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三話

三話




次郎が弥刀技研を訊ねた次の日、東坂工場街の寄り合い所『梅の花館』では、『布施技研』と『東坂工業組合』の会合が行われていた。


主な内容は、『大江重工』製、量産型機動兵器のライセンス生産を受託、部品作製の下請けに対する方針の説明と、新開拓地における重機の改修などの通常業務についてだった。


会合の進行は、秘書の俊徳道礼子が行い、ライセンス生産については組合長である弥刀幸志、改修業務については、営業二課のチーフである真菅道夫と、共に現地視察を行った『小坂製作所』の小坂仁柄が行った。


ちなみに、社長である布施次郎は別件にて不在。『シュテン』のライセンス生産許可を取得すべく『大江重工』向かっていた。


会合は、甲・陸式の開発に携わった職人達が荒れに荒れ、梅の花館は大時化の海原の如く混乱を極めたが、全体進行の礼子による『うるっせぇ、ジジィ共っ!! ぶっ殺すぞっ!!』と、幾分過激な鶴の一声により鎮静化、幸志もライセンス生産がまだ確実なモノでは無い、という事で、若干弱腰の説明にて一応の幕を閉じ、議題は目下の重機改修業務について、チーフの真菅から説明される事となった。



「まず、初めに、今回の改修業務については、『小坂製作所』の小坂社長に指揮を取ってもらう形になりますので、詳細については後ほど小坂社長の方からお願いしたいと思います。それでは、私の方から、作業の大まかな流れについて、説明させていただきます」


道夫が小さく頭を下げると、拍手と共に、『よっ、男前』などのヤジが飛び交う。

美形で有名な、営業二課チーフは工場街のマダム達のアイドルで、ファン一号は彼の母親。胸に、『布施技研』とロゴの入った作業服に身を包んだ道夫は『やめてよ、母さん達。恥ずかしいから』と、男にしては、端正な造りの顔を真っ赤にしながら、端末の情報を設置したスクリーンに映し出した。


「事前に皆さんにお配りした資料の通り、改修が必要な重機の数は調査の結果58台。その内52台は、旧『富洲重機』現在の『川越富洲重機』製の小型掘削重機『砂蟹5號・型番TS-SC05後期モデル』という古い機体です……」


『砂蟹5號』という名前に、古い職人達は「おおっ」と歓声を挙げた。

その昔、安価と故障の少なさから大ヒット商品となった『砂蟹5號』は、東坂街でも部品の下請けを行った事の在る、懐かしい重機だった。


「まぁ、かなり古いモデルと言う事もあって、現在部品の供給行われていません。メーカーに一部在庫が在るという事なのですが、数量は圧倒的に足りない見込みです……」


と、スクリーンに映し出された重機のモデルを指先ながら、道夫は説明を続けた。


概用は、工場街にて不足する部品と対塩害用に新たに増設するパッキンや吸気フィルターなどを作製し、現場に随時搬入。重機の使用されない夜間に、現地にて改修するというモノだった。

しかし、その説明に、会場の後ろの席に座った若い職人が手を挙げる。


「現地でって事は、設備はどうするんすか?」


現地での改修ならば、作業に関わる職人にとって設備が問題となる。

消耗部品の交換は勿論、吸排気系に合わせ、外装にまで防腐処理を施すとなれば、それなりに規模の在る工場が必要である。


しかし、道夫は、その質問が挙がるのを予期していた化の様に「それはですね…」と、得意げに話そうとしたが、


「そりゃあ、『一郎丸』の出番だろうな」


返答は最前列に陣取った古い職人達によって奪われてしまった。


「なんだよ、その『一郎丸』って?」


「先々代の社長が造った。すげぇデケぇ船の事だよ」


『布施技研』初代社長の名を冠した『一郎丸』は、当時退役となった9000t級のドッグ型輸送揚陸艦を改修して建造した、海上移動式製作所である。

元々は、商品の納品時などに輸送と同時に組み上げや整備を行う事を目的として造られ、内部には、十分なスペースと設備が整っており、戦車の五・六台ならば組み上げる事が可能である。

その上、居住スペースの確保されている為、長期の出張時の宿にもなる優れモノだった。


その後、古い職人達は口々に「あの頃はなぁ…」と、過去の武勇伝を話し始め、若い職人達もそれに興味深々と、聴き入る始末。

後ろに控えていた工場の女将さん達も、何処からか茶菓子を取り出し初め、会議は和やかな混乱へと陥って行く。


説明を任されていた道夫も「皆さん、会議中ですからっ!!」と、声高にこの状況を何とかしようとするが、誰も聴いちゃいない。そんな中「またかよっ…」と吐き捨てる様に呟いた礼子が、道夫を押しのけて壇上に立った。


「んなぁ昔話は後でやれぇぇっ!!」


礼子の怒号に、会場は一瞬にして静まり返った。


「オヤジっ、昼間っから酒飲んでんじゃねぇ仕事舐めてんのかっ!! 下田の女将さんっ、アイスクリームなんかどこから出したんだよっ!! 松塚のジジィ、寝るなっ!!」


「……礼子さん、落ち着いてくださいよ……」


完全にキレ顔の礼子にビビり倒した道夫は、逃げ腰ながらも何とか壇上に戻ってくる。


「うっせぇ!! お前ぇがシャキッとしねぇから、こんな事になるんだろうがっ!! それに、ウチのオッサン共は、何処行った!?」


道夫がハッと会議場を見渡すと、『布施技研』の面々が座っている筈の座布団にチラホラと空きが見える。

会議が始まって直ぐに、数人の職人と共に居なくなった事を礼子も確認していた。何時もなら「まぁ、仕方ないか」と、諦めるのだが、今日、この瞬間は我慢ならない。


「いや……その、さっきトイレにって……」


「二時間もトイレっ!? 馬鹿野郎、んな訳ねぇだろうがっ! さっさと、若い奴等連れて、引き摺って来いっ!」


「えっ……? でも、何処に行ったのか……」


「あぁ? 角のパチンコ屋に決まってんだろうがっ!!」


礼子は、今にも頭から噛り付かんかの形相で道夫の胸倉を掴む。


「いいか、真菅…負けてても連れて来いっ! 勝ってても連れて来いっ!! 出てる最中でも連れて来いっ!! とにかく……連れて来いっ!!」


「はいぃぃっ」と、上擦った声で返事をした道夫は、脱兎の如く靴も履かずに会館を飛び出し「お前ぇ等も行くんだよっ!!」と運悪く近く居た若い職人達も尻を蹴飛ばされた。

結果、パチンコ屋で三名、雀荘で三名が確保され、途中「そんなだから、嫁の貰い手がおらんのじゃ」と言った職人に、礼子のハイヒールがライナーで飛んで行くなどのアクシデントは在ったが、会議そのものは、何とか全員の了解を得て終了した。





一方、ライセンス取得に『大江重工』へと向かった次郎は、三十分ほど会議室で待ちぼうけを食わされていた。


「にしても、大丈夫っすかねぇ…会議…社長も出た方が良かったんじゃ無いですか?」


黒のスラックスの上に『布施技研』の作業服を着た恩知正孝は、何処か心配そうな顔で、額貼られた大きな絆創膏を撫でる。

しかし、その風体がスキンヘッドに色付きの伊達メガネと、社会的にはガラの悪い方達と見まがう程にワルかった。

そして、見た目もさることながら、会議用のパイプ椅子に収まるのが不思議な程の巨躯。無言で睨まれたら、女子供が泣きだしてもおかしく無い、容姿である。


「礼子さんが居るんだし、大丈夫だよ」


隣で行儀よくジッと座っている次郎は、当然と言いたげな顔で正孝を見たが、色眼鏡の奥の、見た目にはそぐわない優しい瞳から心配そうな気配は全く抜けない。


「いや……僕ぁ、俊徳道の姉さんが心配なんですよ……」


「なんで? 同じ秘書課の先輩だよ…礼子さんは、頼りになって優しい人じゃない、恩知さんも知ってるでしょ?」


「いや……まぁ社長がそうおっしゃるなら……そうなんでしょうけど…」


正孝の顔色は益々冴えない。


正孝は、大学生の頃に礼子からスカウトされ『布施技研』に入社するという、少し特殊な経歴の持ち主だった。

大学のゼミで知り合って、才能を見染められて企業へ入社。なら、皆が夢見るサクセスストーリーの幕開けなのだったが、内容は少し異なる。


彼が、大学時代バイトで働いていた飲み屋の常連客の中に、毎度酔っては他の客に迷惑をかける一際ガラの悪い客が居た。

在る時、運悪く隣に強面の客が座り、口論が喧嘩へと発展し、一触即発のムードに店内は騒然となる。

著しく外見にそぐわないが、彼は、心優しい青年だった。暴れる酔った客に暴力は振るわず、持ち前の巨躯で必死にはがい締めにし、何とか落ち着いて貰おうと必死に諭す。

当時はロン毛だった彼は、髪を引っ張られる苦痛に顔を歪めながら、理不尽な客が落ち着く事を祈った。

その時だ、一人の妙齢な女性が割って入って喧嘩を仲裁し、その場を雄々しく諫めたのだ。


彼は思った。世の中には、素晴らしい人が居るモノだ。と、その矢先、酔った客の踵が彼の股間にクリーンヒットし、思わず屈んだ瞬間に後頭部が鼻に減り込み、あまりの苦痛に、その場で鼻血を流してしゃがみ込んだ。

そして酔った客は蹲る彼のポケットから財布を取り出し、学生書を奪うと、彼の頭を掴んでこう言う。


「東坂中学の元裏番を2分以上ホールドするったぁお前ぇ、見込み在るな……明日、此処に訊ねて来い、逃げたら……どうなるか解ってんだろうな?」


ピラピラと、学生書を耳元で振りながら、客は一枚の名刺を投げて去って行く。

正孝の頭の中は真っ白になった。女手一つで育ててくれた母、可愛い妹の顔が過り、そしてこれから先の事を思うと、これからの自分の未来は真黒に塗りつぶされる。

その筋の人に、眼を付けられてしまった。

彼は、呆然自失で項垂れ、故郷の母に必死に詫びた。それなら、いっそ家族に迷惑をかける前に……その時、脚元に落ちた名刺が目に入る。

其処には、


『(東)布施技研 秘書室室長 俊徳道礼子』



「やっぱり、僕ぁ心配ですよっ! 姉さん、社長が帰って来てから、また酒飲みだして昨日も飲み屋で暴れたんすからっ!!」


気が気じゃねぇ。

次郎が二年前に会社を離れたおり、礼子は酒を絶った。そのおかげもあってか穏やかな日々が続いたが、戻って来たその日の晩には仕事帰りに二升を軽く平らげ、二年のブランクを思わせない一升瓶での見事なフルスイングが正孝の額をかすったのだ。額の絆創膏は、その跡である。

だが、それ以上に恐ろしい事は、何故か、社内では礼子と正孝が『良い仲』である、と言う噂が広まっている事だ。勿論、事実無根のガセネタである。と、正孝は信じている。




「声が大きいよ、恩知さん。ほら、先方の方も来たから落ち着いて」


昨晩の事を思い出し、背筋を冷やす正孝を尻目に、落ち着いた様子で会議室のドアが開くのを見て立ち上がり、次郎は頭を下げた。


「お忙しい中、申し訳ありません」


「いえいえ、こちらこそお待たせして申し訳ありません。ワタクシ、『シュテン』量産計画を任されております。開発部の乾川加悦と申します」


会議室に姿をあらわした初老の男、加悦は懐から名刺入れを取り出し、次郎と交換する。

正孝も、ハッと我に返り、立ち上がると深々と頭を下げた。


「私、布施技研の…」


「いえいえ、存じておりますよ。布施次郎社長、お若いのにシッカリした方だ」


加悦は、柔和な笑みを浮かべると、二人を座る様に促し席に着いた。


「では、早速ですがお話を、伺わせ願えますでしょうか」


「はい、それでは」


恩知は、鞄の中からファイリングされた資料を取り出すと、次郎に手渡す。

それは、姉の亡骸と共に見つかった一冊のファイル。甲・陸式開発にて唯一『布施技研』に残った資料である、量産計画の工程を『シュテン』量産用に書き換えたモノだった。


「乾川さん、我々布施技研は、必ずや『シュテン』量産計画にて、確実な成果を御社にもたらす事を、確信しております」


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