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「俺はチョー切ない片想い中なんだからな」


 次いだ言葉に対して、そうなんだと簡単に言えるはずもなく、言葉を失ってヒュッと空気が喉を通り抜ける。

 自然と足は遅くなり、相手も同じように歩調を合わせる。その思いやりが今は痛い。隣で中畑が気合を入れるかのように、スゥっと息を吸った。


「その片想いの相手ってのが変わった奴でさ。助けはいらないって感じで孤立してるわけ。前から凛としててイイなーとか思ってたんだ」 


 横目に彼の表情を盗み見ると、赤味のさしている上気した頬で幸せそうに語っていた。想いの全てを忘れないうちに話してしまいたいのか、徐々に早口になっていく中畑。充の足は、細い路地に入ったところで止まった。

 「気にはなってた。でも機会がなくて、なかなか話せなかった。でも、そいつの本性とか顔とか見てみるとさ、俺が求めてたものってこれかなーって思ったりもして。なにかと障害もあって、今日、学校に行かずに真剣に考えてみたけど、やっぱ気持ちは変わんなかった」


 中畑も半歩先で足を止めたが、その口は止まらず、充を肩越しに振り返って照れたように微笑(わら)った。視線が交わった瞬間に、ゆっくりと瞬きしながら目を伏せる。

 あまりにも自分に向けられない感情が哀しくて、中畑の言葉を止めなければと思った。

 息を吸い込み、無意識にするりと落ちた言葉は、



「好き」



 その二文字。言うはずのない気持ちが、相手の横顔を見ているうちに溢れてしまった。

 言った瞬間、自分でも理解しきれずに、充は目を見開いていく。全ての機能が停止し、カバンを握っていた手の力も抜けてしまった。

 音が聞こえず、瞬きも忘れ、顔から色も失う。

 充が放った短い言葉は、中畑の耳にもはっきり聞こえていたようで、ギクシャクとした動きで体ごと振り返った。信じられないものでも見たように、驚きを顔に張り付かせている。

 不思議な静寂が二人を包み、カバンの落ちる音だけが現実感をだしていた。

中畑が動いたとき、空から雨が降ってきて、ポツリと充の頬を掠めてアスファルトに染みを作る。ブレザーやズボンにも落ちて、濃い灰色の斑点が浮き上がった。

 大粒の冷たい雨が、いっせいに降り出してくる。中畑は薄暗くなった空を見上げ、額に掛かった前髪を後ろに撫で付けると、充の腕を掴んだ。


「そこで雨宿りしよう。どうせ通り雨だろ」


 中畑が親指でさした先には、今は営業していない(さび)れた駄菓子屋があった。腕を掴まれたまま充は体を屈め、黒くなったアスファルトに落ちたカバンを拾う。


「走って帰るから」


 俯きがちで、少し青ざめた顔で充が言ったとき、中畑の腕を掴む力が強くなった。眉根を寄せて目を細くした彼は、強引に充を軒下へと連れて行こうとする。その拍子に、またカバンを落としてしまった。


「まだ話は終わってない」


 険を含んだ語調は、充の抵抗する力を奪っていく。立ち直れなくなってしまうくらい辛辣(しんらつ)な言葉を浴びたほうが、いっそ清々するかもしれない。

 軒下に入ると急に体を引き寄せられ、あっと声をあげる前に、腰を捕らえられた。とっさに相手の二の腕を掴む。じっとりとして、雨に濡れた服が密着しあい、なんとも言いがたい不快感を呼ぶ。しかし、それ以上に顔が近すぎて、僅かな間、息をするのも忘れてしまった。

 これは何だろう。せめてもの慰めだろうか。

 そんな皮肉を考えていると、確かめるようにゆっくりと前髪を分けられ、充は眼鏡を外される。やがて、あらわになった瞳が、中畑の顔を映しこんだとき、グッと顎を掴まれ、唇に柔らかいものが触れた。

 触れ合わせているだけなのに、神経が灼けるように熱い。優しく重ねられたキスは数秒にも満たなかったが、体の温度を上昇させるには充分だった。前髪から(したた)る水が頬を冷やしていく。(ひさし)に落ちる激しい雨音が、やけに大きく聞こえた。

 充は驚きのあまり、目さえ閉じずに無表情のままでそれを受け入れてしまった。

 互いの鼻先が(こす)れあい、白い息が頬に当たる。前にも感じたことのあるような濃い空気が、二人の間にはあった。

 ただ瞬きを繰り返し、何も反応しない充にじれたのか、中畑は苦しそうに眉間に皺を寄せた。


「いい加減、気付けよ」


 切羽詰った声はどこか色めいて、ゾクリと神経を焦がす。



「俺も、好きだ」



 小さな囁きが熱い息と共に運ばれてくる。何か言わなければと充が口を薄く開いたとき、相手の唇に言葉を吸い取られた。

 まさか、こんな選択肢が自分に残されていたなんて。

 自惚れてしまってもいいのだろうか。

 躊躇(ためら)いながら充が両腕を中畑の背中に回すと、相手の肩が大きく揺れ、腰に添えられた腕に力がこもる。きしむほど強く抱きしめられ、本当に息が止まるかと思った。

 今だったら、止まってもいい。

 切ない想いに胸が締め付けられ、充はゆっくりと目を閉じた。








 おわり

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