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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
2章 かりそめの恋人
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ブーケに込める夢



 店番をしているサラの様子を覗いてみると、小振りの白薔薇の間にバランスよくカスミソウを混ぜながらドーム状にまとめあげ、濡らした綿で茎の切り口を包み込むところだった。


「それは結婚式のブーケ?」

「ええ、昔よく遊んでくれたおねえちゃんが明日結婚するんです」

「ふうん、サラは自分の結婚式のブーケは自分で作るつもり?」


 視線はブーケに集中したままで答えたサラの表情は、祝福の他にわずかな憧れが滲んでいる気がして、ついうっかり口が滑った。

 サラは花束をレースで包み込む手を止め、ずしりと急激に空気の重量が増し、失言を思い知らされる。彼女が結婚の話を避けているのは知っているのに。


「……小さい頃は、ブーケも会場を飾る花も全部自分で育てたものを使うんだって息巻いていたこともありましたね」


 次の瞬間には重くなった空気を和ませようと笑みを向けてくれたが、それは一目で作り笑いだとわかる程度のものだった。


「今は?」


 すぐには返事はなかった。

 再びブーケに視線を落とし、ゆるゆると水色のリボンを手に取る。持ち手部分にくるくると巻いていく手際に、いつもの鮮やかさはない。


「……あなたが、それを聞くんですか?」


 かすかな笑いを帯びた皮肉が辛辣で、一瞬息が詰まった。

 無論、彼女の将来に関する選択肢を私が奪ったことを忘れたわけではない。でも痛々しいほどに青ざめた笑みのせいでその皮肉が本心だとは思えなくて、なおさら言葉を探さなければならない。


 一時期は状況に応じて使い分けるだけでもっと砕けた調子で話してくれていたのに、最近は意識して元の改まった話し方にしようとしている節がある。

 寄り添って眠ったのは誕生日の夜だけだったにしろ、本を読むにも散歩するにしろ手の届く距離にいてくれるし、サラのほうから手をのばして手を繋いでくれることもあったのに。最近は必ず一歩分以上の距離を取っている。

 あの時の、手の届く距離にいるという言葉を否定するかのように。


「聞くとも。私が君を娶る。式だってちゃんと挙げ――」

「ごめんなさい、冗談が過ぎたみたいですね」


 焦りから熱弁しようとしたのを、サラは強引に遮った。


「あなたのせいではないの。一日を生きるだけで精一杯で、将来を考える余裕なんかなかっただけだから」

「じゃあ今なにを望むか考えればいい」


 リボンを結び終わったサラは、ブーケを膝の上に置くときつく目を閉じてただ首を振った。


「あなたは私の一生なんて気にしなくていいんです、今さら」

「君は勘違いしてないか? 私は責任感や罪悪感だけで君を娶ると言ってるわけではない。私には君が必要だから、君を――」


 どれだけ言葉を尽くそうとしてもサラは俯いたまま聞こうとはしなかった。言葉を重ねれば重ねた分だけ、距離を詰めようと一歩踏み出せば踏み出した分だけ、彼女は遠のいていくだけに思えて、尻すぼみになって言葉は宙に消える。


 結局その日は一日、まともに口をきいてはくれなかった。




 サラはこのところいつもこの調子だ。

 貝のように口も心も堅く閉ざして、時に嫌ってくれと言わんばかりの辛辣な言葉を投げる。所詮はママゴト遊びのようなもの――もしくは交際しているていを繕っているだけ、という姿勢を崩すことを拒む。

 でも、素気ない態度を取るときの表情から嫌われたわけではない、と、思うのは独り善がりなのだろうか。

 不安定で、心許なくて、無理をしていると思う。

 ……信じ、頼ってくれたらいいのにと、思う。

 一時は寄り添ってくれたことを思うとなおいっそうのこと、それが歯痒かった。




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