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五話

五話




『大江重工』へ赴いた後、布施次郎は、二年ぶりに姉と父の眠る墓へと脚を伸ばした。


忙しい蝉の鳴き声の響く中、墓地へと続く道を進む次郎の顔に表情は無く、手元には花の一輪も無かった。

自分の手では成し遂げられなかった父の仇であった資源エリア奪還。奪い取られた姉の甲・陸式。何も伝える事は出来ず、ただ眼を閉じてジッと佇む。


「…お久しぶりですね、次郎さん」


その背中に声をかけたのは、純白のゼフィランサスの花束を持った白いワンピースの若い女性だった。

肩までで切りそろえられた黒髪に、広い額。理知的な眉の下の何処か憂い満ちた大きな瞳が、次郎を見詰める。


「…久音さん」


少女の名は、大江久音。『大江重工』を束ねる大江一族直系の末娘で、嘉久の妹である。

次郎の姉が存命の頃は、嘉久と共に、よく『布施技研』へ遊びに来ていた事もあり、次郎とは面識が在った。


「早いものですね…もう二年も経ったのですか……私も、参らせていただいてかまいませんか?」


「どうぞ……僕は、これで帰りますので」


そう言って、踵を返そうとした次郎を、久音は「待って」と呼びとめた。


「コレ、私の研究所で培養した花なんです……」


久音は、一輪のゼフィランサスを次郎に手渡す。


「家族の皆は、花になんて興味が無くて……」


『大江重工』の研究所に在る、植物プランクトンの研究所に勤める久音だが、会社にとっては遊びの様な事業だった。

上の兄達は、皆が会社の要職に就いている中、末娘である久音に宛がわれたのは有っても無くてもいい様な研究所の椅子一つ。

『私になんて興味が無くて…』それが、本音だったのかも知れない。


だが、次郎は「そうですか…」と、一言残して、その場を去って行く。しかし、手には一論の花。何処に咲いたとて『花』に罪が無い事は知っている。





『布施技研』の三人を乗せた四駆は、荒野を走り抜けて行く。岩と砂だけの荒野には草木一本生えず、時折太陽の光を反射して塩の結晶がキラキラと輝いてた。

人工隆起地としては比較的新しいその土地には、無数の穴が点在しており、此処が海中であった時に掘られた、メタンハイドレード採掘の跡だった。

そして、その掘削跡を起点に多くの『密坑者』達が、蟻の様に地表と地中を忙しなく往復している。

正孝は、車窓から、そんな景色を眺め。ふと、ある疑問に至ったのである。


「というか、何で秘書の我々が、こんな所に来てるんでしょう……?」


「えっ。なんでって? 『第22期新隆起地区』の視察を、社長に任されたからに決まってるじゃない」


隣で、化粧を直しながら、礼子は、何言ってんの? と、いった表情で正孝の顔を見る。

「いや、ですから…」と、返したい言葉は山ほどあったが、その表情を見ると何故か馬鹿らしく思え「そうですね…」とお茶を濁す。

上司は、秘書という立場が何なのかすら認識していない。一番の問題は、この仕事を上司に任せた若社長なのだが、一度はヤ○ザの事務所に就職を考えた正孝自身、深く考える事が早々に虚しく思えてしまった。


そんな事を考えていると、車窓の外では荒野が切れ、段々と人だかりが見えてきた。何もない荒野の真ん中に出来た集落。戦災から逃れた難民キャンプの様ないで立ちだが、其処に住む人達には活気が在る。其処は『第22期新隆起地区』の資源回収作業を担うサルベージギルドの本拠地、『フレデリック流浪街』だった。


サルベージギルドとは、新隆起事業が始まってから生まれた組織である。

事の始まりは、新隆起地の資源回収に東企連が企業保証ナンバーを持たない大量の密入国者や密航者などを低コストで起用した事が発端だった。

当時の事業関係者達は、新隆起地区で働く者達の事を『密坑者』と呼び、今も、俗称は消えずに残っている。


初めは、単なる寄せ集めの烏合の衆であった『密坑者』だったが、現場と経験を重ねる内に、その中で人を動かす才能を開花させる者が現れるのは必然で、元々、気の荒い者が多い『密坑者』達を従わせるには、企業に所属するデスクワークの会社員よりも、同じ『密坑者』が適任であった。

東企連は、資源回収作業の効率化を図る為『密坑者』を統率する長としてギルドの設立を認め、一定の利益と独占権を保証。現在では、13のサルベージギルドが新隆起地の資源回収作業の受託を行っている。

『フレデリック流浪街』は、サルベージギルド長のジェームス・J・フレデリックが管理する『密坑者』達の街だった。


礼子と正孝は、車にイヴァンを残し、『フレデリック流浪街』のメインストリートに脚を踏み入れた。

狭いメインストリートには、露店が溢れ、様々な言語の看板がひしめき、行き交う者は、資源回収を行う坑夫だけでは無く、その家族と思われる女子供から年寄り、いかにも堅気では無い面々や、昼間だというのにランジェリーにコート一枚を羽織っただけの娼婦など、混沌としていた。

『密坑者』は、新たな隆起地を求めて遊牧民の様に移動する事が常で、それに合わせ、家族や、ソレに群がる商売人や技術者、娼婦、闇医者など多くの人々も一緒に移動する。文字通り『流浪』する『街』なのだ。



「じゃあ、マサは先にギルド長のトコロに行っといてちょうだい。アタシは、チョットそこらへんを見物してから、合流するから」


と、礼子は、街に付いた瞬間から眼をキラキラと輝かせ、落ち着きの無い様子でキョロキョロとあたりを見回し「チョット待って下さいよっ!?」と、正孝の呼びとめも虚しく、軽快な足取りであっと言う間に雑踏の中に消えて行った。


正孝は、右も左も解らない猥雑な街で一人取り残され、マジか…と一人、途方に暮れてしまいそうになる。


しかし、『なぁ、兄さん……どうだい、ウチにぁ、可愛い子が揃ってぜ。昼間だからサービスするヨ~』やら、『兄さん、アレだろっ。ハジキ買いに来たんだろう? ウチなら、満足出来るのが在るぜ。東企連の御禁制だって…』やら、『…各種、内蔵だったらウチにしときな…角膜だって、常時揃ってるから…』やら、『……兄さん、ウチならハヤイのもオソイのも、混じりっ気なしの高純度が揃ってるぜ…』など、他所者を見つけてワラワラと、集まって来たロクデナシ達が、途方にも暮れさせてくれない。

アッという間に人だかりに囲まれ、逃げ場を失いうろたえる。風体を見れば、確かに的を当た商品の提供をしてくれるのだが、中味はただのサラリーマン。どれもノーサンキューの商品達である。


正孝は、引きつった愛想笑いを浮かべ、「いや、結構ですから…いや、仕事中なんで…」体も無い言い訳で、何とか脱出を試みようと思ったその時。急に人垣が割れ、その奥から車椅子のシスターが姿を現した。


「修道会に御用の方ですね……」


頭の先から脚元までを、黒い修道服に身を包んだシスターがユックリと正孝に近づく。

目深に被られたフード、車椅子の車輪を回す手も黒い手袋に覆われおり、唯一露わになった口元が、花の様な笑みを浮かべた。


「ワタシは、修道会のクリスティーナ・イ・スカイと申します。今は、神父も教会に居ますのでご案内いたします」


クリスティーナと名乗ったシスターが、正孝の手を取ると、周りに出来た人だかりが散々に去って行く。

正孝は、その様子に呆気に取られ、クリスティーナに導かれるまま、ギルド長の居る教会へと案内された。



一方、正孝を放り出し、流浪街を散策する礼子は、大通りの真ん中を堂々とした態度で歩いていた。先刻、数人のガラの悪い男共に囲まれたりもしたが、裏拳一つで撃退し、今は誰一人寄って来ない。

そして、屋台で売っていた良く解らない串焼きを片手に、露店に並ぶスクラップにも見えないパーツの山を、物色していた中、路地の奥で四輪のバギー相手に向い、しゃがみ込んだ少年を見付けた。


「やぁ、少年。修理中かい?」


急に声をかけられた事に、少し不審な顔をした少年は「内地の女が何の用だよ」と訝しんだ表情を浮かべて、再びバギーに向きあった。


企業保証ナンバーを持たない新隆起地区、俗に言う『外地』の人間と、東方企業連合管路地区、俗にいう『内地』に住む人間との間には、深い溝があった。東企連が『密坑者』や『外地』の人間に対して、企業保証ナンバーを与えた前例は一度として無い。

『密坑者』は死ぬまで『密坑者』。相手が、内地の人間と言うだけでも、コンプレックスを感じる。それは若ければ若いほど、大きく残酷なモノだった

少年の日光と塩で焼けた肌と色素の抜けた茶色い髪は、資源回収作業を行う『密坑者』と同じ。『密坑者』に年齢は関係なく、この少年もその一人だった。


「そんな、つれない事いわないでさ、どうしたの?」


礼子は、バギーの前でしゃがむ少年の横に強引に座り込む。驚いた少年だったが、礼子が女性という事もあってか、渋々といった様子で「……少し前から、エンジンのかかりが悪かったんだけど…今朝になって、本当に動かなくなって…」と、呟いた。


「ふーん。で、ちゃんと火は飛ぶの?」


「プラグは、ちゃんと見たけど……て、言うか、アンタ内地の人だろ。こんなバギーの事、解るのかよ?」


新隆起地区で働く者達と、に住まう者達の間には、十年ほどの技術的な差が在る。少年のバギーは、その隔たりを加味しても、まだ古い型のバギーだった。


「解る、解る。アタシも若い頃は、単車に乗ってたんだから」


「そう言ういみじゃねぇよ……その、こんな古いエンジン積んだバギーなんて……」


少年の瞳と言葉の端に、悔しさが滲んだ。

仕事で使う自慢の愛車だったが、見た目も中味もボロボロ。目の前には、綺麗なスーツを着た『内地』の女が居て、自分は小汚い作業ズボンに穴だらけのタンクトップ。否でも、違いを思い知らされる。


「何言ってんの、アタシの街じゃガキの頃は全部コレだったよ、再生ガソリンなら水より安いし……おっ、なんだ負圧チューブがやられてるじゃない。少年、テープちょうだい」


礼子は、ビニールテープを受け取ると、中程から硬化して切れてしまったチューブに巻き付け、「本当は、交換しないとダメなんだけどねぇ……っと、これでどうだ」と、バギーに跨り、勢い良くセルをキックする。

そして、少年のバギーは、数回のキックの後、少年の歓声と共に勢い良くエンジンの駆動音を響かせた。


「うぉぉぉっ! すげぇ、直ったっ! ありがとう、オバさん」


「はっはっはっ、少年、口の利き方には気をつけな。次にオバさんって言ったら、ビニールテープパンツの刑だぞぉ」


一切笑っていない凄味のある眼でそう言われた少年は、どんな刑かも想像つかすとも、凄まじく恐ろしい事だけはしっかりと感じ取り、カクカクと首を縦に振った。

テープパンツの刑とは、各種粘着テープをパンツの代りに褌状に股間へ巻きつけるという、東坂街でも外道中の外道と名高い伝説のスケバンが考案した私刑である。


「じゃあ、行こうかしら。少年、道案内をしてちょうだい」


エンジンを吹かしながら、礼子は少年に後ろに乗る様に促す。

久しく握るアクセルは鈍く、クラッチは甘いが身体に伝わる振動は、酷く心地いい。火が入ったエンジンは、マフラーから煙を噴きだす度、少年の心から嫌なモノを吹き飛ばした。


「行くって、何処に?」


バギーの荷台に勢い良く飛び乗った少年に礼子は、ギアを蹴りバギーを急発進させると大きな声で宣言する様に応えた。


「この街のボスに会いに行くのっ!!」


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