六話
六話
サルベージギルドは、東方企業連合が付けた記号であり、その組織体系そのものは、『密坑者』が新隆起地区の開発に組み込まれる以前より存在した。
職も無く、毎日を生きるのに必死だった彼らは、自ずと集団化していき、その中で組織的に犯罪に手を染める者も少なくなかった。
それが、サルベージギルドの前身である。
力を失った国家に代り、東企連は私設警察機構を設け、企業を主体とした経済活動を阻害する者を『悪』として、積極的に犯罪者を取り締まった。
裁判は簡略化され、一時は廃止となった死刑制度を再導入し積極的に行い、年間で1500人を絞首台へと送った。
一部で贈収賄や、冤罪などの問題が出たが、刑務所や再校正施設など、加害者管理の年間500億円というコスト削減とは比べられるモノでは無く、私設警察に東企連の査察官を派遣する事でこの問題を解決とした。
そして、俗に『必要悪』と呼ばれる存在にもメスを入れ、その数を必要数にまで減らし東企連の完全な管理下に置く。その一環として生まれたのがサルベージギルドだった。
故に彼等は、犯罪組織いう体質を残したまま、東企連の掌の上で力によって他のギルドから採掘エリアを確保し、守護し、運営し、利益を生んだ。力とは昔と変わらず、時に金であり、時に暴力であった。
サルベージギルド同士の抗争は絶えず続き、新隆起地の開発を行う事で企業から手に入れた資金は、明日の為に企業から兵器を購入する代金に消え、それが日々繰り返されていく。
イーストフロンティアとサルベージ業者や密坑者達が呼ぶ新隆起地開発初期の時代。それは言葉通りの意味以外に、血で血を洗う争いの幕開けの時代でもあった。
恩智正孝がシスター・クリスティーナに連れられて辿りついたのは、大通りの突き当りに位置する、大型トレーラーを改造して造られた移動式の教会だった。
トレーラーの外観は、カラフルなネオン管だらけで、昼間でも酷く派手に見えた。しかし、内装は、外観に似合わず木目調の落ち着いた創りで、数台のベンチが並び、その先には一段高くなったステージ仰々しく掲げられたオブジェが一際目立つ。
痩せ細り、刺々しい茨の冠を被った男が十字架に張り付けられている、少しリアルでグロテスクなオブジェだったが、眠るように穏やかな男の顔に、正孝は何処か懐かしい母の横顔を思い出す。
「教会は、初めてですか?」
木造の空間に響く、透き通る様なクリスティーナの声に、正孝はハッと我に返る。
「えっ…ええ、内地ではあまりこういうモノを見る事が無くて……この方が、貴方がたの信じる神様ですか?」
「いいえ、この方は神の子であり、真の人でございます」
「神の子…? 真の人…? ですか……ははっ、僕の様な凡人には理解できない、尊い方なのでしょうね」
本当に理解できないといった様子で、正孝はスキンヘッドの後頭部を掻きながら、苦笑を浮かべた。
「そうですね、言葉で伝えられるモノではありませんものね。実のトコロ、私達も理解しているのか? と、聞かれてしまうと、答えに窮するのです」
クリスティーナは、正孝の苦笑を迎える様に、露わになった口元を綻ばせながら続けた。
「歴史的な教義については、その殆どを西方経済連盟が封印してしまったので、真の答えは解りません。ですが、この方が十字架と共にこの世界全ての悲しみと苦しみを背負って自らが処刑される丘まで歩み、この世全ての罪を引き受けて死を迎え入れたならば、それだけで私達の救いとなります」
「……立派な方だったんですね」
「はい、でもきっと本人は自らが死後このように教義の象徴として何千年も生きるとは思っておられなかったでしょう……ふふっ、少しお喋りが過ぎてしまいました。どうぞ、奥でギルド長がお待ちです」
案内されたのは、木製の扉で仕切られた小さな部屋。其処には一脚の椅子が置かれており、正孝は一瞬トイレの個室を思い出したが、目の細かい格子のはめられた窓から人の視線を感じて急に落ち着かなくなる。
「あの~、貴方が此方のギルド長でしょうか?」
解告室と呼ばれるその部屋は、己の罪を司祭へ告白し助言を受け取る場所であったが、無宗教の正孝には全く馴染みの無い場所だった。
とりあえず椅子に腰かけてみればイイものの、サラリーマンという性はそれを許さず、狭い部屋の中で立ったまま、格子の奥に見える人影を伺う。
「…マァ、スワリタマエ(まぁ、座りたまえ)」
格子の奥から聞こえた着席を促す声は、まるで電子音声の様だった。
その声に驚いた正孝は、言葉を理解しながらも椅子に座れず立ち尽くしてしまう。
「カコニフショウシタオリ、セイタイヲウシナッテナ、ジンコウセイタイデコエヲハッシテイル。キキトリヅラクテモウシワケナイナ。マァ、スワッテクレ(過去に負傷したおり、声帯を失ってな、人工声帯で声を発している。聞き取り辛くて申し訳無いな。まぁ、座ってくれ)」
「はっ、はい。大丈夫です。ちゃんと聞き取れます。ワタクシは、この度『大江重工』より此処22エリア開発を移譲されました『布施技研』の恩智正孝と申します」
「サルベージギルド『フレデリックシュウドウカイ』ダイヒョウ、ジェームス・フレデリックダ(サルベージギルド『フレデリック修道会』代表、ジェームス・フレデリックだ)」
正孝は、フレデリックと名乗るギルド長の人影に小さく頭を下げ、椅子に腰かける。
格子に映る影だけでは容姿までは解らないが、向けられている視線だけはハッキリと感じ取る事が出来た。
「さっそくで申し訳ありませんが、現開発地区の現状を」
「ヨウケンナラ、ショウチシテイル (要件なら、承知している)」
フレデリックは、正孝の言葉を遮る様に、徐に言葉を切り出した。
「ワレワレノシヲ、ホッシテシルノダロウ? (我々の死を、欲しているのだろう?)」
「えっ!?」
思いがけない言葉に正孝の表情が強張る。それと同時に、格子の奥から聞こえたガチャリという金属音。それは、兵站部へ異動したあの日に初めて聞いた、銃のスライドが上がる音と酷似している。
そして無防備の眉間へ、そこはかとない敵意の視線が突き刺さるのを、確かに感じた。
■
俊徳道礼子の運転するバギーは、サルベージギルドの少年を乗せて、砂とむき出しの岩肌の上を、少し息切れを感じさせるエンジン音を響かせながら進む。
「おばっ…お姉さん、名前は何て言うのっ?」
エンジン音に掻き消されないように、少年は礼子の耳元で大きな声を出して問う。
「俊徳道礼子よっ! キミの名前はっ?」
「ダイゴっ! ダイゴ・L・フレデリックっ!」
「フレデリック?」
礼子は、少年の姓名が『フレデリック修道会』のギルド長と同じことに気が付き、理知的な眉をわずかに寄せた。
「キミ、ジェームス・フレデリックの血縁者なの?」
「血縁者って?」
「彼の甥とか、息子なのかって事よ」
「ああ、そう言う事か。違うよ、オレ孤児なんだ。で、司祭は…ってのはジェームス父さんの事なんだけどさ、司祭と修道会の人達が、オレみたいな親無しの孤児を育ててくれたんだよ。だから、オレ達は皆名前に『フレデリック』と洗礼名が付くんだ」
憂いの無い少年の言葉。
礼子には、振り返らずとも誇らしげにそう言ったダイゴの顔が手に取るように解った。
「そう、修道会の皆は優しい?」
「優しいし、強いんだ。オレがまだ小さかった頃『誘拐屋』に攫われそうになってさ、その時に助けてくれたのが、修道会の人達なんだ」
開発地区で生きる子供にとって、最も気をつけねばならないのが『誘拐屋』と呼ばれる臓器密売組織だった。
『誘拐屋』とは、所属不明の武装集団で外地から子供を攫う事を生業としている。
企業保障ナンバーを持たない少年少女を攫う彼らの目的は、子供たちの臓器だった。奴らに捕まったら最後、バラバラに解体され内地の臓器移植ブローカーに販売される商品となり、後には髪の毛一本残らない。
公では所属不明とされてているが、裏に内地の医療系企業が存在する事は明白である。
「20人以上居た『誘拐屋』を、司祭が一人でやっつけたんだ。『フレデリック修道会』は無敵なんだぜ」
そう言い切ったダイゴの声に疑いは一切ない。自分たちを守ってくれる大人達を無敵だと信じているのだ。
礼子は、アクセルを更に絞り、エンジンを豪快に吹かす。しかし、その表情には、何処か苦いモノが含まれていた。
「見えたよっ、アソコだっ!」
ダイゴの指差す先。荒野の真ん中に設置された塹壕と、カムフラージュされたテントの野戦基地が見えた。
「どう、ボスは居る?」
「うん居るよ」
バギーが近づいて来ることを察知したのか、基地の中から数人の武装した男達が姿を現す。そして、その中の一際背の高い男を指差しダイゴは大きく手を振った。
「あの人、真ん中に立った背の高い金髪の男の人が、ギルド長のジェームス・フレデリック司祭だよ」