決断2
「サラ、忘れているようだからもう一度言う」
優しく悟すような声音に誘われるように顔を上げる。
隣に座っていたはずのシオンはいつの間にか私の目の前に膝をついて、私の手を両手で包み込んでまっすぐに見つめていた。
「私は神とそして誰より君に誓う。どんなに時が経っても、どんなに姿が変わったとしても、変わらずに君を愛する。老いも病気も、どんな不遇でも、私の思いを変えることはできない。それを証明してみせる。死が私たちを引き裂くまで、ずっと君の傍にいる」
琥珀色の優しい瞳が熱を帯びて、見つめられると蜂蜜のようにとろりと溶けてしまいそうな気がした。
温かい手のひらに包まれ、冷え冷えとしていた指先に血が通い始める。不安に締め付けられるようでぎこちない鼓動を刻んでいた心臓も、とくとくとくとくと――小鳥のようにせわしなくはあるけれど――なめらかに波打つ。胸元にある指輪の存在を感じ、そこからじんわりと暖かさが染みいって、自然と表情も綻んだ。
手を伸ばすと腕を広げて受け止めてくれた彼の胸に額を押しつけるようにして甘える。
「「だから、私の家族として、共に生きてほしい」」
同じ言葉を、まるで魔法の呪文みたいに一緒に唱える。
一瞬だけ見つめあい、それから、一緒に笑いあった。
それはおよそ1年前、たかが一市民を正妻に迎えるという前代未聞の誓いを立てたプロポーズの言葉。首からネックレスのように下げているユリの紋章が刻まれた指輪はその時のもの。鎖骨よりやや下にあるその指輪の存在を感じながら、心から寄り添う。
「……あなたが傍にいてくれたら、私はそれだけで幸せ」
小さな声で呟くと、あたたかい手が頬に触れた。誘われるままに顔を上げると、とろけそうなほど熱い視線に捕まる。
「あと3日でようやく君と一緒に暮らせる。ずっとそばにいられる」
言葉とともに彼の手は頬から耳に滑る。
「あなたが一言命令すれば、そんなに待つ必要なんかなかったのに」
苦笑しつつも彼の手に、自分の手を重ねる。
「そんなことをして、なんの意味がある」
渋面を作る彼に、笑みがこぼれる。
今まで王にとって国民は、領主にとって領民は、畑の作物や家畜と大して変わらなかった。ただ傍に置きたいというのであれば、一言命令すれば逆らえない。結婚する必要すらない。
――だけど君は、花や愛玩動物ではない。私も君も、同じ人間だろう?
――私は君と対等でありたい。
そんな言葉をかけ続け、皆に人として生きる権利をくれた。
おかげで全国民に太陽に等しい畏敬を注がれ、3日後の結婚式の盛大さといえば、王族のそれに並ぶ勢いという胃が痛むおまけがつき、まったくとんでもない人の妻になることを承諾してしまったものだと、ほのかな悔恨が芽生えるほどなのだから。
「冗談よ」
「君の冗談は大抵笑えない」
彼は苦笑いで私の髪を梳きながら背中に流し、そのまま頭を後ろから支え――そっと唇を重ねた。愛してる、とキスの合間に吐息のように囁かれ、溶かされた思考で切れ切れに思う。
彼に愛されることは誇らしくも恐ろしくもあるけれど、彼のためならどんなことでも頑張ろう、と。
――そう、だから、頑張ろう。
彼に余計な心配をさせることはない。
余計な負担をかけることはない。
ただ明日、あの竜に靴を届けるだけ。
それだけであの子はきっと怒りも憎しみも納めて、神々の世界に帰る。
それだけで、シオンや、シオンと暮らしていくためのこの街を、この街に暮らすみんなを、守ることができるのだから。




