百二十日目 相互変換魔法
「ぅ……?」
「やーっと起きたか」
もう後二時間起きなかったら俺ちょっとキレてたよ?
「ここは……?」
「どっかの廃屋。お前の傷がヤバそうだったんでそっちを何とかするためにちょっと借りてる。あ、もう完治してるから動いていいぞ」
「すまなかったな……」
「謝るなっての」
俺が好きでしたことだ。それに謝られるのは好きじゃない。
「あーあ、誰かさんのせいで全然魔法使えないんですけど」
「そんなに消耗したのか?」
「すっからかん。魔力も集まらないからルーンも書けないし魔法具も使えない」
ソーラーパネル内蔵している(厳密に言えばソーラーパネルじゃないけど)アニマルゴーレム達にソウル達を呼んでくるよう頼んである。
だからそこまで焦ってない。迎えは来るし、それまでなら多分見つかることもないだろう。
「どれくらい寝ていた?」
「一時間くらいじゃない? 俺もちょっと気絶したから定かではないけど」
魔力使いすぎてぶっ倒れたからな。
「さーて、お前も起きたし、見張り交代してくれ。魔力使いすぎて眠くてさ」
「それは構わないが………? おい、ブラック。その場に立ってみろ」
「え? 疲れたからこのまま椅子で眠らせて欲しいんだけど」
「ならベッドで寝ればいい」
面倒臭いなぁ。眠いっていってるのに。
「……まさか、禁術を使ったんじゃないだろうな」
「………へぇ? ずいぶん古い魔法なのに、知ってるんだ?」
誰も知らない、昔の秘術であり禁術。いや、知らないっていうより覚えてないって方が正しいかもしれないけどな。
この魔法はエルヴィンの書庫で見つけた本のなかにあったものだ。使う機会はないかななんて思ってたものだけどまさかこのタイミングで使うことになるとはね。
「相互変換魔法だな?」
「そうだけど?」
「なんてことを……! あれが何故禁術扱いになっているか、知らないわけではあるまい‼」
「知ってるよ。お前よりも詳しいだろうね」
相互変換魔法。別名で『生贄の禁術』なんて呼ばれてる。
効果は単純。体の一部を消滅させる代わりに魔力を増やす魔法だ。
消滅させる体積が大きければ大きいほど、魔力は増える。
だが、これは諸刃の刃だし事故も多くて指先だけ変換するつもりが上半身全部やって死にました、とかそういう例が多発したために禁術になっている。
また、死体や他人でも同じことができるために大変な戦争が起きた負の魔法ということも知っている。
俺が変換したのは、左足。太股から、足の指先まで全てを消滅させた。
こうでもしなきゃこいつは死んでただろうし、それを考えたら足一本くらい。
「悔いはないよ」
「すまない……!」
「だから謝るなっての……大の大人が泣くんじゃねーよ、とは言いたいが……まぁ、レクスの前で泣かれるよりかはここで泣いとけ」
ゼインは俺の足があったところをなんども擦りながら泣いた。
普通これは俺が泣く方なんじゃないのって思わないわけじゃないけど。
……今だけは譲ってやるよ。国王が泣いて頭を下げる姿なんて誰にも見せたくないだろうし。
「ブランさん!」
「ちょ、静かにしてくれ。さっき寝たばっかりなんだ」
心配して急いできてくれたのはわかるが、ドタドタ騒ぐとゼインが起きる。そういや眠いっていってるのに俺一睡もしてない。
ゼインが泣くのを始終見届けてたせいで!
しかもゼインの方が泣き疲れて寝るという。
「一体何があったんですか」
「俺もよくわからんが……テロ、って言えばいいのかな。相当な腕の魔法使いが攻めてきて、二人を担いで逃げてきたんだけど」
とりあえず判っていることを伝える。
「そうですか………? ? ⁉ ブラン⁉」
「なに?」
「あ、足がないですよ⁉」
「あー、うん。無くなっちゃった」
「なんでそんな軽いんですか⁉」
だって後悔してないし。自分から消したし。
「回復魔法は……」
「無駄だった。その内義足でも作るさ」
安心したら急に眠気が襲いかかってきた。
「来てもらって悪いんだけど、眠くなってきたからこの後のこと任せていいか?」
「後でちゃんと説明してくださいよ?」
「ああ……多分な」
そのまま目を閉じて暗闇に意識を落とした。
ーーーーーーーーー≪ソウルサイド≫
一緒に僕もいけば良かったんだ。
ブランさんはたまにゼインさん達に会いに一人でフラッと遊びに行くことがある。
この世界の医療知識も豊富だから体の弱い王妃様の診療も兼ねているから邪魔しちゃ悪いってことでいつもあの人一人に任せていた。
この世界は回復魔法があるから医療が遅れている、というわけではない。
回復魔法は使える人が限られている上に魔力が少ない人の場合、使えたとしても小さな切り傷を治せるくらいの魔法しか使えない。
大怪我を治せる人は基本王宮に召し抱えられているから庶民は回復魔法に頼れないことが多い。僕らは例外だけど。
だからちゃんと医療も発達しているし、小さな町でも一個は病院か診療所がある。
ブランさんの場合、大怪我は魔法で治して小さい怪我は生き物の本来持っている治癒能力に任せる。
魔法で治すという方法には幾つか種類があって、一番簡単な治癒能力を活性化させる方法。これは細胞を作り替える力を早めるといったものだ。
そして、他にも沢山ある中で最難関と言われているのが時間をまるごと戻して固定するという方法だ。
怪我をする前の時間まで体を巻き戻してその状態で固定、本来起きたことをねじ曲げて何もなかったという事象を引き起こす魔法。
巻き戻すまでは出来る人はいるんだけどそれを固定するのが滅茶苦茶難しい。感覚としては、巻き戻す行為が『眼を瞑ったまま針に糸を通す』って感じで、固定する行為が『その糸で服を縫う』くらいの難易度。
巻き戻すことは何度もやっていれば成功することもあるけど、それでちゃんとした服を短時間で縫うのは無理に等しい。
でもこれをブランさんは使った。一番後遺症が残らないからって理由もあるだろうけど、それほどまでゼインさんの怪我が酷かったんだろう。
でも、だからって。
「自分の足を無くすまでして治しきる必要はないじゃないですか……」
ブランさんが使った相互変換魔法の話はエルヴィンから聞いた。エルヴィンは自分の書庫にあったのがいけないんだって自分を責めてたけど、悪いのはエルヴィンじゃない。
無茶をしたこの人が悪い。
僕が到着したとき、ゼインさんの怪我は完治していた。怪我したことすらなかったことになっていた。
だけどそこまで完璧に治すには魔力が足りないのは気づけたはずなのに。
「なんでいつも無茶するんですか……バカ」
本人を背中に背負っているのに、どこか存在を遠くに感じた。




