プロローグ1
ふ、と。
住み慣れた居城の廊下で見慣れない金色の光が瞬くのが見えて、足を止めた。
見ればそれは花瓶に花を飾っている少女の髪が窓から差し込む日差しを受けた光だった。
少女は我が家の家紋が刺繍されたエプロンドレスを身に着けているが、その顔に見覚えがない。新しく雇い入れたのなら城主の息子に紹介しないわけがないのだが。
それに使用人ならば髪を結っているはずなのだが、彼女は煌めく蜂蜜色の髪を背中に流している。
不思議に思ってしばし眺めるが、彼女は花を生けることに集中しているのか、気づかないようだ。
煌めく髪をふわりと揺らしながら一本ずつ丁寧に花を挿して、最後に全体を見回してその出来栄えに満足げに新緑色の瞳を細めた―――その笑顔は、見惚れるほどに美しかった。
「シオン様。そんなところでぼんやり立っていらっしゃると、掃除の邪魔です」
「う、わっ」
言葉もなく見惚れていたら突然、箒が視界を遮った。
咄嗟に仰け反ると、箒の代わりに小柄な少女が仁王立ちで立ち塞がった。
「なんだ、ティナか」
「ええ、ええ。もうすぐお客様がお見えになるので大変忙しいメイドの一人のティナですとも。シオン様も早くお客様をお迎えする用意をしておかないと、ヒース様に叱られますからね!」
せめて一言声をかけたいのに、乳兄弟として育ったが故に私に対して限りなく遠慮がないティナはぐいぐいと背中を押しやった。
「わかった」
せめて彼女の名前くらいと思ったが、すっかり忘れていた客人の来訪予定を思い出せば踏みとどまるわけにはいかなかった。後ろ髪を引かれつつも、新しく雇い入れたのならまた会う機会もあるだろうと自分に言い聞かせておとなしく踵を返すことにした。
けれど、その後も新規雇用が知らされることはなく、父や侍女長にそれとなく聞いてみても新しい使用人は雇っていないと言うばかりだった。
そしてそれから一週間後、ようやく厨房で――残念なことに記憶が曖昧なのだが――彼女と言葉を交わす幸運に恵まれた。