百二十一日目 イベルの友人
あの大騒動があってから三日。相変わらず犯人は見つからない。
俺の情報網を駆使しても無駄だった。このあまりにも捉えられない感じは覚えがある。
「七騎士かもしれんな……」
あの馬鹿げた威力の攻撃もあいつらの一人ならあり得るだろう。今まで会った二人は特化しているものが違えど非常に厄介な魔法を使っていた。それと似たようなものだと思えば。
頭痛くなってきた……
足がないせいで上手く動けないし、今攻められたら終わるな。
「順調に弱くなってってるみたいだし、本気で不味いかもな……」
あ、昨日奥さん出産したってさ。
見に行きたいけど、大臣のなかには今回の襲撃に俺が手を貸しているんじゃないかって疑ってるやつもいるからあんまりうろうろできない。
そんな利益にならないこと誰がするか。
やるならもっと上手くやるし。
「ブラン? 入って良いか」
「ああ。どうぞ」
エルヴィンの声が聞こえてきたのでペンを横において扉の方を見る。
「イベルが連絡を寄越してきてな」
「へぇー、珍しいじゃん。なんて言ってた?」
「なんでもダンスを教えてほしいと」
「え?」
イベルの学校は基本貴族が通う学校だ。
庶民枠として入学枠はあるものの数百人いるうちのたった数十人程しか入れない。
そしてそこに入ったからには貴族の礼儀もマスターする必要がある。まぁ、メイド達に色々と仕込まれている筈だから貴族の対応の仕方は完璧だろう。
だが、ひとつ問題が出てきた。ダンスだ。
貴族の嗜みのひとつとして軽くでも踊れなきゃならない。正直俺にはよくわからん世界だ。
舞踏会や食事会が貴族のステータスとして扱われる以上、その練習やテストもある。
で、なぜか俺にヘルプが来た。
いや、俺はいいんだけどイベルが俺の知り合いだってバレることになるじゃん? それはいいの?
確認したら「信頼できる友達限定で教える」とのこと。好きにすれば良いと思うからなにも言わんけど。
俺としても基本優秀なイベルがダンスで落第しました、とか見てられないから快く承諾した。
出来ることなら今すぐにでも、と言われたので転移を使って早速行った。あ、義足はもう作ってあるよ。
エルヴィンもついてきた。最近俺に過保護すぎると思うんだが。
待ち合わせの場所は学校から少し離れたちょっと殺風景な公園だった。
イベルの周囲には5人の男女が。………俺より学生時代をエンジョイしているようで何よりです。で、話しかけてみた。
「ああああああの、その、ええと」
「別にそんな緊張しなくて良いから………」
「ひぅ! ももも申し訳ございましぇん!」
こりゃ駄目だ。どこかの孤児院の先生を思い出すよ。ゼクス元気かなぁ……
【どうでも良いこと考えてないでちゃんと教えてあげなさいよ】
わかってるっつーの。
「えっと、イベルから話は聞いてると思うけど……情報屋、ブラックって呼ばれてます。好きに呼んでくれて構わないから」
二人がガッチガチ、一人はめっちゃ観察してくる。で、もう一人がめっちゃ睨んできてて最後の一人はなんか上の空。
最後の子、大丈夫か? 寝不足?
「え、ええっと、その、り、リュミカ・ペルジャです!」
「お、同じくエルナ・ペルジャです」
二人とも金髪ツインテール。下級貴族の双子だそうで、正直そっくりすぎてようわからん。リボンの色で見分けよう。
「僕はアルマスです」
アルマス君は商家の子らしい。銀縁眼鏡をかけているからか、銀行マンっぽい印象だな。
「……俺はベルクだ」
なんでこんな睨まれてるの、俺? ベルク君も平民らしい。多分獣人の血が混じってるな。顔つきが凶悪……。
「シルフィーナですぅ……ふわぁ」
眠いんだね。さっきからずっと欠伸をしてるよ。あとどう見ても子供なのに胸がヤバイ。ただ背は小さいから栄養が胸にとられてるようにしか見えないのは気のせいだろうか。
「おい、兄貴! やっぱりこいつヤバイって! さっきからシルフィの胸ばっかり見てるぞ‼」
「え。こんなにでかいのにベル君は気にならないの? 俺ちょっとどうやったらこうなるか聞いてみたい気もする」
「気持ち悪い! しかもベル君って言うな!」
うわぁ。敵意丸出しだ。
「だってベルク君っていうよりベル君ってほうが言いやすいし」
「それを許してんのは兄貴だけなんだよ!」
「そうなの? んじゃ、なんて呼べば良い?」
「ベルク様って呼べ!」
「うん。わかった」
なんか微笑ましい。
ちなみに兄貴っていうのはどうやらイベルの事らしいな。
「イベル。お前いつの間に弟作ったんだ?」
「いや、おれに言われても……」
成り行きでなっちゃったみたいだな。ちょっと経緯を知りたいけど、これ以上追及するとどうでもいい方向に逸れそうだから止めとこう。
「それで? あんまりハッキリとは詳細を聞いてない気がするんだけど、今日はダンスを教えるってことでいいんだよな?」
「え、ええ? ち、違うんですか?」
「いや、合ってるよ。ただ、そんなことを言われたのは初めてだったから」
大抵戦い方を教えてくださいとかそんなもんばっかりだし。
本業である吟遊詩人の仕事が入るなんて本当に珍しいしな。
「話を聞いたときから気になっていたのですが、白黒殿はダンスが得意なので?」
「んー、というか音楽全般はそれなりにできるって感じかな。一応俺って吟遊詩人だし」
「「「え?」」」
?
「なんかおかしいこと言った?」
「いや、だって吟遊詩人なんて絶滅寸前の職業……」
「絶滅寸前って。間違ってないけど」
苦笑いするしかない。社会的地位が低いもんなぁ。
「ま、信じても信じなくても良いよ。俺はやることをやるだけだ」
そんじゃ、始めますかね。
「さてと。男女二人ペアを作って。時間ないから基本を体に叩き込んでもらうよ」
基本貴族のダンスではそれほどガッツリ踊ったりしない。競技ダンスみたいにぐるぐる回ったりしないし動き回ることもない。
食事の合間にちょっと踊る、くらいのものだ。だから基礎をしっかりやれば大抵はなんとかなる。
テンポも簡単なものが多く、4分の4拍子や4分の3拍子、後稀に4分の2拍子くらいだろう。
混合拍子も滅多にないし、簡単な足さばきと手を置く位置さえ覚えればいい。
「多分舞踏会のダンスだったら三拍で数えられるワルツが多いだろうと思う。乗りやすいしな」
実際に見せたほうが早いか。
「おーい、エルヴィン。ちょっと手伝ってくれ」
「どうした」
「ワルツ踊るから相手してくれ」
「む? ああ、いいぞ」
音楽がないからカウントで行くか。
「いち、に、さん、いち、に、さん」
見せるためにゆっくりと動く。あー。音楽が欲しい。
「ま、こんな感じだ。見た目より簡単だからやってみようか」
「「「………」」」
なんで全員黙る?




