百三日目 廃村
「来ていたのかブラック!」
「お? なんだ、授業中だったのか」
木で出来た剣を握ったレクスが部屋に入ってきた。
その後ろには剣術の先生の『剣聖』リテールさんがいた。彼女は剣聖の二つ名に恥じない剣士で兎人族の獣人だ。
兎なだけあって跳躍力があり、たった一回の踏み込みで剣の間合いを大きく変えてくるからちょっと戦いづらい。
「お久しぶりです、リテールさん。授業の邪魔をしてしまったようで………」
「久し振りですね。丁度今から休憩だったので大丈夫ですよ」
ウサミミをピン、と立ててそう言ってくれる。
体はほぼ人間で頭にウサミミ、尻尾があるくらいで耳さえ隠してしまえば人間だと偽れるくらいには人間っぽい。
ウサミミ……触りたい。ウサウサしたい。
「ブラック、今回はどれくらいここにいるのだ?」
「あー、もう直ぐに出るつもりだ。魔大陸に行かなきゃならないんでな」
逝かないように注意しなきゃいけないほど危険なところだけど……。
「魔大陸……」
「ああ。ま、何もなけりゃすぐ帰ってこれるって」
一ヶ月くらいは帰ってこれないかもしれんが。
【恨みを買いやすいものね】
うっ……それは俺も理解してるっての。
「本当に行くのか」
「……仕事だからな。俺だって許されるならどっかでゴロゴロ隠居生活送りたいよ」
ニートになりたい。忙しすぎて。
休みたい……ゴロゴロしてなんの仕事もない暇な生活を送ってみたい。……それただの屑だな………。
「皆行ってしまう、のか?」
「いや、今回は俺だけだよ。正直何が起こるかわからないからな……」
気付いたらころっと死んでしまうかもしれない。
だから誰もつれていかない。いろいろ不安な事はあるけど。七騎士関連とか。
「あ、そうだ。ゼイン。シャドウ、サンライズ。この二つの言葉に聞き覚えある?」
「………いや、ないな」
「そう。忘れてくれていいよ。確認しただけだし」
やはり表だって行動しているわけではないようだな。当たり前だけど。
あの気持ち悪い人とか見えない攻撃をしてくる人とか、ちょっと危ない連中である事は間違いないだろうな。
「じゃあ俺は行くよ」
「……」
「レクス。次来た時には俺のとっておきのオリジナル魔法を教えてやろう。ただ、それには相当な魔法技術が必要だ。俺の魔法が扱えるくらいになるまでちゃんと鍛えろよ?」
「……頑張れ」
「ああ。お互いにな」
レクスのようなタイプのやつにはなにか目標を与えてやるのが一番だ。
その時期は実力がよく延びる。
乾いた大地に巻き上がる砂埃。それをマフラーで防ぎながら村の様子を確認する。
井戸には水がなく、水をためる瓶の中は埃がたまっていた。川なんて見つかるはずもない。
「これは酷いな……」
干ばつとはこれ程の惨劇を産み出すものなのだろうか。
ゴーグルをかけて見てみると水脈が完全に途絶えてしまっているのがわかる。
ここをもし普通に住めるようにするならどこかの水源から水を引っ張ってくるか力業で大量の水を毎日魔法で生成するかくらいしか手だてがないだろう。
「うっ……」
後ろから声が聞こえる。
目が覚めたか。
「大丈夫ですか? 気分は?」
「え……え?」
「一旦ここに入らせてもらいましょうか」
とりあえず近くの廃屋に入って戸を閉め、鞄に入っているお椀に魔法で出した水を注ぐ。
「み、水っ……!」
「ゆっくりです。ゆっくり。いくらでも出しますので」
経口補水液だからうまい具合に体に吸収されると思うが。
6杯も飲んだあと、ようやく落ち着いたようで息をついた。
「体の調子は?」
「悪くない……。お医者さん?」
「ちょっと違いますけど医者として働けるくらいの知識はありますよ」
すきま風が入り込む屋内には今すぐにでも暮らせそうな程の設備が整っている。
それもそのはず。この村は一ヶ月前までは普通に村として機能していたんだから。
「俺の、他に……人は?」
いないわけではなかった。が、もう手遅れか亡くなっている人が多く、俺が助けられたのはこの人だけだった。
俺が無言で首を横に振ると理解してくれたようだ。
「「………」」
重い空気が充満していっているのがわかる。
「お名前、教えていただいても?」
「……アスト」
「アストさんですね。自分はブランです。偶々この村に立ち寄った旅の者なのですが、何があったのかお聞かせ願えないでしょうか?」
干ばつだけじゃこんな事にはならない筈だ。これは明らかに干ばつ以外の要因も絡んでいる。
本人に聞くのは酷かもしれないが、今は少しでも情報を集めるのが先決だ。
「……元々水量が少ない土地ではあったんだ。けど、突然完全に水が出なくなって、土地も急激に痩せていった。逃げようにも魔物が周りに囲うように立っていて逃げられなくて、魔法で何とかしていたんだけどこの村の魔法使いたちは少なくて……」
魔族だからと言ってどの種族も魔法が上手いわけではない。彼のように体術に特化した種もそもそも荒事には向かない種もある。
人間族にも亜人と呼ばれるエルフやドワーフなどの種族もあるし、獣人は特に数が多い。魔族もそれなりに種は多い。
彼の種族はヴィード族で魔法より近接戦闘に長けた者が多い狩猟民族だ。
「そう、ですか。お話しありがとうございます」
水脈を復活させるのは無理だ。この辺は乾燥しているし雨もあまり降らない。それに降っても地面が赤土の成分が多いから簡単に流れていってしまうだろう。
それに突然狙ったかのように水脈が途切れたことを考えるともう少し調査が必要だ。
「アストさん。自分はここがどうして突然そうなってしまったのか調査しようと思います。暫く滞在しても?」
「俺は構わないけど……」
「じゃあ決まりですね。よろしくお願いいたします」
なんかきな臭い。一体何があったのか……




