百十七日目 悲報? 吉報?
「あー、眠い……」
目の前で猫があくびをしていた。うつった。
「ミャー」
「ごめんごめん。で、みつかった?」
後ろから別の猫にせっつかれて煮干しを渡しながら尋ねると猫は煮干しをくわえながら首を横に振る。
やっぱり難しいな……
「そもそもわかってる情報が少なすぎるのがおかしいんだよ。俺の情報網に引っ掛からないどころかアニマルゴーレムでも町に住む動物達でも見つかんないし……」
【情報、口から漏れてるわよ】
「情報と呼べるほどハッキリしてねぇよ」
愚痴を言っても問題ないほどに情報が少なすぎるんだ。
「七騎士、ねぇ……」
シャドウとサンライズ。この二つのグループ(グループなのかも定かではないけど)の情報はいまだに一個も見つからない。
俺の情報網はいつも通り、ネズミ一匹逃がさないほどに張り巡らされている。しかも毎日ちゃんと情報がどんどん更新されていく。
なのに、あの七騎士とかいう人たちの情報は全くない。
人探しが上手い猫達でも見つからないって異常だよ。それどころか、基本的にこの町の動物たちは協力的だからそいつらが隠してるってこともまずないと思う。
いたら俺以上の化け物だ。契約の上書きをしているようなもんだし。
……そろそろ俺も限界っぽいし。
【あら、気付いていたの?】
当たり前だろ。戦うときに嫌でも気づく。
キレがなくなっているっていうか、身体パフォーマンスがどんどん低下しているっていうか。
まだ十分戦える。けど、この調子じゃ……数年で俺は使い物にならなくなるだろう。
「ピチチチ」
「はい。今日のぶんな。皆で分けろよ」
小鳥たちにもパンを配って今日の情報収集は終了だ。
もし俺が使い物にならなくなるようなことになったら……一体どうなるんだろうか? それ以前に、俺死ぬんじゃないか?
【死なせないわよ。死にそうになったら石化して一旦時間を止めるから安心なさい】
「ぜ、全然安心できないのは何故だろう……?」
殺さないようにって助けてくれるのはうれしいが、方法が雑すぎる。それ、結局俺死ぬのでは……?
「お! ブラックー!」
「ん?」
下を覗いてみると、レクスが手を振っていた。直ぐに屋根から飛び降りる。
「なんだ、今日来る日だったか?」
「いや、早めに予定をずらした。ここ数日会えていなかったからな」
「数日って言っても……6日前に来ただろ」
「それでも足りないのだよ」
「なんかお前……ゼインに似てきたな。話し方とか」
ここ最近で急に大人びた気がする。
「フッフッフ。これでも王の後継者として期待される身だからな!」
「王の後継者は普通、こんな頻繁に庶民の家に来ねーよ」
背、伸びたな……。ゼインも背が高いし、奥さんもスタイルいいからな。俺は多分抜かされるだろう。今のうちにチビネタで弄っとかないと。
ぐしゃぐしゃと頭を撫でてから、
「んじゃ、外にいる必要もないし。入るか」
「うむ」
本当、突然成長したみたいでビックリだよ。
なんでも所作や剣技、魔法をずっと勉強しているらしい。偉いな。
「全く……ガキの癖に、でかくなりやがって……」
先に走っていったレクスをゆっくりと追いかける。子供の成長って早いよな。
あ、イベルは除く。あれは異常すぎる成長速度だから。っていうか最初から精神年齢が見た目と一致していないことが多々あったような……
「ブラック?」
「ああ、いや、なんでもない。昨日焼いたクッキーがあるからそれを食べるか」
「クッキー‼」
この辺りは子供っぽいんだけどな。
っていうかお前王族なんだからもっと旨いもの色々食べてるだろうに。
リビングに入っていってそこで作業をしていたソウル達と一緒にちょっと早めのティータイムだ。
あ、作業っていうのは俺の仕事のこと。簡単な業務とかなら任せているからその書類整理とか頼んでいる。
流石に国家機密になるようなものは俺が頭のなかで管理しているけどな。
「そうだ。父上からこれを預かっている」
「ん?」
レクスが腰の辺りから取り出した筒(どこに入ってたんだ?)を手渡してくる。
「手紙か」
「あ、そういえば昨日の手紙って解読できたんですか」
「………」
目をそらすと全員が小さくため息をついたのが聞こえた。
「だ、だって。細かいんだもん。字も汚いし!」
「別に誰も怒ってないじゃないですか」
「皆ため息ついたじゃん」
そう、実をいうと解読はぜんっぜん進んでない。
読みづらいのと回りの術式が邪魔するしで進もうにも進めないんだ。
ゲームで隠しゴール必死に探してる気分。
……まぁ、それはいい。急ぎでもないし。
「……んじゃ、読ませてもらうぞ」
「唐突に話題を変えたな」
そこ、うるさい。
ライトを見ろライトを。静かにただお茶を飲んでるぞ。主人が困っているなかで従者としてそれはどうかと思うけどな。
内容はいつも通り他愛ない話が多かった。あいつ、性格上からかどうでもいい話ばっかりするんだよ。
「………な」
二枚目の便箋を読みはじめてから言葉に詰まった。
いらない情報だらけの手紙に、見過ごせないことが書いてあったのだ、というのは俺の反応で明らかだったんだろう。
皆が不思議そうにこっちを見た。
「どうしたんだ?」
「……ここでは、いえない」
「どうしてです」
「仕事の話だ。国家機密並みの、な」
場合によっちゃ大騒ぎになることだ。
「父上に、何かあったのか……?」
「これ以上はお前でも……」
「頼む……! 教えてくれ、ブラック!」
レクスが酷く不安そうな表情をする。俺が仕事で絡むことは大抵いいことではない。
戦争や即死刑に処されるような犯罪者の捕獲とか、とにかく物騒なものが多いからだ。
「……本当にいいのか? 後悔するかもしれないぞ?」
「構わない!」
「そうか……わかった」
顔をあげてレクスを見る。そして、その頬を軽く引っ張った。思いっきりやったら最悪千切れるしな。
「ふぇ⁉」
「ハッハッハ! いやぁ、これ茶番だから! レクスは見事に引っ掛かってくれるから本当楽しいぜ」
「えっ」
そもそもそんな危険な事態を手紙で伝えねぇよ。しかも子供に持たせるなんて不確定な方法で渡すはずもない。
「だ、騙しましたね?」
「怒るなっての。昨日置いてきぼりにされた鬱憤を晴らしたかっただけだ」
ライトは俺のこの反応が演技だったって気付いていたみたいだけどな。
「まぁ、でもさっきの言葉は全て嘘じゃない。国家機密レベルの話だし、俺から聞いたら後悔するかもしれないってのも本当だ。ただそれをちょっと暗めに話しただけで」
うっわ、睨まれてらぁ……
「ご、ごほん。んじゃ、話すよ。お前に兄弟ができるって話だ、レクス」
「へ?」
「ようやくか」
「らしいぜ。そろそろかなって思ってたんだけど。もう大分近くなってきて医者が24時間代わる代わるずっとついているらしい」
本当、過保護過ぎて笑っちゃうくらいだ。




