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十二話

十二話




東方企業連合は、各サルベージギルドが防衛や警備の為に武力を保有する事を公に認めている。

携帯火器は勿論、戦車、装甲車、自走式榴弾砲すら、ギルドに購入するだけの資金力さえあれば、企業から買い取る事が可能だった。

しかし、戦闘機や戦闘ヘリ、UAVなどの航空戦力の保有に関しては認められいない。

その他長距離射程の地対地ミサイルなど、内地に対して直接的な破壊行為が可能な兵器をギルドに対し、販売、供与した企業には、罰則以上に重い処分が取り決められている。


その背景には、ギルドが保有している資金を管理するよりも、企業から買い取った兵器の目録を管理する方が、東企連にとってもやり易いという理由があった。企業でも、ギルド間での適度な衝突や消耗は、過剰在庫の処理に一役買っている。


それ故にギルド同士の抗争は無くなる事が無い。

通常の戦争であれば、制空権を確保した後の陸上戦力投入が常だが、ギルド双方が航空戦力を持たず、地上で正面からぶつかるといった時代錯誤な戦闘は、兵器こそ近代化したもの中世の戦と変わらず、兵器の近代化によって必要以上に死傷者だけを増やす、不毛な抗争となった。



久しく座った多脚式戦車『キエフ』のシートは、イヴァン・高安・イリンスキの思い出の中に在るシートよりも随分と座り心地が悪かった。

計器はホコロをかぶり、右側面のカメラは破損し、主砲は空で、第二・第六脚の油圧シリンダーは固まっている。かろうじてマトモなのは、シートベルトくらいだろうか。


勢いで戦車を出すっ! なんて豪語したが、これでは走るシートベルト付きの棺桶だ。


「準備できたか?」


イヴァンのインカムに、男の声が入る。砲塔に控えたサルベージギルド『フレデリック修道会』のスターキー・チェルチだった。


「あぁ、後は覚悟だけだよ」


「そうか、なら早めに済ませろ。もうすぐ目視で捉えるぞ」


チェルチの無情な言葉に思わず「人の気も知らないで」と文句の一つも言いそうになってしまったが、インカムの先に居る男の状況の方が自分よりもはるかに過酷である事に気が付く。


だが、それでも。


「人の気も知ら無いで。出力だって70%在るか無いかだぞっ!」


「馬鹿めっ! こっちは、戦車から身を乗り出しての狙撃だぞっ! 黙って運転してろっ!」


イヴァンは、チェルチに返された怒号に少しムッとしながらも「だよなぁ…」と小さな声で呟いた。



時間は少し遡る。


戦車を出そうと提案したイヴァンは、改めて『第22新隆起地』にて開発作業に利用されている多脚戦車『キエフ』と再会した。しかし、初見での感動的な再会とは違い、間を開けず逢ったかつての相棒は、酷く老いて見えたのだ。

無理もない、数年間もの間、何一つメンテナンスを受ける事無く、風雨と潮に晒されてきたのだ。

美しい曲線的な前面のフォルムにはデコボコとしたへ込みが目立ち、剥がれ落ちた塗装の下から湧いた錆が、ベージュ色の肌をまだらに焦がしている。

記憶に在る美しかった彼女は、まるで、港町に住む老いた海女の様だった。


そして、問題はそれだけに留まらず、主砲は奇跡的に生きているというというのに、発射できる弾体がギルドには無かったのだ。


戦車を出せば。と豪語はしたが、主砲が使えないのでは話にもならない。

航空戦力の発達により、大規模な戦果は上げられなくなったが、それでも戦車は陸戦において最強の兵器と言える。

厚い装甲に、高い機動力、破壊力のある主砲。どれだけ武装しようとも、遮蔽物の無い荒野で歩兵が太刀打ちできる代物ではないのだ。


だが、上司である俊徳道礼子と、ギルド主要メンバーに別の手を模索しようと提案した時、一人の男が徐に手を上げたのだ。


「俺が主砲になろう」


それは、スターキー・チェルチだった。


「…言ってる事の意味がさっぱりわからんのだが?」


「そのままの意味だ。直接照準の携帯式対戦車榴弾を持って、戦車の上から撃てばいいんだろう?」


チェルチは、まるでその提案が当たり前に導き出された答えかの様に言った。

しかし、この提案には大きな問題がある。


直接照準の携帯式対戦車榴弾の最大の弱点は、命中精度の低さである。

有効射程は長くて1000mだが、実際のトコロは無誘導榴弾では150~300が関の山で、1000m飛ぶだけに過ぎない。

しかも、それを荒野を走る不安定な足場の戦車の上で発射するとなれば、50m先の目標に当てる事すら不可能だろう。


「馬鹿な事を…」


だが、そう言いつつもイヴァンの頭の中では、それが現実的に可能では無いかと言う考えが浮かんだ。

理由は、チェルチの機械化された下半身にある。

元々、歩兵に対し立体機動力を付与するために開発されたと思われる金属製の脚は、鳥の鉤爪の様な形状をしており、その脚だけで自重を支える事が可能だった。現に、チェルチは戦車の主砲に、この鉤爪だけでぶら下っていた。


これならば、不安定な戦車の上でも足場をしっかり掴み、走行中であっても攻撃が可能ではないか、と。


「…その自信の根拠は?」


「自分は、足場さえしっかりと掴めれば、20㎜機関砲だって直立した状態で撃てる。義足のコンセプトは、歩兵の三次元運用が目的だが、自立式銃座としての性能の方が、実戦では役に立った」


イヴァンは、チェルチの言葉を受け、集まっているギルド主要メンバーの顔を伺う。そして、ギルド長のスパーキー・フレデリックと目が逢った瞬間、彼は力強く首を縦に振った。


「いいのかい、チェルチさん? 対戦車榴弾砲の射程って事は、相手の銃火の真っただ中に体を晒す事になるんだぜ?」


「是非も無い。それより問題なのは貴様が榴弾砲の射程圏内まで戦車に近づけるかって事だろう?」


「ほう、言うねぇ」


そして、迎撃作戦は開始される事となった。

まず、イヴァン・チェルチの乗った戦車が先行し、敵性戦車を撃破、もしくは走行不能にし。その後、控えている『フレデリック修道会』の部隊が装甲車を盾に攻撃を仕掛けるというものだった。

作戦内容としては、酷く大雑把だが、敵性戦車から戦力を奪って初めて五分の勝負となる。

『フレデリック修道会』の命運は、戦車を駆る二人の双肩にかかっていた。



「敵部隊、目視で確認。戦車の砲塔がもうコッチを向いてるぞ」


砲塔のスコープディスプレイを見ていたチェルチは、落ち着いた様子で現状を報告する。

履帯式戦車『白道』を中心に隊列を組んだ小隊が二つ。此方を同じように目視で捉えた様子で警戒を怠らない。しかし、その他は、統率はとれているものの素人同然の動きだった。


敵の主力は、戦車とこの二小隊と観て間違い無いだろう。概ね、ギルドと契約している佐藤製薬が兵站部での訓練を受けた自社社員か、もしくは傭兵か何かだ。


「まだ大丈夫だろう。さすがに、この距離で当ててこれる訳が無い」


と、イヴァンが言った瞬間、チェルチは敵性戦車『白道』の主砲が発砲するのを見る。そして、発射音が届いた思った瞬間、二人の乗る『キエフ』の車内に硬質な轟音と衝撃が走った。


「…おい、当たったぞ?」


「………」


まさかの被弾である。

しかし、当たったのは前面装甲部分。二人の乗る『キエフ』は、厚い前面装甲と優れた傾斜装甲により、弾体を見事に弾いていた。


「問題無ぇっ! このまま、一気に相対距離を詰めるっ!!」


イヴァンは、叫ぶようにそう言うと、スロットルを全開にした。

未だ、2000m以上はある相対距離を詰めるのに最短の道。すなわち一直線の軌道で『白道』へと道なき道を突き進んで行く。


「馬鹿野郎っ! 死にたいのかっ!!」


「あっちの砲手は素人だっ! 多脚戦車相手なら、まず脚をねらっ」


チェルチの苦言も空しく、イヴァンが言葉を言い切る前に、再び『キエフ』に衝撃が走った。

車内に、機体損傷の警告アラートが鳴り響く。左側面の第二脚が、砲撃の直撃を受けた。


「おいっ! 脚がもげたぞっ!!」


「何っ! 軽くなっただけだっ!!」


それでも、イヴァンは速力全開で、一心不乱に距離を詰める。


「貴様っ! どういうつもりだっ!!」


チェルチは、暴走する操縦手に豪を煮やし砲塔から操縦席へ降り、イヴァンの肩を掴もうとした。

だが、その横顔を見た瞬間、彼はこの操縦手が無謀な策を取ろうとしているとは思えなくなった。

決して良いとは言えない表情だったが、その瞳は恐ろしく冷静に、突き進む先にある勝利を見ている。


「えらく優秀な照準補正装置を積んでやがるな…だが、コレで決めれなかったのが、運の尽きだぜ…」


イヴァンは苦虫を噛み潰した様な表情をしながらも、口元を釣り上げながら、そう漏らした。


初弾を被弾した時『キエフ』と『白道』には、まだ2000mを超えるであろう相対距離が在った。実際の戦車砲撃で、これだけ距離がある走行中の目的に直撃させる事など人間には不可能だった。だが、運や奇跡という可能性は残されている。

しかし、若干の間をおいての二射目の被弾。コレで、『白道』の砲手が高精度な照準補正装置を使っているとイヴァンは確信したのだ。


戦闘において、戦車そのものの性能は勿論大切だが、最も必要とされるのは、観察力と洞察力である。

高い命中精度を誇る照準補正装置による射撃は、反面、照準の再計算に時間をとられ、連射性が落ちるというデメリットがある。

そして、砲塔カメラによる画像ロックオンに依存している為、カメラの視界に姿をさらさなければロックを引きはがす事が可能だった。


「チェルチっ! 10時から2時方向に、距離100でスモークグレネード」


「了解」


一時は操縦手を疑ったチェルチだったが、今は頭を切り替え、即座に6発装填の回転弾倉式グレネードランチャーを手に取ると、砲塔から体を出し、スモーク弾を指示通りの方向に着弾させた。正面に捉えた部隊から、戦車を隠すのに最適な指示だった。


「榴弾砲とフレアを持って待機しておいてくれ、右翼から突っ込むっ!」


海からの風は、適度に強く、広がったスモークの盾が『キエフ』を敵部隊から隠した。

これにより、戦車からのロックだけでなく、レーザー誘導の携帯式対戦車ミサイルからも身を隠せる。


イヴァンは、緊張し歪ながらも笑みを浮かべた。

『白道』の砲手が犯したミス、それは自分の手の内を見せるという事への危機感の無さだ。

もし、自分が『白道』の砲手だったなら、手の内がばれる様な射撃はしない。ましてや、一対一の勝負ならなおさらに。

『キエフ』は、そのまま煙の中を突き進んで距離を詰め『白道』との距離を500mにまで縮める。

そして、煙が切れた瞬間、砲塔に居たチェルチは、『白道』の主砲の発射音と、弾丸が風切音をたて、直ぐ傍を過ぎていく音を聞いた。


「馬鹿めっ! 焦りやがったなっ!!」


『白道』の三射目は辛うじて外れた。しかし、イヴァンは息つく間もなく、レーダーに映る飛翔体に声を上げる。ミサイルっだった。


「フレアァァァ!!」


チェルチはすかさずフレア弾を、砲塔から外に二発撃つ。そして、数秒後に機体を揺らす衝撃に呻いたが、直撃は避けた様子だった。


「お待ちかねのショータイムだっ! ちゃんと送り届けたぞっ!!」


銃弾の雨が、『キエフ』の装甲を頻りに叩く音が聞こえる。

装甲車の規則正しい機銃の奥に、歩兵が撃っているのであろう、自動小銃の音が混じっていた。双方が狙える距離に来たという事だ。


「…任せろっ!」


チェルチは十二本積んだ対戦車榴弾砲を一本持ち、砲塔から出る準備に入った。


「右側面からだっ! 履帯を狙えっ!!」


「わかってるっ!」


意を決し、チェルチは鋼鉄の鉤爪で砲塔内部を掴むと、体を出し榴弾砲を『白道』の左側面の履帯を狙う。

そして、バックブラストと共に発射された榴弾は、一直線に『白道』の履帯へと向かった。


が、


「はずしたっ!?」


僅かに逸れた榴弾は、履帯ではなく手前の地面に着弾し、近くに居た兵士を吹き飛ばす。


「驚いてる場合かっ! 二発目、今度はもっと寄ってやるっ! けど、三度目が撃てる保障はねぇぞっ!!」


イヴァンの怒号。

『白道』の右側面を行き過ぎる進路とっていた『キエフ』が、その向きを『白道』そのものに向ける。


緩慢だが、確実に主砲を『キエフ』へと向けた『白道』。そして、第四射目の至近距離での射撃は、戦車外に体を出したチェルチのそばを轟音と共に過ぎていく。

焦りと恐怖の見える、場当たり的な砲撃だった。

だが、至近距離で砲撃の衝撃と音を彼はマトモに喰らい、意識が吹き飛びそうになる。


空白の一瞬。チェルチの砕けた意識の中で、目に見える全てが停止するのを感じた。


まるで、流れる時間に置き去りにされるような感覚。それは、今まで何度も感じた死の予感。


チェルチは、砕けそうな意識を掻き集め、空白の一瞬から抜け出すと、二本目の榴弾砲を構え直し、『白道』の履帯へと発射させた。


時間とは不可逆であり、留まる事は叶わない。置き去りにされた者から死んでいく。


しかし、榴弾の着弾音が聞こえてこない。それ以上に、さっきまで聞こえていたはずの、行き過ぎる風の音、銃の発砲音、風切る銃弾の音、弾丸を弾く装甲の音、戦車の排気音、その全てが消えているのに気が付いた。


砲撃の衝撃波で鼓膜が破れたのだ。

着弾を目視で確認するために、急いで振りかえったが、『キエフ』は既に『白道』の背面へとすり抜けていた。

インカムから微かに聞こえるイヴァンの声は、何を言っているのか解らず、五感の一つを失ったチェルチには、着弾の手応えに確信が持てなかった。


その時、『白道』の砲塔が旋回し、主砲が『キエフ』と捉えようとしているのが見えた。


チェルチの機械化された下半身は、神経の微弱な電気信号を受け機能する。

脳を介さず、脊椎により発生した信号は、確実に下半身へと伝わり、彼は三本目の榴弾砲を掴むと、砲塔を蹴り空へと舞いあがった。

機械化された下半身は、生身の膂力を遥かに凌ぐ跳躍を見せたのだ。


生身の人間では叶わない跳躍。その姿は、銃を持つ兵士達の視界に入ってはいたが、誰もソレに向かって銃口を向ける事は無かった。否、出来なかったのだ。

人の限界と、それを基準とした認識。チェルチの跳躍は、兵士達の認識の死角へと入る。


「フラットランンダー共め、コレが本当のトップアタックだっ!!」


空中に咲く花の様なバックブラストが噴き、榴弾は『白道』の砲塔上部の薄い装甲へ、メタルジェットの槍を突き刺した。


そして、まるで初めから打ち合わせをしていたかの様に、『キエフ』がチェルチの着地点へと機体を滑り込ませる。


『白道』は、砲塔から黒い煙が吹き、その動きを止めた。


作戦は、見事に成功したと言える。


しかし、チェルチのインカムからは、まだイヴァンが頻りに何かを伝えようとしていたが、鼓膜を損傷した耳には、何を言っているのかまでは解らなかった。


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