捜査開始。
「ワタシたちと同じって、つまり……」
ワタシはゴクリと唾を飲み込んだ。
双子は隣でポカンと固まっている。
「ブレスレットのデータが、消えた……ってことか……?」
「確証は無い。あくまで可能性の一つだ」
パタンとナオがパソコンを閉じた。
確かに、これは一つの可能性に過ぎない。だけど、ナオの言うことは筋が通ってる。
いろんな情報がぐるぐると頭の中で回って、処理落ち寸前になったそのとき、
「すみませーん!」
「!?」
『う?』
「何だ……」
船の外から聞こえてきた男の人の声。
明らかにワタシたちを呼ぶその声を、ワタシは知っていた。
四人で船の縁から下をのぞくと、そこには予想通りの人物がいた。
「大井さん……」
「ああ、郁斗ちゃん」
良かった。と老刑事は柔和に笑った。
とりあえず船に上がってもらうことにした。暑い中立ち話もなんだしな。
どうやら彼はワタシを心配してここまできたらしい。
いや、最初は自宅を訪ねたらしいが不在で、近所の人や、商店街の人たちに尋ね歩きながらここまで来たとか。
「あの、この間はすみませんでした。急に飛び出したりして」
ワタシは大井さんにペコリと頭を下げた。
最近ゴタゴタしていて早くも忘れかけていたけど、あれはつい一週間前。
なんだか、もうずいぶん遠くの過去のことの様だった。
「いやいや、こちらこそ、なんだか無理矢理な感じになっちゃって。ゴメンね」
大井さんはそう言って苦笑した。
麦茶(最近淹れられるようになった)を差し出すと、ありがとう、と言って口を付ける。
そして、船をキョロキョロと見回した。
「ところで、どうして皆はこんなところにいるんだい? それもこんな時間に……」
その質問に、ワタシの肩がギクリと小さく跳ねた。
だってそうだろう。
いくら事情を分かってくれているとはいえ、まさか、ここに住んでいるなんて……。
――言えない……。
「こ、ここ。ワタシたちの秘密基地なんです。ここで過ごしてると、時間が経つの忘れちゃって……!」
背中に暑さのせいではない汗をかきながら何とか答えると、大井さんは納得してくれたようで、「僕も幼い頃は秘密基地を作って遊んだよ」と微笑んだ。
しかしすぐ真剣な顔になって、だけど、と付け足す。
「外で元気に遊ぶのは良いことだが、暗くならないうちに帰るんだよ」
「もちろんです!」
元気いっぱいのワタシの返事に満足したらしい彼は、うん、と一つ頷いて、また麦茶を飲んだ。
「……ねえ、刑事さん」
そのとき、大井さんが来てからまったく喋らなかったナオが口を開いた。
「何かな?」
「ここんところ、子供が五人も行方不明になって、捜索願いが出されてるじゃないですか。オレそれにちょっと興味あるんです。詳しく教えてくれませんか?」
「な、ナオ……!」
「別にいいだろ。そのうちマスコミだって嗅ぎ付ける。……んで、どうして子供たちは見つからないんでしょう? ブレスレットのGPS機能はどうなってるんですか?」
ズバズバと質問を重ねていくナオに再び冷や汗をかきながら、ワタシはそろそろと大井さんの方を見た。
「はははっ。ずいぶん頭が切れるね、君は」
「でしょ? で、どうなんです?」
なんだか嘘くさい笑顔を浮かべてナオが首を傾げると、大井さんは微笑んで首を横に振った。
「時事の出来事に興味を示すのは良いことだが、僕が教えられることは何もないよ」
「どうしてですか?」
「そういう決まりだからだ。まだ確定していないことが多すぎるしね。追々情報は公開されていくだろう」
「オレらくらいの歳ならではの発想とか閃きとかあるかもしれないじゃないですか」
「無いかもしれないだろう?」
「…………」
「厳しい言い方かもしれないが、世の中はギブアンドテイク。その両方の重さの釣り合いと正確さがものを言う」
大井さんの言葉に、ナオは顔をムスッとさせて黙った。
その様子に、大井さんはまた微笑んだ。
ピリリリリリリ……
「おや?」
突然、あたりに高い電子音が響く。これは、
「通話着信?」
「ああ、僕のものの様だ」
失礼。そう言って、大井さんは甲板から板を下って、船の外に出て行った。
「…………」
「ナオ?」
その後ろ姿をじっと見ていたナオは座っていた木箱から音を立てないようにゆっくりと降りて、船の縁に忍び足で近づいていく。
『ナオ?』
「しーっ」
双子が後ろをついて行きながら声をかけると、人差し指を立てて唇に当てた。
何故かワタシも息を潜めて縁に張り付く。
そっと外をうかがうと、大井さんは真剣な顔をしてなにやら話し込んでいるようだった。
「捜索願ーー女の子ーー川付近ーー」
波の音に混じって、途切れ途切れに会話が聞こえてくる。
――これって……!
はっと口元を押さえたとき、通話が終了したらしく、大井さんがこちらを振り向いた。
急いで、しかし音を立てないように、四人揃って元の位置に戻る。
しばらくすると戻ってきた彼は少し困ったように笑って、
「ごめんね。もう少しゆっくり話したいと思ったんだが、行かなければ」
「い、いえ。気にしないでください」
「ありがとう。それじゃ」
軽く片手を上げて、大井さんは船を出て行った。
今度はワタシたちも下に降りていって、彼を見送る。
彼の後ろ姿が完全に見えなくなったとき、ワタシたちは顔を見合わせた。
「……聞こえたか」
「……聞こえた」
『聞こえた』
「よし……行くぞ」
何となく、そう言われることは予想していた。
「行く、って」
「あの刑事が言ってた川だ。幸いここからならそんなに遠くない。まあ、向こうの捜査云々もあるだろうから、行くのはもうちょっとしてからになるけど」
「…………」
「……別に、嫌だったら来なくて良いぞ」
「え……」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、真剣な表情のナオと眼が合った。
「ブレスレットのデータが消失して、下手したら盗難されているかもしれない。そんなこと、前代未聞だ。そこに、この不可解な行方不明。開発者として警察だけに任せておく訳にはいかない。自分で動く」
言い知れないナオの様子に気圧されたワタシはふるりと身震いをした。
だけど、それと同時に何かが自分の内側からわき上がってくるのを感じたんだ。
――そうだよ……
――ナオは、『ワタシたちに協力する』って言ってくれた
――動かなくて、どうするんだよ……!
「行く」
「え?」
「ワタシも行く! 関係がありそうなことなら何でも調べる! どこにでも行く!」
「……お、おう……」
ナオが目をぱちくりさせてちょっとだけ後ずさる。
と、
『行くーー!!』
「うお!?」
『イクトが行くなら行く! イクトと一緒がいいー!』
「音葉、音夜……」
ぴょこぴょこと跳ね回る双子を見て、ワタシは思わず笑ってしまった。
「……あーあーそうかよ!」
ぽかんとしていたナオもにっと笑った。
「行くぞ! みんなで!」
『おー!』
すっかり暗くなってしまった空に、揃って拳を振り上げた。
『イクト、行くときお弁当作る?』
「ああ、まあ、確かにいるよな」
『イクトのご飯!』
「お前ら、本当の目的はそれか!?」
『つーん』
「おいこら!」
「まあまあ、いいじゃん。気分転換も兼ねて、さ」
「……ったく……」
翌日、九歳の女の子が行方不明になり、捜索願が出されたことが報じられた。




