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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
4章 新しい礎
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報奨2



「民は王侯貴族の所有物であるという悪法を廃し、民も貴族も王も、等しく人として生きる権利を、裁判において等しく公証し争う権利を――王侯貴族の暴虐を見張り、人民を守る法を制定することを求める!」


 王弟に向かって挑むように言い放つと、会場全体が地震でも起こったかのようにどよめいた。


「なっ――そんなことをすれば、身分を妬み貶めようとする輩が出てきて政治にならなくなるではないか!」


 殿下が喚くと、シオンは不敵な笑みを深くする。


「良心のある政治を敷く領主を貶める民はいないはずだが、貶められるような心当たりがおありですか?」


 うぐ、と言葉に詰まった王弟を冷笑でもう一瞥すると会場全体をゆっくりと見渡し、再び声を張った。


「――今からおよそ千年も昔。

 その頃、この大地にはまだ集落が点在していただけだった。村々では土を耕し羊を飼い慎ましく暮らしていたが、やがて山賊や盗賊……そういうならず者どもが現れ、人々を苦しめるようになる。

 奪われ、飢え、貧困に苦しむあまり、多くの人々がならず者に汲みして隣村を襲う。そんな負の連鎖が繰り返され、ならず者は増えていった。数を増やしたならず者はかしらを据え幹部を置き、徒党を組んだならず者どもは手身近な集落から次々に支配下に置いてそこに生きる人々を虐げて――それはまるでひとつの国の様相を呈していった。

 後に英雄と呼ばれる青年シグルドが妻とともに暮らしていたのもまた、犠牲になった村のひとつだった。

 焼かれ、踏みにじられていく家々と畑、そして人々を前に、シグルドは身重の妻を守るのが精一杯で――彼は、力を望んだ。

 家族を、村を、守りたいと。

 妻はひたすらに夫の無事を祈り続けた。

 彼らの祈りに応えるかのように――彼らの前にそれはそれは美しい、白い竜が舞い降りた。

 白き竜は神竜。慈愛深き神の使いの証。

 竜の助けを借りたシグルドはならず者どもを追い払い、村を救った。

 これがシグルドの英雄記の幕開けだった」


 シオンが歌うように滑らかに語るのは、この国の誰もが知る建国の英雄記。


「そんなこどもでもそらんじられる英雄記が、いったいなんだと――」

「そう、誰もが知っているはずだ。この国を興した英雄は生来の王ではなかったことを」


 シオンがしたり顔で相槌を打てば、そこかしこから息を呑む音が聞こえた気がした。


「法の歴史を紐解けば、建国の英雄がこの国に封建制度を敷いたのは、役割を分担するためだった。諸侯は民が安心して暮らすために政治を敷き、街や民を守る。民はその対価として税を納めるという。決して、人としての貴賤ではなかった! それを時代が移るにつれて歪められ、忘れられ――今や、貴族だけが優雅に暮らし、民は理不尽な要求にもすべて無言で耐えなければならなくなった」


 重厚な言葉に、会場は息をすることすら躊躇われるほどに静まり返っていた。


「民は常に義務を果たしてきた。ならば、それに見合う権利を与えなければ、いずれ民は国を離れ衰退すると、私は憂慮する。ゆえに、私はこの競技会優勝の褒美として、法の改正を求める!!」


 しん、と。

 静寂が流れた。


 ぴりりと張りつめた空気の中で、人々はそろそろと周りの様子を伺っている。


 誰もが、恐れていた。

 これに賛同したら、どんな罰が待っているかと。




 王弟がその空気に満足し、歪んだ笑みを浮かべた口を開こうとした時。




 ぱちん、と。

 賛同の意を込めて手を打った。


 ぱち、ぱち、ぱち。


 ざわざわと強風にさらされる水面のように揺らめく人々に聞こえるように、ゆっくり、はっきりとした拍手を送る。

 呆れと困惑と、殺しきれない笑みと、目尻には涙が浮かぶのを止められなくても。



 しばらく、私の拍手とざわめきだけが響いた。

 再度王弟が口を開こうとすると、ぱちんと別の拍手が重なった。


 見やれば貴賓席の末端から響いたふたつめの拍手を打ったのは、ヒース様だった。

 そして、それに続くように私の後ろに控えていたティナと、会場のあちこちからまばらに聞こえる拍手の主を見れば、見慣れたリュイナールの街の人々。

 それからエミリア様がゆるやかに立ち上がって優雅に拍手を送り、アイリがその後ろで泣きながら懸命に手を叩いていた。

 そこからはもはや雪崩のような圧倒的勢いで連鎖が広がった。

 いつのまにか、闘技場は拍手と歓声の渦に包まれていった。


 もちろん主立った拍手は民衆の席からで、一部の貴族はその拍手の渦に怯えた目をして殿下を見つめた。


「――……ほ……法の改定には、審議が必要だ」


 殿下は、呻くように告げた。

 王権すら揺るがしかねない法だ。そう簡単に審議が通るとは思えないが、シオンはほほえんだ。


「是非とも十分な審議を。しかしその審議に際しましては、今日この観衆の声を熟慮されることを切に願います」


 慇懃無礼な笑みを浮かべたシオンに、今度こそ迷うことのない拍手喝采が答えた。

 弾けるような笑みと涙が混じった歓声と拍手が地鳴りのように響き、かの王弟を慄かせた。




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