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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
2章 かりそめの恋人
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一歩


 朝市に行くようになって、まずは早起きをする癖がついた。

 店番中のサラの背中ばかり見ていても仕方ないので他の店や街の様子を見て回るのも人々と話をするのも楽しくて、父に命じられた書類整理の仕事や剣の鍛錬のために城に戻るのは昼前になる。けれど、暇を持て余していた頃と比べれば一日中なにをしていても張り合いがあって効率もあがった。

 例えばこれまで雑用と侮って適当にこなしてきた書類整理という仕事は、実は奥が深い重要な仕事だと気付いた。内容をきちんと把握した上で、体系立てて分類仕分けししかるべき引き出しに片づけなければ、探すときに苦労するものだと。

 任される前からあったものと、これまで適当にやってきたものをすべて読み直して整理し、ついでに引き出しごとに入れてある書類の目録や索引簿を作成するのに一月ほど要した。

 自己満足に浸りながら作成した一覧を眺めていて、ふと、気付く。

 領主の仕事の全容や外交関係や、崖崩れや水害が起きやすい場所だとか、不作の年や豊作で作物が値崩れした時の対処だとか様々なことがが一通り頭に入っているのだ。問題が起きた時の対処の記録や会議録といったものは、家庭教師に教えられた法学や統制学や地理学といった座学だけでは足りない含蓄を得られるものだと。


(父上は……最初から、これが目的で命じたのだろうか……?)


 おそらくソラナさんや街の人々に聞かされた数々の逸話がなければ、そんなことは考えられなかっただろう。

 でも、今は。

 あの人は私がそれに気付くのを待っていたのだろうかと思えてならなかった。






「ふむ。これだけ整理がつけば当面暇になるだろう」


 探すよう言われた記録を即座に捜し当てて手渡すと、父は書類に視線を落としたまま静かに言った。


「明日からもうひとつおまえに任務を与えよう」

「任務?」


 明らかな褒め言葉ではなかったが、それでも父が及第点をくれたのははじめてだ。思わず声が弾むと、それを窘めるように強い眼光に睨まれて慌てて居住まいを正した。


「市中視察を。街に降り、領民の声を聞き、街の状態、要望を知り、私に報告するように」

「……父上、それは……」


 意図をはかりかね、なんと問うていいのか迷った。

 既にこの一月ほど、街に降りて聞いた要望や、対処が必要と感じたことがあれば報告してきている。

 父は再び書類に目を落とし、不機嫌そうに淡々と続ける。


「特定の場所に入り浸るな。常に平等であることを念頭に置け。おまえが毎日遊び歩いてばかりでは外聞が悪い」

「はい!」


 褒美というわけではないだろうと思ってはいたが、やはり釘を刺された。

 父のことだからなにか意図するところがあるのだろう。その意図するところはわからないが――でも、とにかく心が弾んだ。

 居住まいを正し、きちんと応じたつもりだったが、声は自然と喜びにあふれていた。その弾むような返事を聞いた父は、やはり不機嫌そうに嘆息を落としていたが。



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