百十二日目 イベルの入学式
俺一人で戦うときのメリットは仲間を気にせず好き勝手戦えるところ。
ぶっちゃけると味方がいるとそっちが怪我してないか気になって仕方ないし。俺ほぼ自己流の、しかも多人数を相手する戦い方だからやり易いってのはある。
そしてデメリットだが。手数が足りないってのが一つ。だって俺の手二本しかないし。
それと防御が手薄になるってのもある。大抵の攻撃じゃ傷一つ付かないんだけど、それでもある程度はさすがに防ぐことは出来ない。
とは言っても基本負けたことはないので仲間傷つくのも嫌だから俺一人で戦ってきた。
「ただ……こいつは……倒せんのか、俺」
八つの頭にギロリと睨まれ、慌ててリリスを構え直す。
っていうか俺は今日イベルの入学式に来ただけなのになんでこんなことになってんだよ………
ことの発端は俺が魔大陸から帰ってきて数日後の事だった。
「マスター、いらっしゃいますか?」
「ん? ああ、ちょっと待って」
部屋で月光を手入れしていたので鞘にしまってから扉を開ける。
「どうした?」
「今日イベル様の入学式なのですが……」
「? シシリーに何かあったのか?」
俺は目立つから付き添いはメイドのシシリーに任せるって話だったよな?
「シシリーのお父上がぎっくり腰になられたらしく……」
「ああ、成る程………」
そういや腰が悪いって言ってたもんな……
「誰が行くかで揉めたのでマスターに判断してもらおうという話になったのですが」
「えっ、俺が決めるの」
「他にどなたが?」
「メイド長のキリカが決めればいいんじゃないか?」
「メイド長も行きたいと仰ったので公平に」
で、俺? なんで? いや別にいいんだけど。
っていうか何人行きたいって希望してんの? 皆で行けばいいんじゃないか?
「皆で行けばいいんじゃ?」
「50名ほど居ますが……」
「あっ、それは不味いな」
そりゃちょっと多すぎる。
「イベルはなんて?」
「別に誰でもいいと」
「だろうな」
そもそも皆仕事あるだろ。
……あ、そういや俺今日フリーだった。
「………俺が行こうか? 今日休みだし」
「えっ?」
というわけで。
「ブラン来ないんじゃなかったの……?」
「なんか成り行きで行くことになった。まぁ、俺のこと知ってるやつなんて多分居ないし大丈夫だろ」
「そんな適当な……」
メイドに馬車で送ってもらって(レイジュは目立つから普通の馬)俺も軽く変装した。とは言ってもワンピース着て軽く化粧しただけだけどな!
武器はちゃんと服の内側に仕込んである。
「目立たないでよ」
「俺のこと知られてないから大丈夫だって。そもそも俺他人と目、合わせられないし」
「なんで?」
「対面恐怖症なんだよ」
「情報屋なのに?」
「あの時は頭が金にしか向いてないから」
コミュ障舐めんなよ。なんで目を合わせてくれないのって指摘されたときは心臓止まるかと思ったわ。生前の話だけどな。
名前が知れ渡ってても外見は知られてないからな。
……学園長は俺のこと知ってるけど。お得意様ですけど。
「ま、なんとかなるってー」
実際俺はなんにもしないしな。ただイベル見てるだけだし。
「ほんっっとうに、目立たないでね!」
俺そんなに信用ないか。泣くぞ。
俺の代わりにソウルが来るって案も出たけどあいつこっちの世界でも結構モテモテなんだよな……俺? まず性別間違われる時点でアウトだと思うよ。
メイド達も可愛い子ばっかりだし、そうなると消去法で結局俺しかいなかった。ソウル達の意見は俺に対してフィルターかかってるから参考にならないし。
あいつらに俺の容姿の話をすると「最高に可愛い」とかそんな言葉しか出てこないからな。あいつらの目は眼科で診てもらった方がいいかもしれない。
「えっと、受付は……」
「あっちだ」
「場所、わかるの?」
「聞こえてくるからな」
盗み聞きってやつだけど。
節制のスキルを発動しているから余計に感覚は鋭い。
「ブランって思ってるより凄い人なんだね……」
「さりげなく心を抉るのはやめてくれ」
俺の見た目とやってることが釣り合わないのは重々承知してるから。
受付を終えて一旦イベルとは別れる。保護者席に案内され、そこに座ると既に座っていた隣の人が話しかけてきた。
「あの、貴族様ですか?」
「え? ああ、いえ。平民ですよ」
【堂々と嘘つくのね】
イベルが自分のこと平民ってこっちで登録しちゃってんだから俺も合わせるしかないだろ。
「よ、よかった……うちの子、平民だから貴族の子ばかりの学校にいれてしまって大丈夫かと思ったけど……」
「それはそうですね。半数以上は貴族ですし」
「ずいぶんお若いですね」
「あ、いえ。自分のは養子なので産んではないんです」
まだ20にもなってないのにそんなにデカイ子は産めません。
「そうなんですか。あ、私はアイディール商会のカルラ・アイディールです」
「自分はブランです」
カルラさんと軽く世間話をしていると俺の反対側にスッゴいゴテゴテの服を来たおばさんが座った。
あとこの人、香水付けすぎだろ。くらくらする。
「ちょっと、この椅子堅すぎるわ! 別のものに取り換えてちょうだい‼」
「で、ですが奥様。ここはご子息の通われる学園ですので今問題を起こせば……」
「いいえ、納得いきませんわ! 今すぐ別のものに取り換えなさい!」
しかも俺の横でギャンギャン喚き始めたぞ………うるせぇ。
でも我慢だ。イベルに迷惑をかけるわけにはいかない。
……あれ? 俺とイベル立場が逆転してないか。
「それにこんな平民臭いところにいられる筈がないわ! 早く場所を変えなさい‼」
うっわー。滅茶苦茶言ってるよこの人。一体どこのご身分の貴族だよ。
「早くなさい! コーグ男爵夫人の私のいうことが聞けないのかしら⁉」
ひっく! 男爵って! しかもコーグって俺がじっちゃんに告げ口したから身分落とされた貴族だろ⁉
「元々こんな辺鄙で平民臭いところにうちの子をいれるつもりは無かったのに、あのくそ野郎のせいでこんなところにしかいれてあげられなかったのが気に入らないのよ! いつか殺してやるわ、あの情報屋‼」
………冷や汗が止まらない。
これ絶対俺のことだよね。俺のことですよね……
っていうかこの人俺が疑問に思ったこと全部解説してくれるな。いや、言いふらして同情を誘いたいだけか。
正体バレたらイベルが危なくなりそうだ。本気で隠さないと……
「ブランさん? 汗凄いですけど大丈夫ですか?」
「へぁっ⁉ あ、ああ、大丈夫です……」
全力で右隣からは目を逸らした。




