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今日は中畑が休みで、クラスが静かだった。
長い時間、考えた末に学級日誌にそう書き込んで、すぐに消した。消しゴムのカスを机から払い落とし、充は頬杖をつく。指先でシャーペンを回して考えると、適当なことを書き込んで日誌を閉じた。
教室に差し込む緋色の西日が、壁に机や椅子の影を長く伸ばしている。まといつく空気は冷たいのに、日の当たっている左肩だけが妙にジリジリとして熱かった。
行き場のない中畑への想いは、どこに向かうのだろうか。そんなことを考えてしまい、よけい惨めになる。
思いを振り切るように立ち上がると、カバンと日誌を持って教室をあとにした。
職員室で日誌を渡した後、昇降口から外に出ると、太陽はすでに姿を消していた。残照だけが空を照らし、厚い雲が赤く染められている。木々の影がぼんやりと輪郭をなくし、闇に紛れる準備を始めていた。
冷たい風が吹く中、髪を撫でつけながら歩いていると、校門のそばに人影が見えた。両手をジーンズのポケットに入れて、暇そうに小石を蹴っていたのは中畑だ。寒そうに、縦縞のマフラーに顔半分埋めていた。私服を着ている彼は、灰色のカットソーの上から紫のベルベットジャケットを羽織っている。
「秋嶋、遅ぇよ」
充を見つけた瞬間、中畑は目を細めポケットから手を抜き、もたれていた石の柱から体を離した。その表情はどこかぎこちなく、いつもの彼とは違って見えたが、充はやや早足に近寄る。
どのくらい待っていたのか、中畑の顔は白く、指先は赤くかじんでいるようだ。
「お前んちに帰る方向でいいからさ、ちょっと歩きながら話そうぜ」
自分と話をするために待っていてくれたのかと思うと、温かい感情が流れ込んできた。
拒めない響きをもって見つめられると、充は頷くしかない。
どちらも口を開かずに、どれくらいたったのか。中畑の顔をときどき見ながら、公園の横を通りすぎた。歩調を充に合わせていて、二人は肩を並べて歩いている。妙な緊張感と身を切るような風に肌があわ立つ。昨日の体育で同じ場所を走っていたが、今日はそんな爽やかな雰囲気ではない。どちらかというと、喧嘩した後のような気まずさがあった。
重い沈黙に耐え切れず、先に言葉を発したのは充だ。
「中畑のタオルなんだけど、机の中に入れといたから」
昨日投げつけられたタオルをそのまま返すのはなぜだか気が引けて、洗濯までして持ってきてしまった。女々しい行為をしている自覚はあったが、返さないよりマシだと思う。
一瞬、何を言われているのか分からなかったのか、中畑はキョトンとした表情で充を見つめ、遅れて「あぁ」と数回頷いた。
充が先に話しかけたことがきっかけで、二人を取巻く空気が少しだけ緩んだように感じた。
「火曜の放課後のこと、黙っていてくれてサンキュ」
今度は充がキョトンとする番だった。しかし、思い当たるところがあって、足を止め相手の顔を凝視する。こぼれんばかりに見開いた目は、中畑の困ったような顔を映していた。
「やっぱ聞いてたか。そんなに驚くなよ。お前がうるさく走ってくの見たんだ」
中畑はバツが悪そうに頭を掻き、視線が定まらない。
「いくらねだられたからって、妹に好きだって言ってるなんてマジダセぇよな。でもまだ七歳だから言ってやらねぇとすぐに拗ねるんだ」
その口ぶりから、中畑は妹を可愛がっているのが分かったが、充はそれを冷静に理解することはできなかった。
「妹? 恋人じゃなくて?」
「恋人なんていねぇよ」
立ち止まったままで問い返すと、相手はぶっきらぼうに言い放って歩き始める。
急に心を縛っていたものがなくなり、気持ちが軽くなった。彼が誰か一人を想うなんてことに不満があったということだ。
早とちりをしていた自分の滑稽さを心中で笑う。それほど焦っていたのかもしれない。