百十三日目 オロチ
俺の隣の椅子が取り替えられた。っていうかここじゃないところに移動してくれませんかね?
香水もそうだけど心労で押し潰されそうです。自業自得だけどな‼
式が始まり、顔馴染みの学園長が舞台の上に立って優しげな口調で話し始めた。
だが皆騙されてはいけない。その男一回暴走すると止められないくらい厄介なゲイだからな。
「―――君たちを歓迎します。これで私の挨拶と閉めさせていただきます」
なんか懐かしいな……。数年前までイベル側にいたのに気付いたら保護者席に座るとは思ってなかったよ。
そもそも結婚とかするつもり全く無かったし。
その後も長々と式が続き、やっと終わった頃には香水のにおいで吐きそうになっていた。
「うっぷ……キツい……キツすぎる……」
「だ、大丈夫ですか、本当に……」
トイレでちょっと吐いた。吐いたら幾らかは楽になったけどまだちょっと気持ち悪い。鼻が利かない。
「私の方まで臭いしてきましたもん……」
「ここまで来ると最早凶器ですよ……」
俺がここまでダウンする事って中々無いぞ。
イベルのクラスは初等部一年のBクラスだそうだ。飛び級なんかもあるらしいからイベルには頑張ってもらいたい。
平民差別の先生もいるらしいけどちゃんと平民でも見てくれる先生はいるしな。
「じゃあ帰りましょうか……」
「そうですね」
ここから先は保護者は必要ない。イベルの写真も撮ったし後はもう本人に任せるしかないな。
そう、思っていたら。
黒板を爪で梳った時に似た不快感しかしない音が聞こえてきた。
「ぎっ⁉」
「だ、大丈夫ですか⁉」
「は、はい。なんか変な音……が……」
幾つかの塔で出来ているこの学園の塔の一つからなんか出てきた。いや、あれには見覚えがある。
真っ黒な刺々しい鱗に覆われた八つの首の亜龍……
「大蛇だ……!」
八つの首のうちの二つがバックリと口を開けて火を吹いた。咄嗟に建物に燃え移る前に水を撒いて消火する。
「ブランさん、戦えるんですか⁉」
「ある程度は。ただ、一人じゃ流石に……」
戦力的には俺一人でも問題ないんだが、俺一人じゃ戦えない理由がある。オロチを倒すためには八つの首を同時に切り落とさなければならないという謎のルールがある。
だからゲームではパーティやギルド総出で戦うのが普通。しかもそれ以外の場所を攻撃してもほぼダメージにはならないというのが非常に厄介だ。
それだけじゃない。こいつらは魔法ダメージを極限までカットできる。鱗が魔力を散らす力を持っていて魔法じゃ首を落とすなんて不可能。
どうあがいても同時に切り落とすなんて不可能なんだ。
「とりあえず避難が最優先だ……」
周りにはまだ人が……それに下手に戦えば俺が白黒だっていうのがモロバレだ。なんとかして注意を俺に引き付けつつ避難を……
「なんということなの⁉ 私を、私を先に逃がしなさい!」
またあんたかよ! さっさと尻尾撒いて逃げやがれ!
「ブランさん、早く逃げましょう!」
「逃げても追いかけてくるでしょうから、自分がここで食い止めます。どちらにせよ援軍が来るまでは自分達の子供が危険に晒される訳ですから絶対に退けません」
護身用のナイフを構えたままそう言う。多分今ここでの最高戦力は俺だろうし少なくとも人が逃げる時間だけは確保しておかないといけない。
「でも」
「いいから行って!」
完全にオロチは俺を敵認定している。このまま場所を変えることができれば……
「グォオオオオオオ!」
投げつけられた小石に怒り狂うオロチ。俺の横には小石を握ったカルラさんが。
「あんたアホか⁉」
「アホです!」
「あー、もうっ! 自分の後ろにいてくださいよ!」
地面を蹴って跳び上がりナイフを四本取り出して投擲する。
よし、全部目に命中した。だけどまだ12個も目がある。
「やっぱり首を落とさないと対したダメージにはならないか……やるだけやってみようかな」
ベルトからワイヤーを一本出し、近くの木に絡ませてから一気に巻き取って風魔法でさらに加速、月光を振る。手応えはあった。
直ぐに距離を取って確認してみると三つ首が落とせた。が、直ぐ様新しい首が生えてくる。
どんな生命力だよ、全く……
「流石はオロチだなぁ……並みの攻撃じゃ直ぐに治される」
かといってこれ以上高い火力の接近戦闘術なんて持ってないぞ。
俺、魔法と剣の組み合わせで徐々にダメージを蓄積させて勝つ戦闘方が得意だし……っていうかそもそも殴りあいの方が得意だし……。
「強いですね……これなら」
「いや、無理です。自分があと二人いれば楽勝だと思いますけど、今の戦力じゃ倒しきるのは不可能です」
首を同時に落とす、なんていうことは流石に一人じゃできない。ライトとエルヴィンがいればまた別なんだろうけど。
毒物も多分効かないと思う。やってみるけど、オロチが毒持ってるから無駄だろう。
口の中に毒団子を放り込む。飲み込んだみたいだけど効果は無さそうだ。Aランクのヒュドラの毒とSランクのオロチの毒じゃ相手にもならなかったか。
「ど、どうするんですか?」
「………どうもできないですね」
防御に専念すればこっちが攻撃を受けることはないと思うからそうすればいいんだけど援軍がいつ来るかわからない以上、粘ってても仕方ない。
足を二本落とす、即座に生えてくる。目を潰す、即座に治る。腹部に風穴を開ける、即行で塞がる。
なんて終わりの無いいたちごっこなんだろう。
魔法は通じないし、これ以上の切り札を持っているわけではない。俺もそろそろ疲れてきた。
「だーっ! もう! キリがない‼」
誰にいうでもなく、その言葉が口からでた。
【じゃあ、けりをつければいいじゃない】
……それができたらもうやってるよ。
【あら、私の存在忘れてない?】
いや、ゲームの世界ならともかく現実世界で鱗に守られた怪物を打撃で倒すってどんな無理ゲーだよ。
【そんなこと言っちゃうんだ? 手助けしてあげようと思ったのに】
リリスじゃ無理だって………ん? いや、あ、そうか。そういうことか。
【やっと気づいたの?】
でもあれはあんまり見られたくないっていうか。
【あそこまで格好つけておいて「倒せませんでした」じゃダサいじゃない】
「そんな理由⁉」
つい、口で突っ込んでしまった。まぁでもこのままじゃ校舎壊れるし……仕方ないか。
目眩ましに炎弾と水弾を同時に打ち込んで蒸気を発生させる。
「いくぞ、リリス‼」
近くにあった壁を蹴って即座に懐に潜り込み、思いっきりリリスで殴った。一気に魔力を持っていかれて体から力が抜けるが必死に踏ん張る。
バキン、と生物ではあり得ない音を響かせてオロチが真っ二つに割れた。
リリスで石化をかけたせいでオロチは再生できずに絶命した。
「あー、怠い……」
オロチを即座に回収、地面に座り込む。
結局目立っちまったな……




