていたら買い物に行っていたライトが帰ってきた。
塀の向こうからこっちを見て驚いている。いいなぁ、背が高い人は。
「イメチェン的な?」
「え、えええ?」
勝手口から庭に入ってきたライトに詳細を説明する。
「瘴気の湖に入ったなんて……どれだけ危険な橋を渡ってたんですか」
「はっはっは。底に着いたときにヤバさに気づいた」
周辺に被害がいっていることに動揺していたのかもしれないな。俺があんなでかいものを見落としたのは初めてだったから。
「髪は侵食されちまったみたいだな。普通の人間だったら死んでるけどな!」
「笑い事ではありませんよ」
「すまん」
侵食されたからと言って何かある訳じゃないのが幸いだった。これが全身に広がってたら流石の俺でも死ぬけど、これくらいじゃイメチェン程度で済む。
「侵食されたところが切り離されて、とかだったら面白いけどな。……そうなったら髪の毛全部抜けるのか。自虐ネタとしては暫く使えるかもしれんがこの年で禿げるのもな……」
周囲からは女に見られてないから『遺伝なのかな』くらいで済みそうだ。ちょっと悲しいけどな。それはそれで。
「なにをおっしゃってるんですか。あんなに美しい青だったのに……」
「元々は黒だから特に気にしてねぇなぁ。それに一部分だけまだ青いぜ? 余計に不良っぽくなったけど……」
ライトが名残惜しそうに残った青色の部分を触る。そんなに気に入ってたのか、あの色。
「………。さてと! 休憩したし俺も仕事するかな!」
自分の部屋に戻って紙とペンを取り出して今日の報告書を書き始めた。いつものように過ごしても、なんだか手が進まない。
きっとこれは髪色に自分が戸惑っているせいなんだと、そう言い聞かせた。




