百五日目 神だと気づきもしない
攻撃してきたってことは、こっちからも仕掛けていいんだよね?
「殺しにきたんだから、俺も殺っていいよね?」
相手が天使なら死んでもいつか復活する。だったら殺してもいいだろう。
「ま、待て! なぜ今の攻撃を」
「あ? 見え見えのそんな遅い攻撃、防いでくださいって言ってるようなもんだろうが。どちらにせよ俺今機嫌悪いから手加減しないよ?」
月光をしまってリリスを取り出す。頭のなかに声が響いた。
【うふふ。今避けなかったのって後ろの家にアストって子がいるからでしょ?】
……さぁな。殺るぞ。気合いいれろ。
【もとからそのつもりよ】
月光というどう見ても殺しにきている武器からリリスという殴られるだけで済みそうな武器に代えたのを見て怪訝な目を向けてくる。
「なんだ、その棒は?」
「棒? 棒だって? こいつはトンファーという武器さ。直接的な殺傷力は刀の方が強いかもしれないが、こいつは自重というものを知らないからな」
こいつら、天使のくせに魔神にも気付けないとは。天使のなかでもしたっぱなのだろうか。
「あ、それとひとつ確認しておくけど。あんたらって死なないんだよね?」
「死など超越していて当たり前だ」
「成る程。なら、いいや。……心置きなく殺れるし」
手前の一人に急加速して近付き、思いっきり顎を殴り付ける。頭が爆散したが、それを気にせず腹にも一発いれて風穴を開ける。
「まず一人……」
そのまま勢いに乗って左足を軸に回転し、回し蹴りを喰らわせて吹き飛んだところに先に回り込んでおいてからリリスで爆発を起こさせる。
蹴ったときに少なくとも肋骨は全部折った気がする。まぁいい。復活できるらしいし。
「二人」
まだ俺のことを目で追えていないようなのでそのまま地面を蹴って二人同時にリリスで仕留める。地面に赤い花が広がりながら二人は吹き飛んでいった。
「四人……? あー、逃げるのか」
俺のヤバさに気付いたのか、他のやつらは逃げ出していた。天使の死体が灰になって風にさらわれていく。
追う必要もないか。術者はもうわかっているしアニマルゴーレムを追手にやった。ここを離れてアストさんに何かあっても困るしな。
「んー、準備体操くらいにはなったか?」
【弱すぎてつまらないわね】
「それは同感だな」
俺を相手にするならもっと強いやつつれてこい。せめて目で追えるくらいのやつは用意してほしい。戦いたい訳じゃないけど。
「はい、片付けてきましたよ」
「………」
アストさんが口を半開きにしたままこっちを見ていた。
「あんなに、強かった?」
「天使が弱かっただけですよ。それよりも今日はゆっくり休んでください。衰弱は急いでも回復しませんから」
回復はゆっくり気長に、だ。
俺もしばらくはこの辺りにいられる筈だし………
水源調査と魔物の殲滅、それが今のところの俺の仕事だ。
これでも一応情報屋であって傭兵ではないんだが。ついでに言えばそれ以前に吟遊詩人なんだが。
色々と考えながら夜の星を見上げる。人間大陸のそれよりもこの辺りは空気が乾燥しているので綺麗な星空だ。
寒いのは嫌だけど。
「ブラン」
「アストさん。どうされました? 眠れませんでしたか?」
「ちょっと、だけ」
「そうですか」
少し寒そうだな。甘めの飲みもの……ココアでも作るか。
お湯を沸かしてココアをいれる。アストさんは見たことないといいながら恐る恐る口を近づけてその甘さに驚いていた。
「アストさん。よければ一曲いかがですか?」
今の彼はとても疲れているはずだ。だがそれでも眠れないのはリラックスできない状態にあるからだろう。
だから、軽くでも休まれればと思っただけだ。
「いっきょく?」
「自分、吟遊詩人なんです」
少し珍しいジョブだからか、あまりピンとこなかったようだけど。そうだな……折角星が綺麗なんだからそれにちなんだ歌にしようか。小さく息を吸って歌う。
Jupi○erだ。日本語にすれば木星だな。元々Jupiterってのは神の名前だし、モーツァルトの41番交響曲もそうだよな、多分。
Jupiterという名前はよく使われる。それだけ長く広く知れ渡っているということだろう。
音楽科だからといって音楽に見聞が深いと思ったら大間違いですよ。いや、俺があんまり興味ないだけかもしれないけどな。
「なんか、凄い……」
「お褒めに預かり光栄です」
リラックスできるように軽く魔力を込めながら歌ったからな。俺の歌を良いと思ってくれているなら効果はあるだろう。
「そろそろ寝ましょうか。明日もありますしね」
「……ブランはいつまでここに?」
「未定です。が、それほど長居するつもりはないですね。一家の為に稼がないと」
俺はこんなところでくたばっていてはいけないのだ。
まだまだ動けるうちは沢山働いて、信頼を勝ち取らないといけない。信頼を得るということはそれだけ色々なことを教えてもらえるということに繋がる。
結果として、もしかすれば日本に帰る手立てが見付かるかもしれない。
そうでなくとも収穫は十分見込める筈だ。
足踏みをしているように見えてはいるが、俺が今までやって来たことは全て無駄ではない。
どれだけ歩みが遅かろうが、一歩は一歩だから。
その一歩をどこまで踏み出せるかが、俺の未来に関わってくることだ。なにもしないのとやって失敗するのじゃ大違いだ。
失敗するということはその次に繋げることができるのだから。
「おやすみなさい」
俺も、まだまだ諦めてなんかいない。諦めてたまるか。




