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十一話

十一話




布施次郎と大江喜久の交渉より翌日、此処『東坂工場街』は、かつての活気を取り戻したかのように、大勢の職人達で賑わいを見せていた。


昨夜『布施技研』へと届いた双脚式高機動戦車『シュテン』の設計図は、すぐに『弥刀鋼材』へと送られ、弥刀幸村の手で明日を待たずに、各工場へと配信された。

それに合わせ、開発地での重機改修の業務も重なり、久しぶりの大きな仕事とあってか、街の職人達は、競い合うように早朝からシャッターを開いた。


一度は引退を表明した職人達も引っ張り出され、操業を止めた工場にも久しく火が入り、工作機械の激しい鼓動が街に響く。

何時もなら、暇を持て余したオバさん達がお喋りに興じていた『梅の花館』でも、今日は工場の女将さん達総出で昼食の炊き出しに追われていた。


そんな、熱気と騒音に包まれた懐かしい工場街。

『布施技研』の面々も、本部に最低限の人員を残し、全員が各工場へと助っ人に出ている。


何時もならスーツ姿の安堂遥も今日は、作業着に身を包み、工場街を駆け回っていた。


「小坂のおじさぁん。出れますかぁ? 皆もう集まってますよぉ」


遥は、開発地重機改修業務の陣頭指揮を任せた小坂仁柄を訪ね、『小坂製作所』のシャッターを潜る。


「おお、遥ちゃん。もう、そんな時間かよ。すまん、直ぐに出るわ」


そう返事をした仁柄は、何時もの作業服姿では無く、スラックスに背広と、余所行きの恰好で大きなボストンバックを抱えていた。


「アンタ、忘れ物は無いかい?」


工場の奥から姿を現した『小坂製作所』の女将さんは、心配気な、しかし何処か誇らしげな目で、久しく余所行きの恰好をした夫を見つめていた。


「何言ってやがる。ガキじゃあるめぇしよ。じゃあ、少し空けるが家の事は頼んだぜ」


「はい、任されたよ。アンタ、しっかりやっといでよ」


そう言うと、女将さんは、火打ち石で夫の肩に切火を切る。


「おうっ! じゃあ、行って来る」


仁柄は、それに笑顔で応えると、颯爽とシャツターを潜り、皆と一郎丸の待つ港へと向かう。


「なんか、懐かしいですね。こういうの」


遥は、女将さんと一緒に遠ざかる仁柄の背中を見送りながら、ふと呟いた。

幼い頃、何度も見た光景。あの頃は、父や職人の人達が何処かに行ってしまうのは辛かったけど、今は、その後ろ姿が酷く頼もしく見える。


「だねぇ…やっぱり、男はこうでないといけないよ」


「ですよねぇ」


だが、そう応えた遥の瞳には、喜びと同じほどに悲しみがにじんでいた。

今の東坂工場街を見せたい相手が、此処にはいないのだ。


そんな彼女は、その日の午後、忙しい合間を縫って今は亡き友人、『布施技研』前社長の布施和姫の墓前へと足を延ばした。



安堂遥は、『安堂部品』の末娘として生まれ、大学を卒業した後に、工場を上の兄達に任せ、『布施技研』へと就職した。

東坂工場街で工場を経営している以上『布施技研』との繋がりは普通の事であったが、遥の場合、前『布施技研』社長である、布施次郎の姉、和姫と同級生で親友と呼べる関係であった事が就職する上で大きな理由だった。


大学以外、幼稚園から高校まで同じ学び舎で過ごした布施和姫という友人は、幼い頃から聡明で優しい女の子だった。当時、弟の次郎は、そんな姉にべったりとくっついて離れない甘えたで、体も小さく、現在では考えられないほど頼り無い男の子。


それが、布施姉弟に対する、遥の最も古い印象である。


そして、その姉弟に変化が訪れたのは、高校に入学してから直ぐの頃だった。

資源エリア奪還作戦により、父を失った和姫は一週間ほど高校を休み、塞ぎ込んだ様に連絡を絶った。

もしかしたら、よからぬ事で考えてるのではないか? と、心配した遥だったが、心配を余所に、一週間ぶりに顔を見せた友人は何時にもまして元気だった。


しかし、今思えば、あの時を境に友人は変わっていたのだ。


聡明さを感じる目元は何時しか厳しさを孕み、優しげだった表情は、張り付けた仮面の様に変化を無くす。

そして、何より弟の次郎に対しての当たりが、見るからに強くなった。


くっついて来れば突き離し、泣き言には耳を貸さず、聞いても応えず、出来なければ手を上げる事さえあった。

それまでの友人を知っていれば、考えられない程の変貌ぶりに、弟自身もそうだが、周りに居た人間の方が驚きを隠せなかった。

遥は、あまりに厳しい友人に、何故そんなに次郎に対して厳しくするのか? と、直接聞いた事がある。


──お母さんもお父さんも居なくなっちゃった。ワタシ、次郎にはもう甘えられないから。


そう応えた友人の横顔は、もう自分の知っている和姫ではなかった。


傍から見れば、弟が何時までも姉に対して甘えている様に見えていたが、友人は、弟に対する甘え捨てるのだと言う。

何よりも大事な者から愛されていた心地よい時を捨て、嫌われる覚悟をしたのだと。


彼女は、誰かに与えられる前に、大人になる事をえらんだのだと、遥は痛感した。


しかし、そんな友人はこの世を去った。理由はどうあれ、多くの問題と悲しみを残し、勝手にこの世を去ったのだ。

酷く甘えた話だと思う。無理に大人面をして、偉そうな事を言っておきながら、最後に最悪の甘えを捨てられなかった。


だが、彼女が残したのは悪いモノばかりではなかった。彼女の弟の布施次郎は、立派な青年になり、姉の跡を継いだ。

姉の葬儀の日に、東坂工場街全ての職人たちの前で、何一つ弱みを見せる事も無く、堂々とした態度で「僕が、次期『布施重工』社長の布施次郎です。よろしくお願いします」と言った次郎の言葉と表情には、覚悟があった。

その時、遥は知ったのだ。姉の覚悟を、弟はちゃんと理解し、それに習ったのだと。


そして、遥も覚悟を決めた。


──アタシの事、遥姉さん。って呼んでもいいですよぉ。


軽い態度は、自分自身に対いする戒めでもあった。

社長室で、初めて顔を合わせた次郎は、曖昧な笑みを浮かべながらも、決して『遥姉さん』と私を呼ぶ様な事はしない。

だから、企業に所属する一社員として、友人の親友として、この青年の姉に代われずとも、高潔な覚悟だけは、何があって最後まで守ろうと。そう、心に決めた。他の誰でもない、自分自身の為に。自分が次郎にとって、赤の他人である事は承知している。


だが、そんな遥の覚悟は大きく揺れていた。

『大江重工』から戻った次郎は、活気を取り戻した東坂工場街に顔を出すことをせず、昨晩からずっと社長室に閉じこもったきり、出てこないのだ。


「……昨日のジローちゃんの顔、あの時の和姫そっくりだったの……もう知らない人みただったの……」


遥は、物言わぬ和姫の墓前に崩れる様にへたり込んだ。

姉は、一人残った弟への甘えを捨てた。なら、もう誰も居ない弟は、一体何を捨てるというのだろう。

立場か、企業か、東坂工場街か。そのどれかでも、全てであっても遥は、別に構わないと思ってる。それが、次郎自身の命以外であるのなら。


「お願い…和姫。お願い……ジローちゃんを守って」


死者は何も応えない。生者で変える事ができない事を、死者すがってどうなるというのだろう。

だが、それでも、願わずにはいられなかった




『第22新隆起地』対する『大江重工』の行動は、非常早かった。

その速さは、不自然さを感じる程で、布施次郎が『大江重工』へ行った翌日には、20台を超えるコンテナが、ギルド宛に届いたのだ。


コンテナの内容は、主に最新式の携帯火器と弾薬、そして水や食料、医療品だったが、その中には隆起地に送るには、適当と思えない内容と量の物資が含まれており、今朝から『布施技研』より出向していたイヴァン・高安・イリンスキは、コンテナの前で首を傾げてた。


「備えが在るのに越した事は無いが…この量はなんだ? 此処で戦争でも始めようってのか?」


イヴァンが訝しんだ表情で眺めているのは、最新式の個人携帯用対戦車装備の数々である。

確かに、ギルド間での抗争い戦車や装甲車が使われる事は在るが、コンテナ三台分となれば、前線を一週間は維持できる量だ。ギルドが保有するには不自然だった。


「まぁ、どうあれ『シュガー・ヒル』と『誘拐屋』に対抗できる道具はそろった訳だ。すでに防衛線に配置してる警備に、装備は行き届いている」


其処にやってきたのは、ギルド長のジェームス改め、スパーキー・フレデリックと、イヴァンと同じく出向してきた俊徳道礼子だった。


「そうね、ステルススーツ対策も『吾妻電脳』から、AI搭載の指向性センサーUAVが届いたから、警備の穴も埋まるでしょう」


二人は、開発の遅延したスケジュール修正を行う為に、ギルド主要メンバーとの会談を済ませてきた後だった。


「まぁ…そうですよね」


イヴァンは、少し納得はいかないものの、問題の一つが改善の方向に向かっている事を素直に喜んだ。

『大江重工』からの物資供与は、前回に引き続き20億近い多額のモノであり、その半額を自社で負担するという、少し企業としては良心的過ぎる処置だった。

勿論、『布施技研』としては、その半額の負担に合わせ、条件が課せられたが、内容は実質の損害にはならないモノだった。


条件とは『シュテン』量産における製品ロットナンバーの共有である。

これにより、実質『シュテン』量産における『布施技研』の立場は、『大江重工』の直営下請けとなってしまう。が、出荷後の利益については、ライセンス生産時と何ら変わらず、経営難の『布施技研』にとって、考慮する余地も無い程の、軽い内容だった。


問題の深刻さは、新隆起地開発の遅延の方が遥かに大きく、『布施技研』では、工期短縮の為に、現在別現場で行っている重機改修を、此処『第22新隆起地』でも行う方向で話が進んでいる。


「ふぁあ…手伝うって言っても、何もできんしなぁ」


イヴァンは、コンテナの荷卸し作業の指揮を執る二人を尻目に、退屈そうな欠伸をする。

実質、運転を専業としている彼には、現場で出来る業務は少ない。できる事と言えば、重機を動かすか、メールを本部に送信する事くらいだ。


「…昔の女にでも逢ってくるか」


此処、『ジェームス・フレデリック修道会』には、かつては戦場で数多の戦績を残し、今は運搬作業の手伝いをしている多脚戦車の『キエフ』が在る。

中央統合軍で戦車乗りをしていたイヴァンにとって、特別な思い入れのある戦車だった。

暇を持て余しているくらいなら、開発作業の手伝いも兼ねて、運転させてもらうのもいいかもしれない。

と、そんな事を考えている最中、荷卸し作業の指揮を執っていたフレデリックの携帯端末が、けたたましい音を立て、緊急入電を伝える。


「どうした?」


「第19新隆起地から『シュガー・ヒル』の主力と思われる部隊の出撃を、哨戒中の警備が確認しましたっ! 戦車1、装甲車3、兵員は大隊規模です。映像、送ります」


フレデリックの携帯端末のディスプレイに映し出された映像には、鮮明に戦車と装甲車を盾に侵攻してくる男達の姿があった。


「早いな…奴等、此方の準備が済む前に、ケリを付けるつもりか」


「フレデリックさん、こっちの武装は?」


苦々しい表情でディスプレイを睨むフレデリックに声をかけたのは、現場を離れようとしていたイヴァンだった。


「…旧式ではあるが、装甲車なら6台保有している。しかし、装備は全て対人だ」


「ヤバいな、視界は水平線が見えるくらい開けてる上に、遮蔽物も無いし、航空戦力のゼロ…装甲車は何とかできても、戦車の射程に捕まる」


真剣な顔付きでディスプレイを覗きながら、イヴァンは対応を考える。


「どうなの、イヴァン。何か良い策はある?」


騒ぎに気が付いた礼子は、思いのほか落ち着いた顔で問うた。


「この戦車…『大枝興産』の履帯式戦車『白道』ですね。機体は旧式ですけど、砲塔は換装されてます。有効射程は3000近くあるでしょうね。それに、脚が早い上に欺瞞装備も揃ってますから、遠距離からの撃破は難しいでしょう」


「犠牲は承知で、肉薄しての直接照準しかないか…」


「いや、それも難しいですね…敵性歩兵の練度も勿論ですが、此処見てください」


戦車に接近しての直接撃破を提案したフレデリックに、イヴァンは、ディスプレイを指差しながら続ける。


「装甲車のセンサーポッドが温度感知式に積み替えられてます。隠れていても機銃の掃射は避けられません。こちらも装甲車を盾にすれば何とかできますけど、あっちに戦車が在る以上は……」


「打つ手無しか…」


絶望的な見解にフレデリックの表情が変わる。しかし、その表情は苦しいモノではなく、何処か清々しい表情だった。


「ちょっと待ちなさいよ。死に場所なんて初めから決まってるんでしょ? なら生きる場所を探しなさいよフレデリック。イヴァンの話はまだ終わってないわ、そうでしょ?」


礼子は、すかさずフレデリックの覚悟に釘を刺した。

彼は、軍属の家系に育ち、父と姉を戦場で失ってから、自分も同じく戦場で死ぬのだと確信していた。だが、まだ早い。


「ダー(はい)、勿論。航空支援が無い以上、戦車に対抗できるのは戦車だけです。ですので、こちらも戦車を出しましょう」


「戦車…そんなモノが何処にある?」


「居るじゃないですか、飛び切りの美女が」


イヴァンが飛び切りの美女と称賛するのは、開発作業で貨物車扱いをされている、六脚式多脚戦車『キエフ』の事だった。

旧式ではあるが高い機動性と、厚い装甲を持った戦車である事に変わりは無い。

何より、彼女に荷物引きなど似合わないのだ。彼女は戦ってこそ価値があり、そして美しい。

妻には申し訳ないと思いながらも、再び彼女と共に戦場を駆ける喜びに、イヴァンの心は躍った。


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