百二十二日目 ここまでの難敵は久しぶりだ
「何故黙る」
「いや、だって予想以上に上手かったから……」
「あ、そう見えたなら嬉しいかな」
所詮素人のダンスだから、ちょっと怖かったんだよね。
「そんじゃ早速やってみようか。習うより慣れよっていうし」
簡単なステップを最初に少し教えてからカウントで踊ってもらうことにした。
「じゃ、いくよ。せーのっ!」
数分後。
「こ……これは予想外だ……」
「だからブランに頼んだんだよ……」
恐ろしいことが判明した。全員、あり得ないほどリズム感がない。同じ動きをしているはずなのに、足音が一度も揃わないってどういうことだ。
行進から始めるか……? 俺の手拍子のタイミングがわかってないだけかもしれんし。うん。そうだ。きっと。
「じゃあ、とりあえず足を動かすタイミングを掴んで欲しいからその場で全員で足踏みして。いち、に、いち、に」
ドッザザザ、ドッザザザ。何故ここまで合わん。
【これは思っていた以上の難敵ね……】
この前のオロチ戦よりも絶望的な戦いかもしれんな。
「う、うーん……? 何がダメなんだ?」
しかも当の本人たちの自覚のなさよ。
昔、一回超音痴な友人に音痴を矯正したいから手伝ってくれと言われて、とりあえずいいよとは言ったもののとてつもなさ過ぎて頭を抱えたときのことを思い出した。
あのときは音程を片っ端から頭のなかに叩き込ませたからなぁ……。数ヵ月かかったよ。
「多分全員自分の音しか聞こえてないんだよな……」
アンサンブルで特に大事なのは自分の音をちゃんと出すこともそうだけど他人の音を聴くのが最も大切なことだ。
大勢で演奏する大合唱やオーケストラでは指揮棒に合わせてりゃ、まぁ、ある程度はなんとかなるもんだ。
でも少人数で行うアンサンブルは違う。
1つのパートに一人しかいない上に基本指揮者なんていないから互いの息づかいで曲を見定めていかなければならない。
せーの、とか声かけもできないから、一番皆の目にはいる場所にいる人か、もしくは主旋律を演奏する人が呼吸で合図を出す。
ダンスも一緒だ。声かけなんてできないから音楽と息づかいで次の動きを決める。それはつまり、動きを完璧に把握し。尚且つリズム感も最低限持ち合わせていなければならない。
そのリズム感が壊滅的。さぁ、どうする。
「……全員、動きやすい服装だよね」
「う、うん」
「高価なものとか、大事なものは持ってないよね?」
「多分……」
「じゃあ、ちょっと扱くよ」
エルヴィンにも手伝ってもらおう。ちょっとこれは予想外すぎて荒療治が必要だ。
「し、扱くって?」
「今から簡単なゲームをしようと思う。なに、心配しなくていいよ。ただの鬼ごっこだ」
腰から月光を抜く。ギラリと太陽の光を反射して子供たちの顔を照らす。
「君達は俺とエルヴィンから逃げればいい。ただし、魔法の使用は互いに禁止だ。俺かエルヴィンの腰についている紐をとるまで続ける。逃げる範囲はこの公園内だ」
エルヴィンと俺の腰にリボンを結び、エルヴィンにこの遊びの意図を伝える。
「とんでもないことを思い付くな……」
「ま、やってみなきゃどうなるかはわからないけどな」
エルヴィンも鞄から鞭を一本取り出した。
エルヴィンは所謂武器の天才でどんなものでも軽々と操ってしまう。銃は危なっかしいから渡していないが、渡したら超凄腕のスナイパーになれるだろう。
今回は怪我させないようにか鞭を選んだみたいだ。
俺は刀だけどな!
大人げないと思うならそういえばいい!
「じゃあ、死なないように頑張って逃げてね?」
「「「えっ?」」」
合図を出した途端にエルヴィンが鞭を振るった。子供たちはビビりながらも悲鳴をあげながら逃げていく。
「よし、分断できた。右は頼む」
「わかった」
俺も刀を真横に両断し魔力を込めた斬撃を地面に向かって放つ。
「きゃああ⁉」
「わっ⁉」
1時間後。
「ゼェ、ゼェ……」
「うん。まぁ、こんなもんでいいだろう! 俺らの紐は取れてないけどな」
子供たちが限界になったのでここまでとする。
「死ぬかと思った……」
「酷い……」
「英雄のイメージが崩れた……」
そもそも英雄なんて柄じゃないしな。
「さて、回復魔法をかけてやったからもう立てるだろう?」
「なんでこんなことさせたの……?」
「そうだな。ちょっと嫌なことがあったから八つ当たりさせてもらった」
一割くらいは、これが本音だったりする。
九割はちゃんとした理由があるよ?
「それじゃもう一回ステップを踏んでみようか。はい。いち、に、さん、いち、に、さん」
よし、全員ちゃんと動けてるな。
「あれ? できた?」
「君達の問題は足の上げ下げのタイミングがおかしかった事だったからな。エルヴィンと俺で追いかけている間に何度も地面を攻撃されたろ? あれでタイミングを矯正していたんだ」
足の降りるタイミングがずれた途端に俺とエルヴィンでその辺りの地面を爆発させて無理矢理同じ速度で足を動かさせた。
「それと、もうひとつ、君らは自分本意で動いていたからな。俺たちが攻撃するとき、決まって足を1歩踏み出してから攻撃していただろう? あれで体に染み込ませたんだ。『相手の足が出たら自分の足を引っ込めるように』ってね」
全員逃げているときにちゃんと俺のことを確認しながら逃げていた。
そして俺が攻撃するときに絶対足を大きく踏み出すのに気付いてくれたようで、今こうやってダンスしている間でも俺じゃない人と踊っているのにちゃんと足の動きを互いに確認している。
踊っている時に足元見てばっかりってのはあんまりよろしくないんだが、そこは慣れだろう。
そういうのに悪戦苦闘しながら上達するってのも音楽の醍醐味だしな!
「や、やったぁ……」
「まだ手もついてないけどな!」
「「「あ」」」
………まだまだ道は長そうだ。




