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銀のユリに誓う  作者: 葵生りん
2章 かりそめの恋人
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社交会の噂話



 いつもながら絢爛豪華な社交会だが、いつも以上に気乗りしない。ちびちびとワイングラスに口をつけながら、できるだけ壁と同化するに努めていた。

 会場を飾るシャンデリアや豪華な食事、貴婦人達の宝飾でなどで煌めくホール。

 それを彩る華やかで賑々しい音楽。


 それらに実に不似合いな、陰湿な視線。

 口元を歪めてひそひそと囁く声。


 表面上合わせるのは既に慣れたが、自主的にそれに参加して馴れ合う気にはどうしてもなれない。合わせているだけのつもりで、またじわじわと感覚が狂っていくのが怖い。

 それに多分、あれらの噂は――


「やぁシオン、最近とても美しい花を手に入れたそうじゃないか」

「……花」


 唐突にやたらと親しげに話しかけてきた男の素性を思い出すのと同時進行で言葉の意味を探っていたので、返答が一拍遅れた。


「殿下が目に留めるほどの美しい花だとか。私も是非とも一度拝見してみたいものだ。一度、ここへ招待してはいかがだろうか?」

「ああ」


 両方の答えが同時に出た。

 といっても、彼の名前はまだ出てこない。へらへらした締まらない表情の男は王弟殿下の腰巾着だったはずだが、いかんせん殿下の取り巻きは数が多すぎる上に、話す気になれない輩ばかりだ。


「野の花ではこのような華やかな場には似つかわしくないでしょうから」


 苦笑いにしかならない作り笑いをなんとか絞り出す。

 一気に胸が悪くなるのは飲みすぎたせいではないだろう。


「そうかな。一度見たけど、あれはきっと着飾ればかなり見栄えすると思うな」


 親しげに肩を組んで会話に参入してきたのは、南隣に領土を持つハーネット家のローレンだ。辟易しているのを表情に出さずに済んでいるといいが、自信はまったくない。


「へぇ、それは是非一度拝見してみたい。眺めるだけで充分美しい花という噂ですしね」


 品のない表情と下世話な詮索に吐き気がする。

 ローレンは肩から手を離すと、得意げに顎をしゃくって宙を見る。


「確かに顔はいいが、しかし少し痩せすぎだな。触った感じ、胸が小さくて楽しめるのかと心配になったけれども、どうなのかな?」

「……触った感じ?」


 思わず頬がひきつったのは隠し通せなかったらしく、陰湿な笑みがシオンに向けられる。


「あぁ、君には悪いことをしたようだね。ほんのいたずら心で後ろから抱きしめたら驚かせてしまったみたいで悲鳴を上げられてね。すぐにヒース殿に見咎められてしまったよ」


 帯剣していたら、おそらく抜いていただろう。

 衝動的に斬りつけるほどではないにしろ、彼女の味わった恐怖に一矢なりとも報いるにはこの場で怯えた顔を晒すくらいしなければ溜飲が下がらない、と。

 けれど手は宙を掻き、ここが帯剣を許されていない社交の場だと――そして父が交通の要所として築いたリュイナールに領土が隣接しているハーネット家と反目してはいけないことを――知らしめた。


「……それはずいぶん、飲んでおられたのでしょう」


 拳を握って苛立ちを堪え、なんとか不格好な愛想笑いを押し出す。


「羨ましい限りだよ。うちにもあのくらい見目のいい侍女メイドがいたら、色々と世話してもらうんだが」


 意味深な含み笑いに、堪えている苛立ちが積もっていく。


「あの清楚で可憐な風情の花はしとねではどんな――」


――だんっ!!


 壁を叩く音の激しさに男達が息をのんだ。

 目の前の男に拳を向けないだけで精一杯だった。代わりに苛立ちを向けられてしまった白亜の壁が、わずかに歪んでいた。


「………失礼。少し、飲み過ぎてふらついただけです」


 歪む表情を隠すために顔を覆い、怒りに震えそうな声を押し殺す。




「あらまぁ、シオン様お加減でも?」


 騒ぎを聞きつけて寄ってくる小柄な人影に、ローレンともうひとりの男がさっと身を引いた。


「エミリア様……いえ、少し飲み過ぎて足下がふらついただけですから、お気になさらず」


 今は亡き王妃の姪にあたるアグライア公爵家のご令嬢が心配そうに顔色を伺ってくるので、いくらかの安堵が滲んだ。

 おっとりとしているが権を笠に着ることがなくていくらか話しやすいご令嬢だ。


「あら、大変。お休みになるのであれば部屋を用意させますけれど……今日はもうお戻りになります?」

「申し訳ない。お言葉に甘えて下がらせていただきます」


 渡りに船だとばかりにさっさと挨拶を済ませて背を向ける。



 背を向けた途端、数人の貴公子達がローレン達に駆け寄って肩を叩いて笑い合うのが聞こえた。



 その笑い声を意識の外に押し出すように、サラの姿を脳裏に思い描いた。


――この拳を、どこに降りおろせばいい?


 そう聞いたらきっと、無言で笑みを浮かべ、あの細い手で拳を包み込んでくれる。

 岩のように冷たく固まったこの拳を、どこにも振り下ろすことなく、ゆっくりとあたためて解いてくれる。



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