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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
第二部 1章 竜と人
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迷い2


 

 本来なら、領主であるヒース様の耳に入れるべきことだった。

 騎士団まで動いているなら、なおさら。

 あの子を隠していればシオンに迷惑をかけるかもしれない。


(……けれど、シオンは、ヒース様は……ソウジュをどうするかしら?)


 立場上は報告する義務があるはず。だが、情が深い人たちだ。

 ヒース様はこの街のために不要ならば私情は脇に置くことができる人だから、どんなにソウジュを哀れんだとしても必要に応じて報告したり引き渡すだろう。

 でもシオンは良くも悪くもそれができない人だ。親子喧嘩の種を蒔くのも億劫だが、領主の息子が手配中の竜を秘匿したとなれば、私が一人で抱え込む以上の大事になってしまう。


(シオンのことを一番に考えるなら、あの竜が騎士団に見つかるまで街を出ないか、あるいはヒース様に直接報告するか――……)


 そう考えた途端、怯えていたソウジュの姿が脳裏をよぎった。

 約束だよと無邪気に笑った顔も。

 寂しさを押し殺して待ってると笑った顔も――。



 だから思わず胸を押さえ、口を噤んでいた。



 ……それに。

 約束を破ったら、あの子はどうするだろう。

 落胆するか、失望するか……それとも、怒り狂うだろうか?

 もしそんな折りにあの子の親が迎えにきたら………?



 帰途、ずっと逡巡して答えが出ないままに重い足取りで歩いてきたのも遅くなった要因のひとつだったのに、この期に及んでまだ決意できずにいた。




 言葉に詰まっていると、居心地の悪そうな門兵がついにこほんと咳払いして、往来でいつまでも人目を(はばか)らず抱き合うのはいかがなものですかと、ささやかに忠告した。


「あぁ、ごめん。待ってくれてありがとう」


 あまり気にするわけでもなく笑って礼を言ったシオンは、ようやく私を手離した。彼の笑顔に毒気を抜かれてしまった門兵は、苦笑を零しながら仕事へ戻っていった。

 シオンはわがままを言っても不思議と聞いてしまいたくなる、ある種の才能があると思う。私も今まで何度あの笑顔にほだされてしまったか、その数は知れない。


「坊ちゃん、デートなら邪魔にならないとこに行ってくださいねぇ」


 そんなことを考えていると今度は街中から冷やかす声が飛んできて、思わず頬を染めた。


 街門から入るとすぐの路上は朝夕、市場になる。

 2年前から病気の父に代わって朝市に店を出しているが、ひとりで花屋を切り盛りする私を陰に日向にと見守り、支えてくれた人達。今はみんな夕市の片づけに忙しいはずなのに、その手を止めて笑みを向ける。


 私の頬は火がつきそうなくらい火照っているのに、シオンはそれを涼やかに笑って受け流しているのが恨めしかった。

 人目を気にしないというか、注目を浴び馴れているというのか。一万人の大観衆の中ですら威風堂々と演説できる度胸が信じがたい。人の上に立つ者として教育を受けて育つとこうなるものなのかしらと少々恨めしく思い、同時に不安になる。

 彼の妻としてその隣にいることを望むなら、私もそれに慣れなければならない。

 シオンは少しずつ慣れればいいと言ってくれるけれど、現に3日後に迫った結婚式だけでもかなりの人前に立つ必要がある。


「そうそう、いちゃつくんなら目の毒ですからさっさと帰ってくださいよ」

「もう、みんないいかげんにして!」


 市場は私の抗議の声に更なる冷やかしとあたたかい笑い声がどっと溢れた。シオンまで一緒になって笑うから、頬を膨らませるくらいしかできなくなる。


 シオンは、とかく目立つのだ。

 庶民と同じ地味ないでたちに全く似合わない輝くような金色の髪の美丈夫だし、穏やかに笑顔は眩しくて太陽のようだ思う。

 その容姿に加えて、貴族なのに平民を正妻にすると宣言してプロポーズしたり、領主の補佐官なのに騎士競技会で優勝を果たしたり、その褒美に民の人権確保を法に謳わせたりと、前代未聞のエピソードを数々持っている。そのおかげで、いまや庶民の間では建国の英雄を越える絶大な支持を得ている。


「あははは、坊ちゃん。手を焼くからって返品しないでくださいよ!」

「それはないけど――」


 シオンは太陽のような笑みを、少しだけ翳らせた。

 私を家族のように育ててくれた街の人々はその夫となるシオンまで家族のような気持ちで、ついつい貴族と思わないような接し方をしてしまう癖がついているのも問題だし、本人がそれを楽しんでいるようだからなおさら拍車がかかっているのもヒース様が頭を悩ませているようだけれど。


「もう二十歳超えたし、もうじき家庭を持つんだから、そろそろ坊ちゃんはやめて欲しいなぁ……」


 さすがの英雄もばつが悪そうに抗議するものの、いかにもお坊ちゃんの風貌なので、みんなはやっぱりこれからも親しみをこめて坊ちゃんと呼び続けるのだろうと思うとほほえましかった。



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