一話
タイトルから、某ゲームを連想される方も多いはずですが、ご了承下さい。
ファンタジーでは無く、SFです。
稚拙な文章かもしれませんが、読んで頂ければ幸い、作者と共に楽しんで頂ければ感無量です。
一話
第十三・四資源エリア奪還作戦は、東方企業連合の圧倒的勝利により幕を閉じた。
二十年の長きに渡り、中央諸国経済機構に実行支配されていた資源エリアでは、幾度と無く東方企業連合(東企連)所属企業の兵站部により奪還作戦が行われてきたが、結果、数多の兵士達を無駄に殺すだけで、実際の成果は皆無に等しく、過去13回の作戦での死者は12000人を超え、損失額は11兆円にまで達していた。
成果の見えない泥沼の戦争に東企連の首脳部の中でも、資源エリア奪還を一時的に凍結させる案が浮上する。しかし、その中で東企連所属『大江重工』取締役である大江久総より、新兵器の実戦投入案が立案された。
■
第十三・四資源エリア奪還作戦より、半年後。
炎天下の工場街を走るトラックの中で、布施次郎は窓の外を流れる景色に、小さく息を吐いた。
此処、東坂地区の工場街は、かつて東企連の本部が在る極東の島国でも一・二を争う中小企業の密集地であり、高い技術水準を持つ、職人の街だった。
街では昼夜問わず、工業機械の駆動音が鳴り響き、各工場内では錬達の技術者達が他の工場に負けじと、その腕を振るう。お昼や終業時ともなれば、此処で働く工員をターゲットに、まるでお祭りさながら毎日屋台が並んだ程、活気に満ちあふれていた。
しかし、現在。職人の技術を必要とした商品の製作は、大手企業による工業ロボットの導入により、その需要を一気に減らした。
産業の低迷で、新技術開発の機会が減った事も、その需要減衰に一役買っており、画期的な新プロジェクトや商品の開発など、職人の持つ長年の勘や経験を必要とする場面が少なくなった事も大いに関係していた。
今では、千と在った工場の半分が空き工場となり、シャッターが閉じられ、東坂工場街最盛期の面影は無いに等しい。
『弥刀鋼材』と小さな看板を立てた工場の前でトラックを止めた次郎は、車を降りると直ぐにスーツを脱いで、シャツのボタンを緩めた。
打ち水された工場の前のアスファルトからは、焼け石に水と言った様子で、小さく陽炎が立っている。
次郎は、濃いグレーのスラックスに、パリッとしたシャツと後ろに撫でつけた長い髪。と、何処か固い雰囲気だったが、その相貌は幼く、今年で十九歳のまだ少年に近い青年だった。身長も低く、黒光りする革靴もサイズが小さい所為もあって、何処か冴えない雰囲気を醸し出している。
あまりの暑さに、うんざりと眉を下げる表情は、唯でさえ幼い顔を、より一層幼く見せた。
「こんにちは~」
次郎は、半分開いた『弥刀鋼材』のシャッターを潜り、懐かしい匂いに胸を膨らませた。
鉄と油。胸が騒ぐ男の匂い、その奥に、プレス機の前で頭にタオルを巻き、無精髭と長袖の作業服を汗で濡らした男が、鉄の塊と睨めっこをしていた。
「社長っ! 戻ったよっ!!」
「……おぉっ!坊ちゃん、久しいじゃないかっ! 男前になったな」
気が付いた男は、手袋を外しながら次郎を工場に迎え入れる。
『弥刀鋼材』社長の弥刀幸志である。
社長と言っても、従業員は家族を含めても十人と居ない零細企業だが、東坂工場街でも屈指の旋盤技術を誇る職人達を有する親方だった。
「昨日、息子と同じ便で戻ったって聞いてたんだがよ。まぁ、座りな」
幸志は、事務机の前に在る、ボロボロのワークチェアを次郎に勧めると、裏返したビールケースにドカッと座り、大声で『ユキコーっ!お茶持ってきてくれーっ! ふたつなぁ』と二階に続く階段に向かって叫んだ。
「ホントは、昨日の内に来たかったんですけど、ボクが不在の間に色々とあったみたいで、なんか、スイマセンね」
「イヤイヤ、仕方ねぇよ。その歳で、東企連所属企業の社長なんだから、無理しなくていいんだよ。それよか、先にちゃんと礼を言っておきたくてよ……無事、息子が徴兵から帰って来てくれた。ありがとう」
幸志は、頭に巻いたタオルを取り、深々と、最近めっきりと寂しくなった頭を下げた。
東企連所属『布施技研』は、此処、東坂工場街を取り仕切る企業であり、『東坂工場街技術組合』こそが、『布施技研』そのものであると言っても過言ではない。
初代社長である『布施一郎』は、東坂工場街から、腕一本で企業し、地元中小企業を束ね、名だたる大企業と鎬を削った剛腕の持ち主だった。
時代の流れに乗り、技術の最先端を進んだ『布施技研』と『東坂工業技術組合』は、何時しか東企連でも大きな発言権を持つ複合企業として名を馳せる事となる。
そして、その5代目社長こそ幸志が坊ちゃんと呼ぶ、布施次郎なのだった。
「そんな、お礼を言われる事じゃないですよ」
「いや、先代が亡くなってからと言うモノ、組合の力も今は無いに等しい…一昔前までは、長男の徴兵は免除されていたのに、最近は当たり前の様に跡取りを攫って行きやがる。向山さんトコの跡取りも、三年前の戦争で死んじまって、オヤジは工場を閉めちまった。このままじゃ、工場街も技術も絶えちまう」
東企連は、各企業に対し『企業徴兵制度』を導入し、兵站部と言う部署の設置を義務つけていた。
毎年の人事異動のおり、18歳以上の男性社員は二年間の期限で兵站部への異動が行われ、訓練と有事の際の戦闘員として、戦地に駆り出されるのだった。
しかし、全ての社員が、と言う訳では無い。企業内でも、力の在る重役やその息子は、特例として免除される。徴兵の形は変われど、何時の世もこの手の特権は同じだった。
「責任は、ボクにもありますから……父さんが、奪還作戦に失敗しなければ。ううん、あの時、戦死しなければこんな事にも」
「いや、違うぞ坊ちゃんっ!! 先代は、ただ廃れて行くだけの俺達の為に戦ってくれたんだ。誰が何と言おうとも、組合は先代を悪く思ったりしねぇ!!」
力無い次郎の肩を、幸志は強く掴んだ。
続く敗戦と、産業の停滞により、衰退した『布施技研』の先代社長は、他企業の圧力を受け、無謀な奪還作戦の指揮を任され敗れ去った。先代の死因は狙撃による心臓への一撃で、戦地より送還されてきた遺体の中では、随分とマシな方だったが、背中から心臓に届いた弾丸の線条痕は、東企連共通のライフルと同じであった事を、次郎は誰にも言っていない。
「そう言って貰えて、父も浮かばれます……」
「これからは、坊ちゃんにメイドイン布施・東坂を背負ってもらわなきゃなんねぇのに、情けない顔しなさんな」
うっかり、涙が出そうになるのを、必死に堪えた次郎は、ぱっと顔を上げて無理矢理にでも、笑顔を創る。そんな、姿に幸志も少しホロリと来たが、男は我慢。同じ様に、ニッかりと笑顔で返した。
「なにしてんのよ、男同士で気持ち悪い……」
どっぷりと男の世界に使っていた二人の頭上から、まるで冷や水でもかける様に、少女が声をかけた。
『弥刀鋼材』の従業員であり、紅一点であり、幸志の娘の弥刀幸呼だった。
色素の薄い長い髪を、後ろに纏め、幸志と同じ作業ズボンに、キャミソール一枚と、セクシーないでたちの少女だったが、全体的に何処か色気に欠けている。
「おかえり次郎。久しぶり……」
一瞬、次郎の顔をジッと見詰めた幸呼だったが、ふと顔を背け「相変わらず……チビねっ」と、そっぽを向く。
「ただいま。ユキちゃんも、相変わらず……」──無いね。
何が無いかは、言わずもがな。あえて言いうなら、色気、気遣い、乳、モモ、尻…etc。二年離れて戻って来たが、人とは変る様で変らないモノだな、と次郎は苦笑を浮かべた。
しかし、幸呼は、次郎のそんな心の内も知らず「……次郎、今…チョットヤラシイ事考えてるだろ?」と頬を染めながらお盆に乗ったグラスと冷えたお茶の入った容器を事務机に置いた。
──いや、だいぶ残念な事を考えてる。とは勿論言えず、複雑な無表情を貼り付けた次郎。
幸志はその心境を知ってか知らずか「そっ!そういやよぉ、随分デカイトラックで来たみてぇだけど、何が積んであるんだ?」と、少し焦った様子で、ビールケースから腰を上げ、次郎も「アア、ソウダッタ」と何故か棒読みでソレに応え、二人して工場の外に停めたトラックに向かう。後に残された幸呼は、何処か釈然としない顔でグラスに冷えたお茶を注いだ。
「社長。シャッター開けてもらえますか」
トラックに乗り込み、ギアをバックに入れた次郎は、慣れた手付きでシャッターの前までカバーの掛った荷台を近づける。
幸志は、外でカバーを外した方が楽じゃねぇか? と考えたが、荷台に掛ったカバーが対透過仕様になっている事に気が付き、黙って言われた通りシャッターを開ける。
「ナニナニ、おみあげ?」
「……どうかな?」
窓から顔を出し、工場内にトラックを入れる次郎の表情は、何処か真剣だった。
早くも荷台に飛び乗った幸呼は、好奇心に瞳を輝かせながらカバー越しに伝わる感触に心躍らせる。
幸呼は次郎より一つ年下ではあるが、此処『弥刀鋼材』の立派な職人の一人である。
父親譲りの勘の良さと、女性独特の感性は分厚いカバー越しにも、金属の持つ硬質で熱い鼓動を感じていた。
「どうした。中央の鹵獲兵器かナニかか?」
シャッターを締めながら、幸志は荷台で瞳を輝かせる娘に小さく微笑む。が、その表情が見る見る内に険しくなっている事に気が付いた時には、既に遅かった。
「コレって………次郎っ!! コレっ、一体どういう事なのよっ!!」
カバーの下の手触りで捉えた特徴的な関節系に、幸呼は激昂し声を荒げた。
まるで、毟り取るかの様に荒い手付きでカバーを引き剥がすと、トラックから降りた次郎に飛び掛かって胸倉を掴んだ。
「なんで……なんでコレが……次郎っ……なんで……」
次郎は、目の前の少女の瞳に様々な感情が映るのを、そして、その瞳に映る自分の表情を、ただジッと見詰めるしかなかった。
怒り、喜び、悲しみ、憐れみ…そして、それら全てを溶かして、涙は幸呼の頬を零れ落ちた。
荷台より姿を露わしたのは、全長3mの人型を摸した無骨な金属の骨格だった。
「……坊ちゃん、コイツはぁ……陸式じゃないか……」
幸志はトラックの荷台を信じられないモノを見る様な顔で見詰めながら呟いた。
ソレは、此処に在ってはならないモノだった。否、本来ならば、この世に存在する筈の無いモノだった。
「大江重工製・双脚式機動戦車『シュテン』……フレームだけですが、ソレが正式名称です。姉さんの…僕達の陸式では、ありませ…」
血を吐く様な次郎の言葉は、少女の嗚咽によって掻き消された。
此処に居る、否、東坂工場街に居るすべての職人なら、このフレームのみが残された荷台に眠る機体を見れば、コレが何かを直ぐに理解できるだろう。
それは、二年前。父を失い、その小さな肩に企業と東街工場街の未来を背負った姉弟が、職人達と共に、行く末を賭けて生み出そうとした夢の機体だった。