剣を振るう意義
「うーん……今日は畑仕事の手伝いする約束だから森まで出かけるしなぁ」
街の人々に合わせた簡素なシャツとズボンという服装に身を包み、膝に乗せた愛剣の重みを確かめるように柄に手をかけたまま、唸る。
これまでは禁じられていない限り帯剣しているのが常だったのだが、このところ街へ降りる時に持って行くべきかどうか毎日のように悩んでいる。
剣は護身のため、治安維持のために、必要なものだと思う。
しかしこの服装に剣が似合っていないし――それに、サラが剣を嫌っている。
彼女は剣を外してほしいとは言わない。決して言わない。だが、その視線に滲む嫌悪と怯えは確かなものだった。
武芸は自分の守りたいものくらい自分の手で守れるようになれという父の教育方針の下で物心ついた頃から嗜んできた。だから私は長らくこれを人を守るための道具だと当たり前のように考えてきた。
けれど彼女は人を斬る道具だと言った。弓や斧は元来狩猟や薪割りの道具だけれど、槍や剣は人を傷つけるものだと。
「………はぁ……」
リュイナールのほかの街では貴族の圧制に苦しんだ挙げ句に抵抗すれば首を刎ねられただとか、機嫌を損ねて斬り伏せられただとか――命辛々逃げてきた人々の血腥い話の数々が脳裏に閃いて、目を覆う。
これも私の認識が甘かった現実のひとつ、社交会では知ることのできない人々の現状だ。リュイナールではそんなことはありえないが、他の街の人々は貴族の横暴にただひたすらに耐えている。
王弟があの調子なのだから推して知るべきだったと思うと嘆息も出る。
かつての英雄が弱者を守ろうとして建国したこの国はいまや、世間知らずの坊ちゃんが身分を捨てて生きていけるほど平和ではない。
どこの国の歴史にも必ず衰退の時が訪れる。
心正しい英雄の国もまた例外なく。
千年の時は英雄の血筋をも腐敗させてしまった。王は病に伏せた一人息子にかかりきりで政治を顧みず、王弟も貴族も権力に溺れ、騎士は慢心に鍛錬を怠っている。
これではならず者どもに支配されていた時代と大差ない。
――私達はこの街に暮らすことができて本当に幸せです。
――坊ちゃん、よろしくお願いします。
誰から幾度聞いたかもうわからないほどかけられた言葉に込められた期待。
既に齢60に近い父が身罷った時に、跡を継いでこの街と街の人々を守る人材を欠くことがこの街の人々にとってどれほどの損失であるかと、期待を裏切ってはならないと、痛いほどに思い知らされる。
――私は両親を見捨ててこの街を出ることはできないのです。
剣の柄を強く握りしめ、力がほしいと願う。
サラも、サラの家族も、街の人々も、すべてを守るための力が。
剣の重みを確認し、それを自分の手足のように振るっている鍛錬を思い描くが――虚しさが、ひたひたと胸を満たした。
「……でも今は、君を守る力はこれだけしかないから」
重い溜息をつきながら言い訳のようにぼやいて、結局剣を腰に下げる。
サラがそっと剣から目を背けることにはもうしばらく目を瞑っておかなければならない。だが、片時もそれを忘れてはいけないと心に刻み込んで。




