百十一日目 帰ろう
ジュエルドラゴンが産まれました。パチパチパチー、で終わればいいんだがここそういや病院だった。
「おい、こいつどうするつもりだ」
「……アストさん。宿にこっそり持ち帰ってもらえます?」
「動物禁止だが」
「バレなきゃ大丈夫ですよ」
こいつには鞄の中で大人しくしてもらうことにしよう。
「そんな簡単には……」
まぁ、隠蔽もかけるし。と説得。アストさんは渋々それに従ってくれた。
明日の朝退院だしそれまでの間だけ子ドラゴンを任せてベッドに横になる。
使い古されたゴーグルが机の上で鈍く光を反射する。
懸賞で当てたことを思いだし、それを手に取った。最近はこれがないと落ち着けない。
「なんか文字が掘ってある……?」
ぐるぐると適当に見ているとゴーグルの端に文字が入っているのを見つけた。『HELLO NEW WORLD』とかかれている。
なんでこんな言葉が? こんなんあったっけ?
そっと指でなぞると、唐突に昔のことを思い出した。ゲームを始めた頃のことだ。
俺が世界大会で優勝しなければこの世界に来ることもなく、ただ平凡に父を憎みながら勝手に大人になって勝手に一人で死んでいっただろう。
俺が結婚できるとも思えないし。まぁ、別にしたいとも思ってないけど。
思い出すのは家のことより友達やギルメン達のことばかり。俺にとってはそっちの方が大切だ。薄情かもしれないけど俺にとっては。
「帰りたい……」
初めて心の底からそう思った。
今まではソウルを帰すために色々と頑張ってきたけど、それがいつのまにか自分の為になっていた。
ここで暮らす生活もいい。結構楽しいし日本とは比べ物にならないほど友達も多い。ちょっとデンジャラスではあるけど。
でも何故か帰りたくなった。理由なんてハッキリしたものはないのかもしれないけど。
でも、もし帰れたとしたら? そのあとは?
俺はもう人間じゃない。ソウルは辛うじて人間だけどやれることは超人の域に達している。
もしあっちの世界に他種族が渡れないとしたら、俺はまた人間に戻るなんてことができるのだろうか。多分できないと思う。
そんなにこの世界は甘くない。そして色々な魔法を作ったり試したりしていく上で気付いたことがある。
『記憶の持ち越しが不可能かもしれない』という事実だ。
俺たちがこっちに来たときは体そのものが予め作り替えられている状態だったので記憶が削られることはなかった。
だが、生身で移動しようとするとその間体を保護しなければならない。その時に記憶すら削れてしまう現象が起こる。
大分昔のデータだけど、とある魔法使いが転移に失敗しとんでもないところに飛ばされてその際に記憶喪失になったという話がある。
頭でもぶつけたんじゃないかと思ったんだけど、よくよく考えてみれば魔力は生命力でもあるわけで、突如大量に消費されると別のものからそれが補填されるようになっている。
臓器が小さくなったなんて例もあるくらいだ。
でも一番削られやすいのは記憶だ。今の俺の技術であっちに無理矢理帰ろうとすればこっちの記憶はスッキリ抜け落ちるくらいのことしかできない。
もしあっちに帰れる体があるならまた別だが、外傷が見えづらかったソウルならともかく、俺の場合相当な怪我を負っていたからもし戻れたとしても一生障害者だろう。
ここの記憶を消してまであっちに帰りたいとは思わない。それでもやっぱり、
「会いてぇな……」
いつものようにゲームの世界で笑っていたい。現実はそう上手くは行かないけど、俺にとって生きる意味はあの場所そのものだったから。
無理をするなとさんざん釘を刺されて病院を出た。
……喉乾いた。体を治すために魔力を使いすぎたな。
「もう血のストックもないしそろそろ帰るか……ソウルも遅いって怒るだろうし」
アストさんとの待ち合わせ場所にある塀に腰かけているとアストさんの足音が聞こえてきた。
「体の調子はどうだ……」
「お陰さまで。少し怠いくらいですよ」
すると突然アストさんのリュックから子ドラゴンが飛び出してきた。俺の声を聞いて出てきたらしい。
「キュアッ!」
一頻り撫でてやると肩の上にぺたんと伏せた。
想像以上に肩凝りそうだな、これは……
「アストさんはこれからどうしますか?」
「……傭兵ギルドにはいる」
「傭兵ですか」
「そこで金を稼いで……俺みたいに故郷に住めなくなったやつを助ける、仕事がしたい」
おおー! かっこいいな。
魔法は使えないけど、近接戦闘なら目を見張るものがあるからな。
「いいですね。素晴らしいと思います」
ただ、アストさんは今丸腰だから……ああ、あれがあった。
俺は鞄の中から取り出したように見せかけつつ収納からナイフとグローブ、丸い盾を取り出す。
「餞別です。アストさんなら上手く使ってくれるでしょう」
「こんな上等なものは……さすがに」
「いいんです。もらってください」
俺が作ったやつだしな。白龍の鱗を中心に外側は硬く内側は柔らかくして殴った衝撃が極力少なくなるようにし、また魔力を使うが炎や水を纏わせることも可能だ。
ナイフの方はただ切れ味がいいだけのものだが芯にはオリハルコンと神鋼を混ぜたものを使っている。よほど手入れを怠らなければ刃こぼれなんて起きない。
それと盾だ。小さくて丸い盾だが薄い障壁を自動で張ってくれるので砂埃とかは勿論、毒の霧なんかもある程度防げる地味に便利な代物だ。
「銘は……ナイフが“時雨”、盾が“夜霧”、グローブが“朝露”なんてどうでしょう?」
全部水繋がりだ。武器たちを作ったときに雨が降っていたから。それともうアストさんが水で困りませんように、っていう願いを込めて。
「ああ。……ありがとう」
「こちらこそお世話になりました。なにかあったらまた連絡してください」
「キュアッ」
魔大陸と人間大陸を繋ぐ船に子ドラゴンと一緒に搭乗する。
アストさんの通信機がポケットの端から少しだけ飛び出てこっちを見ているようだった。
連絡、してくれるかな……。




