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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
4章 新しい礎
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準決勝戦1



 白い竜が模された王家の紋章の豪奢な旗が風を受けて威風堂々とたなびく闘技場コロッセウム。そこに収容されている観客はおよそ2割が貴族で残りは民衆という比率で、ゆうに一万を越えると思われた。

 闘技場の外にも入りきらない民衆が詰めかけ、その人たちを数えればどれほどの数になるのか見当もつかない。


 まるでお祭りのように赤、黄色、青――色とりどりの紙吹雪が舞う中で、道端では食べ物の屋台が溢れて、紙芝居屋が子供たちを相手に建国の英雄のおとぎ話を聞かせている。

 吟遊詩人は声高らかに、建国の英雄譚や、去年までの英雄たち、諸国の話などを詠い上げている。



 馬車を降りた私の目の前にそんな見たこともないような喧噪が溢れ、圧倒されて足が止まった。

 この場所だけでリュイナールの全人口の何倍がいるのだろうかと唖然としていると、ヒース様に肩を叩かれた。

 出場者の控え室の方に行かなければならないからとついさっき馬車を降りたばかりのシオンの姿は既に人波に紛れて見えなくなっている。ヒース様はシオンの代わりのつもりなのか私の手を引いて席が用意されている場所に向かって歩き出す。

 それは挙式で新婦を連れて教会に入場する父と娘のようにぎこちなくて、くすぐったいような気がした。


 歩いていると詩人の声に混じって誰が優勝するかを賭けている男たちの声が聞こえ、少しだけそちらに耳を澄ませる。

 最有力候補は当然のことながら騎士団長カラム・デジェルの名が連ねられ、次いでシオンの名が上がっていた。しかしその倍率オッズをきく限り、ふたりの実力にはかなりの差があるように思われた。

 去年の競技会から帰ってきた時のシオンの姿を思い出すと、ぞくぞくと背筋が冷える。

 シオンは自信満々で優勝すると宣言して行ったけれど、あれは私に心配させまいと配慮しただけなのではないかとすら思えた。




     * * *




「――古の大戦の時代、空から現れた聖なる竜の力を授かった英雄シグルドが大陸の覇王となって建国したこのグラド。その栄光ある騎士の名誉を懸け、騎士競技会の準決勝及び決勝をここに開催する!」


 主催者であるはずのゴーシュ王は、やはり不在だった。

 グラドの威信を懸けた国内最大の催し物であるこの騎士競技会の決勝ですら、昨年から姿を見せていないのだという。

 その代理で王の椅子に鎮座している王弟が立ち上がり、竜の旗の下に高らかに宣言すると、盛大な喝采と歓声が入り交じった。

 王弟が手を挙げると、それらが静まり返る。


「……予選を勝ち抜いた精鋭達の奮闘を祈る」


 深紅のマントを翻し、再度王座に深々と腰を下ろした王弟が、整然と並ぶ24名の騎士の中で一際目を引く金色の剣士を冷笑で見下ろしたように見えて、改めて背筋が冷えた。

 貴賓席は王座の両側にエミリア様など血縁の深い公家から並ぶ。イグナス家の当主と息子とその妻達の席は、そこからは遠く貴賓席の端のほうに設けられていた。

 その距離が、むしろ有り難いとさえ思う。

 一瞬、殿下の視線を感じてじわりと嫌なものが背中に張り付いたが、その距離のおかげでその程度で済んだのだ。

 エミリア様がひらひらと優雅に手を振っている傍らにはアイリが控えていて、私に向かって深々と頭を下げているのが見えた。

 はらはらと嫌な感触が剥がれ落ちていって、ようやくほほえむことができた私ははふたりに向けて少しだけ手を振り返した。



 開会式が終わり、大歓声に沸く中で準決勝の用意が整えられるのを見守るにつれ、ぞくぞくと寒気が肌を舐めるように広がっていく。

 シオンに限って剣の練習を見守ることができるようになったとはいえ、対人の、しかも真剣を使った試合というのは、想像しただけでも背筋が凍る。人が傷つけあうのを見たくないという思いは相変わらず強いけれど、シオンに熱心に説得されてついに折れた。

 シオンが私達を守るために剣を握るのなら、見守る義務があると思った。そしてもしシオンが怪我をしたら、せめてすぐに駆けつけて私にできる限りの手当をしたいとも。去年のように街で人伝ひとづてに聞き及んだり、なにもできずにいるよりは、どれほど怖くてもここにいて、見守ろうと腹を括ったつもりだった。

 それでも、それぞれ武装した騎士が武器を手にし、騎乗して並んでいくのを見ると、薄氷の上に立っているような気になる。


(シオン、どうか……無事で……)


 胸の前で両手を組み合わせ、神に祈りを捧げた。

 今は、ただ祈ることしかできないのだから。


 1年前のことを根に持っていた殿下が、たかが数ヶ月前に剣を向け、権威を失墜させたシオンを恨んでいないはずがない。

 いくらエミリア様の証言や手回しがあったにしても、あの人がその気になればシオンの罪を問うことだってできたはず。それなのにシオンの罪が問われないまま、今に至っているのがまた不気味だった。


「――……始まる」


 一心に祈っていた私は、ヒース様に告げられてはっと目を開けた。


 既に、開始の合図はあったらしい。

 会場は耳が破れそうな大歓声の渦に包まれ、等間隔の円形に並んでいた12人の騎士達が動き始めていた。



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