百四日目 ガッカリ天使
手に包帯を巻き直す。痛みは殆どないけど砂で汚れるしこの辺りの空気はあまり傷によくはないからこまめに取り替えないと。
「その腕、大丈夫?」
「今のところは、なんとか。まだ薬塗らないといけないので巻いているだけです」
包帯を噛んで引っ張り、縛り付けない程度に密着させる。この動きもなれてきたな。
「ブランって、人間?」
「いえ? 希少種です」
流石は魔族というべきか、アストの回復は早かった。寝て起きたら疲労はとれたみたい。
「他種族は、初めてだ」
「そうですか。確かにヴィードはあまり周りと接しないことで有名ですからね」
勿論ちゃんと調べてある。魔王選挙の選挙権はあるが基本使わないらしいし。
……だからここに来たんだけど。
「それにしてもここは寒いですね……」
「魔法、使わない?」
「自分はなるべく使わないようにしているんです。喉が乾くから……」
「喉?」
「いえ、こちらの話です」
アニマルゴーレム達からの情報は芳しくない。この村の情報はあまり出てこないな。
そもそも人が少ないのにどうやって盗み聞きしろと。
まぁ、何人かネットワークの一人になってくれたし噂程度なら話が入っては来るけど。
「お腹すいた……」
「あ、そういえば食べてませんでしたね。すぐに作るので待っていてください」
殆ど食べなくていい体になったせいか食欲ってものが薄いからな。食事なんてしょっちゅう忘れる。
じゃが芋適当に切って、ベーコン、人参、玉ねぎにウインナーとか適当にぶちこんでコンソメで味付けして。よし、超絶適当だけど文句は言われまい。
【ただのポトフじゃない】
まぁそうなんだけど。材料が限られてるから本格的なものは作れないけどな。
「できましたよー。雑ですけど」
だって調理器具全然なかった。精々魔導コンロくらいしか使えなかったから。
「これは」
「ポトフ、のつもりで作ったスープです。余り物を適当に入れたんで味の保証はしません」
味見はしたけど、まぁ、普通。
家庭料理ですねって感じだな。
「ぽとふ。美味しい」
「それは良かった。お代りあるのでお好きにどうぞ」
「ブランは?」
「自分は種族柄そこまで食料が必要ないんです」
種族柄というよりスキル柄、と言った方が正しいけどな。
本当に節制様様だよ。助かります。
「ねぇ、ブランって――――」
アストさんがなにか言い始めた瞬間、俺の耳に何かの足音が聞こえた。
すぐに立ち上がってゴーグルをかける。
「赤の光点……8。魔物………?」
「……?」
「いえ、気にしないでください。ちょっと外を見てきます」
「っ、ダメッ!」
「ぐぇっ⁉」
マフラー! マフラー引っ張らないでっ! 苦しいから‼
首しまっちゃうから⁉
「この時間はやつらが来るから、だめ」
「やつら?」
「天使が、くる」
天使ってあの天使か? 何が不味いんだろう。
「なにか不都合でも?」
「やつら、ここを壊した。皆水が飲めなくて、力が出なくなって死んだ。いっぱい死んだ!」
天使ってそんなにおっかない性格だっけ⁉
俺に天使を召喚する才能ゼロだったから本当のことはわからんが……。俺の場合悪魔召喚に特化してたし。
何度か戦ったことはあるが、大抵なにかされる前に倒しちゃってたからな………
「リアルでやりあう前に一発でも攻撃見とくんだった……」
ソウル・ブランの中に聖霊召喚が得意なやつもいたけどあんまりパーティ組んでやらなかったし俺の悪魔の方が強力だったから基本使わなかったというか。
でもここにいても多分こっちにくる。真っ直ぐ向かってきているから。俺たちのいるところはもう既にバレているだろう。
「大丈夫です。ここに隠れていてください」
「そんなこと出来ない……!」
「大丈夫ですって。これでも自分、それなりに戦えるんですよ?」
「それなりじゃ死んじまう」
「じゃあ逆に聞きます。どれくらいの強さなら勝てます?」
アストさんは少し驚いたようだ。
もし誰にも勝てないとかとんでもないこと言われたらどうしよう、と思って聞いたら。
「最低でも軍の小隊長レベルじゃないと互角にすら……」
? じゃあいけるでしょ。節制は相手見てから解除するか決めればいいや。
「なるほど。では行ってきます」
建て付けの悪い戸を開けて外に出る。一段と寒くなったように感じるな……
【来るわよ】
わかってるって。
ベルトに手をかけながらゴーグルの先をみる。すると、背に白い羽を生やしたおっさんが七人、若い女性が一人来た。
………うん。現実ってそんなもんだよね。
おっさん軍団か……もっと可愛いふわふわ系女子が神々しく現れるものかと……高望みしすぎですか。
別に女が好きって訳じゃないけどおっさんは範囲外だ。
エルヴィンはまた別ね。あれはまず種族という次元が違う。
「何者だ、貴様。不躾な目で我らを見るな。汚らわしい」
……俺、なにかしました? 凄い理不尽に怒られた。
「何者か、という質問はこちらもしたいところですが。自分は旅のものです。偶然ここに立ち寄っただけで」
「ハッ、人間は我ら天使の高貴なる姿が目に入らないのか」
………? コウキナルスガタ?
なにそれ。……あ、高貴なる姿ね! おっさんばっかりのやつらにそれ言われてもな。
ダンディなおじ様、とかじゃなくてどこにでもいそうなちょっと小太りのおっさん集団にしか見えんし。
高貴って何ぞや。
「は、はぁ」
「なんだその腑抜けた返事は! ふざけているのか‼」
もうどうでもいいだろう。ほっといて欲しいんだけど。
天使が居るってことは術師がいるってのは間違いないな。ライレンみたいに力の強い悪魔や天使なら単独行動も出来るけど。
この人達あんまり強くなさそうだからそんなに離れた場所にはいないとみた。
「あの、それで天使様が一体なんのご用で?」
「言うと思ったか?」
「いえ」
思ってないけど。一応の確認だよ。今のやり取りで術者の位置は理解した。マップにマーキングしとこ。
天使が勝手に行動しないように指示を出している人がいる。その魔力を辿れば術者の位置なんてまるわかりだ。
召喚術師には自分でも一緒に戦う人と全部召喚対象に任せっきりにする人がいる。俺は前者だが。
後者の場合、召喚を大量にして術者の隠れている場所を不鮮明にしてくるのが定石だ。だから魔力を追う方法を身につけた。
「意思ある動物は全て消す」
奥にいたおっさん天使が短剣を数本俺めがけて投げてきた。それなりにスピードもある。不意打ちに使われたら普通ならまず避けきれないだろう。
だが、俺にはハッキリと見えるぜ。
月光を即座に構えて体勢を抜刀のものにし、短剣を一刀のもとに切り捨てる。
「……これだけ?」
かかってこいよ、おっさん天使共!




