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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
3章 誓いの指輪
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露見


「シオン様はよそ見ばかり。今のお相手は私ですのよ」


 鈴を転がすようなかわいらしい声が拗ねたようにささやかな苦情を申し立て、サラの姿を探してさまよっていた視線を腕の中の少女へ戻した。


「失礼しました。けれど、彼女はこういう場所は初めてなのできっと心細いだろうと気になって。そろそろ戻ってやりたいのですが」

「では――あと、もう一曲だけ。本当に、次で最後にしますから」

「エミリア様、申し訳ありません」


 縁談を断った負い目から一曲だけあともう一曲だけと言われて長々と付き合ってしまったが、先ほどからサラの姿が見あたらない。焦燥から今度こそきっぱりと断ると、少女は目を潤ませて詰め寄った。


「なぜですの? なぜ平民を妻になんて! 私とのお話は断っておいて――ッ」


 ダンスフロアの真っ直中で小柄な体を怒りに振るわせているエミリア様と非難されている私に、周囲の視線がちくちくと刺さる。

 あれは、内々の話だったはずだ。

 折り良く曲が終わり、優雅なお辞儀で溢れる。

 周りに合わせてお辞儀を交わしてからフロア抜けるよう手を引いてと誘うと、さすがに視線を気にしたエミリア様が渋々といったふうでついてきた。


「なぜですの? ヒース様まで、不肖の息子には栄光あるアグライア家より氏もないあの子のくらいがちょうどいいなんておっしゃって……!」


 ついてきたエミリアは、人の少ないテラスまで来るなり再度詰め寄った。

 サラと付き合うことを認めた日から、父は私に寄せられる縁談を断ってきた。聞くまでもないということなのだろうが、すべて私の耳に入れる前に、勝手に、片っ端から。よって断る口実は初耳で、思わず苦笑が漏れた。


(あの人も随分サラがお気に召していたらしい)


 アグライア家は尊き血――英雄シグルドの血をそう呼ぶ――を引く由緒正しい名家だ。

 自分でも偏屈の自覚はあるが、そのアグライア家と縁を結ぶまたとない機会までにべもなく蹴る父も相当の偏屈だと思う。


「父の言うとおりでしょう。私のような不束者では、あなたに釣り合いません」

「そんなの、ていよくあしらう口実にしか聞こえませんわ。貴族同士の縁談と民を本妻に据えるなんて前代未聞のことを比べて、民を選ぶなんて。シオン様はそれほど私がお気に召しませんの?」

「いえ……おそらくサラに会っていなければ、家柄を考慮しなかったとしても縁を結ぶことに躊躇はなかったと思います」


 それは嘘偽りのない本音だった。

 本当に、いつも息が詰まる社交会の数々の会場において、普通に会話のできる数少ない人物だと思ってきた。こういった場に一人で出席し始めた頃から世話を焼いてくれたり、問題を起こせば助け船を出してくれた恩もある。

 父は息子達の婚姻に際し、純粋な意思のみを尊重し、一切の政略的意味合いを無視してきた。結果、兄達は遠方に領地を持つ姫君を妻に迎え、現実的にリュイナールの統治は困難な状況にある。だから私が父の跡を継ぎあの街を治めるべきだという義務感が根付いている。王都に近い以外に取り柄のない小さな街だが、あの街も人も好きだったし、離れがたいという思いもあって、アグライア家との縁談はそういう意味でもこれ以上ない良縁だったはずだ。


「では私を娶り、あの子は妾にでも据えればよろしいでしょう?」


 エミリア様はつぶらな瞳に涙を溜めて、私を見上げた。

 慕っていただけることは身に余る光栄だし、無下に断ることに心が痛まないわけでもない。だが、その方法には不快感を覚え、彼女に対する友好の温度が零下にまで下がる。呼応して冷ややかな声が出た。


「あなたらしくないことだ。あなたは心の通わない婚姻を望むのですか? そんなことをしても、私の気持ちが揺らぐことは微塵もないのに」


 エミリア様は目をみはったかと思うと、次の瞬間には唇を噛んで俯いた。やはり勢いで口走っただけで、本心ではないのだろう。


「そんなことは空しいだけと思うからこそ、お断り申し上げているのです」


 できるだけ穏やかに諭そうと思うのだが、彼女は再び涙を浮かべた強い目で見上げ、声を荒げた。


「あなたは、あの子に騙されているんです!!」

「彼女は人を騙すような性根は持ち合わせていない。あなたもきちんと言葉を交わせばわかってくださると信じたからこそ、今日この場に連れてきたのです」

「でも……でも、あの子はきっと今頃――」


 言葉の途中で口元を覆い隠して続きを飲み込み、なにかうしろめたいものから目をそらそうとした彼女の態度に、ひやりと冷たいものが背中を伝った。


今頃(・・)……?」


 再度会場をぐるりと見渡すが、サラの姿はどこにもない。

 見失ってから、どのくらい経つのだろう。

 5分か、10分……?

 目の届く場所にいてくれと何度も念を押したのに、サラが理由もなく一言も告げずに自分から姿を消すとは思えない。


 寒気が、いいようのない焦燥へと変わっていく。


「今サラがどこにいるのかを……先刻からサラの姿がない理由を、ご存じなのですか?」


 エミリア様は尚も目を泳がせ、半歩身を引いた。


「わ、私は……詳しいことはなにも……。ただ、先日ヴィオール様がシオン様を救いたくないかと――」


(ヴィオール――あの男!!)


 目眩がした。

 1年前にリュイナールの城でサラに言い寄っていたあの光景が思い起こされ、震撼する。


「サラはどこにいる?」


 礼儀を取り繕う余裕はなかった。

 さっきからの彼女らしくない言動はあの男に吹き込まれたに違いないという確信しつつも、エミリア様の両肩を強く掴み、脅迫するような勢いで問うた。

 だが彼女は怯えた表情でうつむき、押し黙る。


「あなたはあんな男と共謀するような方ではないはずだ。そそのかされただけだろう? ならば、教えてください」


 幾分語気を落とし、諭すように再度問う。

 だが堅く口を引き結び押し黙ったままの少女に、じわじわと焦燥だけが募る。


 数秒がずいぶん長く感じる。

 永遠に思えるほど長い1分を待ったが答えがないことに耐えきれず、身を翻す。


「教えてくださらないのなら、あなたも共犯だ。サラの身になにかあったら、絶対に許さない!」


 冷ややかに言い捨ててサラを探しだそうとした私の腕に、涙を浮かべた少女が慌てて縋りついた。


「ごめんなさい! ごめんなさい、わ、私……私――」



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