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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
第二部 1章 竜と人
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求婚1


 翌朝。

 森の小屋へ向かうと小屋の外にある花畑の中に、純白の少年が立っていた。

 少年の肩には小鳥がとまり、ちぃちぃとおしゃべりをしている。少年はとても穏やかな表情で、時にうなずいたり微笑んだりしている。

 けれど唐突に私の存在に気づいた小鳥が飛び立った。向かってくる小鳥に手を差し出すと、一度手の甲へとまり、それから肩へと飛び乗って頬にあたたかい身体を寄せた。

 少年は視線で小鳥を追いかけ、私にも小鳥に向けていたのと同じ穏やかな笑みを向けた。


「サラは偉いね。鳥や動物も花たちもよく世話されてて、とても喜んでるよ」


 元気よく、跳ねるように駆け寄ってくるソウジュの無垢な愛らしさに思わず笑みがこぼれる。もし本当に動物や花の言葉を翻訳してくれたのだとしたら、なおさら嬉しかった。


「ありがとう。でも、それは私の仕事だから」

「仕事? 役割ってこと?」


 子猫か子犬みたいにきょとんと首を傾げる姿もまたきゅんとするほどかわいらしいが、「花屋」や「仕事」という言葉ではこの子に説明が足りなかったらしい。


「そうね。私はここで花や香草や薬草なんかを育てて街のみんなに届ける役割をしているの」

「ふぅん……?」


 ソウジュは半分首をかしげたまま、考え込むように曖昧な返事をした。森の動物達に説明しても、同じような反応だろうと考えると、笑みがこぼれる。


「昨日の話だと、サラは花や薬草が増える手伝いをして、代わりに一部をもらっているんだよね?」

「そうね。そして私の育てた花を、他の人が育てた果実やパンと交換してもらったりお金をもらったりするの」

「全部を一人でできないから、それぞれ自分の役割を果たして、助け合っているってこと?」

「そう。それが人の生活というものよ」


 返事をしながら、飲み込みの速さに感心してしまう。


「……うん、なんとなく理解できたと思う」


 数秒、目をつぶって考え込んでいたソウジュが、にこりと笑みを浮かべる。


「またひとつ勉強になったよ。ありがとう、サラ」


 ソウジュの笑みは昨日と同じく無邪気そのものだが、昨日よりもずっと顔色がいい。


「どういたしまして。ずいぶん元気になったみたいでよかったわ。靴はこんなものでよかったのかしら?」

「うん、ありがとう」


 持ってきた編み上げブーツを手渡すと、ソウジュは再度満面の笑みを広げて礼を言った。

 花畑から出て手近な木の下に座り込んだソウジュは小さな素足についた土を払う。慣れない様子で四苦八苦しながら靴に足を入れる様子は幼児のようで、思わず頬を緩めて見守った。


「……傷は、もう大丈夫なの?」


 人間ならあの傷が歩き回れるほど回復するには数カ月かかりそうなものだが、わずか一晩でこれほど自由に歩き回れるとは、改めてその治癒力には驚かされた。竜の血や皮膚や爪などが万病に効く特効薬や不老不死の妙薬の材料になるというのも、これが所以かと納得がいくというものだった。


「ん、とりあえず塞がったよ。こうして人の姿になる余裕もあるし。普通に歩きまわるくらいなら支障ない」


 確かにソウジュはきちんとした人の姿だった。

 よくよく見れば耳は少し尖っていて目に爬虫類の面影はあるが、おおむね華奢な人の子供の姿で、街中にいればただの子供にしか見えないだろう。


「まだ皮膚が再生しただけで、傷自体がちゃんと治ったわけじゃないから、元の姿には戻れないし、飛ぶためにはもう少し休まないといけないけどね。こうして人の姿になっていれば目立たなくていい」


 やはりどう見てもブカブカだと思うけれど、ご機嫌よくとんとんとつま先や踵で地面を蹴ってみたりして履き心地を確かめるソウジュは新しい靴を下ろした子供みたいだ。


「行くあてはあるの?」

「ううん。適当に森の中に身を隠しておくつもり」

「……急いでここを離れたほうがいいわ。騎士団――武器をもった人がたくさん、この森にあなたを探しに来ているって聞いたから」

「武器を持った人がたくさん――あぁ、あの竜の絵が描いてある服を着た人たちのことだね」


 顎に手を滑らせて記憶を辿ったソウジュは思い当たる節があったような割に緊迫感がない。


「さすがに今は厄介だし、すぐに発つよ」


 にぱっと無邪気に笑ったソウジュはローブの中をごそごそと探り、何かを差し出した。


「サラ、これはお礼。受け取って」


 手の中に押し付けられるように渡されたのは、昨日私が渡した小瓶だ。

 ただ、中には葡萄酒のような赤黒い液体が入っている。


「これは……何……?」


 自分の手の中にあるそれが何かとても不穏なものに思えて、凝視することしかできなかった。


(ボク)の血。それを飲むと竜になれるんだ」


 にっこりと無邪気な笑みを浮かべるソウジュの表情とは裏腹に、小瓶がずしりと重くなったように感じた。


 しかし、ソウジュはさらに衝撃的な言葉を継ぐ。


「ねぇ、サラ。竜になって一緒に行こうよ。君を連れて帰って僕の妻に迎える」


 吸い込まれそうな青い空を思わせる目が、矢のようにまっすぐに私を見つめていた。



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