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泡立白―記憶の風―



 駆けだした。

 まだ間に合う。

 階段を三段飛ばしで飛び降りるように疾走し、踊り場は、手すりを掴んで遠心力で高速ターン。もし誰かがしたから上がってきていたら、ぶつかって大けがをするほどのスピードで階段を駆け下りる。一歩着くたびに、コンクリートが足の裏を激しく叩いた。体重で足首が外れそうなほどの勢いで、一気に下まで降りた。

「まだいる!」

 エンジンをかけて、今にも発進しそうだが。あと、三十メートル。何秒もかかる距離じゃない。いける。

 が、建物の屋根から外の出た瞬間。

 グサァ。

 脚が地面に突き刺さった。

 例の白い何かが、もうすねの真ん中あたりまで積もっている。

 脚を引き上げる。意外とそれは重みがあって、走ろうとしても、すぐに脚をあげることができなかった。

 そんな僕をあざ笑うかのように、四輪駆動のSUVは、軽々と白い道を走り去っていった。







 メールが届いた。

 一瞬矛炒ちゃんからかと期待したが、よく考えれば、彼女のスマホは部屋に置きっぱなしにされていたのだ。そんなことも忘れて、フォルダを開いてみれば、差出人は未登録のメールだった。ドメインが"@gmail.com"になっているので、グーグルが提供するフリーメールから送信されているとわかった。そこから送信者を推測する事は難しい。

 だが、本文を読んではっとした。




 ――本文――


 こんにちは少年。

 惜しかったね。残念ながら、久矛炒は預かったよ。

 もし返して欲しければ、この町で一番高い場所に、おやつの時間までに一人でおいで。


 ああっと、一応言って置くけれど、警察に通報したり、誰かにちくったりしたらダメだからね。


 それじゃあ、健闘を。



 by誘拐犯


 ――END――




「……っ」

 まさに、いましがた見失った誘拐犯の手がかりが自分宛のメールで送られて来たのだ。

 なぜ、僕のアドレスを?

 いや、その前に……。

「このメール、馬鹿にしてんの? めっちゃフレンドリーなんだけれど」

 今時の誘拐犯は型にはまらないのだろうか。金銭目当てというわけでもなさそうだし、僕に何かあるのだろうか。

 心当たりがない。

 まあ、誘拐犯に心当たりがあるのもおかしいとは思うが。僕に用があるなら、なぜ彼は直接僕のところに来ないで、矛炒ちゃんをさらったんだ。何か、そうしなければならない理由があったということか。

 それは何だ。

 行動の理由が見えてくれば、犯人像が見えてくる可能性はある。なにせ、相手は僕のメールアドレスまで知っている。それなりに面識がある、もしくは知り合いの知り合いくらいの相手が犯人の可能性は高いはずだ。

「だけど、まずは時間と場所が」

 おやつの時間……とは、やはり三時だろうか。今が午後二時二分。もう一時間切っている。だとすれば、場所もそう遠くはないはずだ。

 しかし、この町で一番高いところ……そんなものどうやって見分ければいい? この町には、高層ビルも、シンボルタワーもありはしないんだ。それなりに高いマンションはある。でも町の中のすべてのマンションを同時に見比べる事なんてできないし……。

 どうすればいいんだ。

 スマホの画面を見つめたまま、顎から滴った汗が、道路に積もった白い何かに、ぽつりと穴を空けた。白い何かは、いつまでも青い空から降り続いていた。

 風が団地の敷地に茂る緑の木を揺らす。

 遠くの方から、ザワザワ……という音が、少しずつ早く。ザザ。ザザザッ。と近づいて。

 ――――!

 強い風が一気に吹き付けた。

 体がぐらっと揺れ、バランスを取ろうとしたが、脚が埋まっていてうまくバランスがとれず後ろに倒れ込んだ。

「風……」

 どこかで、こんな強い風を、前にも体験した気がする。どうしてそんなことを思い出すのか。

 降り積もる白い何かが、一粒唇の上に落ちた。

 子どもの頃は、平気で雪を食べていたなぁ。

 僕は、得体の知れないそれをぺろりと舐めてみた。



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