表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第一章 俺の腕、売ります。
5/14

第4話「はじめての星環騎士戦(前夜)」

 腹が満ちれば、少しはまともな頭も回るのか。

 沖大地はそう思い知った。

 腹いっぱいでさえあれば、こんな面倒に巻き込まれずに済んだのに。

 腹が満ちれば頭も回るのか。

 大地が落ち着いたのは竹島に連れられた焼き鳥屋でのことであった。

「聞いてくれ。健ちゃん。 俺、星環騎士艇なんて乗ったことないんだよ」

 先ほどまでのどもりも中途半端な空腹が原因だったのかもしれない。

 10本以上の焼き鳥が串だけになって、大地はようやく事情を話すことができた。

 大地は今日自分に起きた出来事、駅でIDを拾って以降のことをそのまま伝えた。

 焼き鳥をしがむ竹島の手は止まらない。

「実機にまだ乗ったことがないってこと? ひよこリーグならそんなの珍しくないよ」

 だから、怖がるなよ、と竹島は笑顔で首をくいっと傾ける。

 串を加えたまま。

 数秒の沈黙。

 通じてなかった。

「そうじゃなくて、実機どころか星環騎士艇を間近で見たこともなければ、シミュレーターをやったこともない」

 竹島は、大地の発言の意味を反芻しているようだった。

「じゃあ、何で騎士登録に同意したん? ていうか。うちの事務所に何しに来たん?」

 ごもっともな疑問だ。

 だが、やっと話を聞いてくれる姿勢になった。

「は?」

 惚けないでくれよ、俺だってどう説明していいかわかんねえんだよ。

 拾ったIDが同姓同名で

 住民サービスネットに繋いでみて

 騎士採用通知が届いていて

 落とし主がわかるかもと赤銅騎士団しゃくどうきしだんの事務所に押取り刀ではせ参じましたぁ?

 自分で体験したことでも疑わしいわ。

 満腹になった身で考えたら、とんでもないわ。

「こうしちゃいられねえ、戻るぞ」

 竹島は皿に残されていた焼き鳥を全部引っ掴むと、奥に向かって叫んだ。

「おばちゃん、入れ物くれ。急用なんだ」

 脱兎のごとく事務所へ引き返した大地と竹島。

 そこには明日の騎士戦に向けた事務作業をようやく終え、ソファに寝そべる白石しろいしの姿があった。

「あら、お帰りなさい。旧交を温めるのは済んだ? 大地くんに明日の段取り説明したら、私は帰るから――」

「白石姐さん、大地はね、こいつは素人です。大地は星環騎士を動かせません」

 白石は身を起こすと、右斜め上を見ながら唇をすぼめた。

 大地はその仕草にドキッとする。

 さっきも思ったけど、この人、キツネ顔の美人でめっちゃ俺の好みだ。

 だいぶ年上っぽいけど。

「……」

 あ、なんか下向いちゃった。

 横では俺の代わりに行き違ったいきさつを竹島が必至に弁明している。

 やがて、白石はお腹にたまった息を一気に噴き出した。

「誰のせいでもないっ。と、う、ぜ、ん、私のせいでもない!」

 破れかぶれとばかりに白石は何かを両手で放り上げる仕草をした。

「とりあえずっ、いない奴のせいにするっ。

 まず。本物の方の沖大地っ、どこに雲隠れしやがったっ。

 それと、オーナーぁ、全然事務所にも現場にも顔出さないくせに騎士決めやがった!

 騎士艇やらかした挙句に大けがまでぶっこいた、あの盆暗ぁ、退職金だけ持って行きやがった!

 こんな赤貧騎士団、もう辞めてやるっ。

 試合なんかぶっちして……」

「……」

 不意に白石が黙り込んだ。

「ぶっちしたら、うちだけ潰れるんだよ!

 騎士運は運営だけやってりゃいいなんて涼しい顔しやがって、本人確認は騎士管に投げてっ。

 騎士管は規則の範囲外で逃げやがって。

 じゃあこの穴は誰が埋めるんだよ!」

 これは、ひと際デカい二段式ロケットだった。

 背の高い美人でスタイルもいい白石が怒鳴ると、男2人は竦みあがってもう何も言えない。

「竹島っ」

「はいぃ」

 立ち上がった白石に睨まれて、竹島の背筋が後ろにくの字になる。

「貴様は残業代、深夜手当なしでこれから、朝まで付き合え」

「えぇぇぇ」

「倉庫のシミュレーター立ち上げてこい、今すぐ、ダッシュ!」

 悲鳴を上げながらも竹島は言われるままに飛ぶように事務所の奥に駆け込んでいった。

「同姓同名は、盲点だったわ」

 ニッコリ笑った白石。

 でも、不思議だな。

 ここから逃げた方が良いって、ご先祖様が警告をしてる気がする。

 大地は後ずさろうとするが、欲望に負けた両脚がまるでいうことを聞かない。

「善意でここに来てくれた坊やには悪いんだけどぉ」

 白蛇のように忍び寄った白石の手が大地の指を絡めとる。

(こ、恋人繋ぎ。嘘…)

 白石はできる女である。

 それは単に仕事ができるというだけではない。

 必要があれば自分の魅力を武器にも防具にもできるその胆力。

 先ほどからの大地の反応は明らか。

 この青年のIDで登録済という奥の手はあるが、人間関係が初手から脅しで繋ぐのはまずい。

 先に使える手を使う。

 大地の耳元への吐息まじりの甘いささやき声も、もちろん使う。

「デブリ撤去作業船の経験は、あるのよね?」

 嫌な予感しかしない大地。

 しかし、先ほど覚えた疼きと根拠のまったくない期待感が大地の体の中を駆け巡る。

 こんなミエミエの罠。

 誰が飛び込むものか。

 誰が逃げずにおくものか。

 でも餌はとびっきり旨そうなんだ。

「脚なんてぇ、飾りだと思わない?」

「思いますっ」

 何で返事をしてしまったのか。

 人差し指を唇の横に添えた白石から目を離せない大地にはもう訳が分からない。

「白石の姐さん、準備おっけーです」

 逃げ道は、ない。

「よし。じゃあ、行こうか。大地くん」

 もたもたしているうちに罠の扉は閉じて、餌もきれいに姿を消した。



 赤銅騎士団倉庫内のシミュレーター室。

 深夜のシミュレーター室には、換気扇の鈍い回転音と、安物の機械油の臭いが立ち込めていた。

「あーっ、このフィードバック。意味わかんねえ。なんで右脚と左脚で、走り出しのテンポが違うんだよ」

 コクピットを模した狭いシミュレーター室内で、沖大地は汗を流し続けていた。

 リセットボタンを押すと、初期画面に切り替わる。

 モニターに映っているのは、不格好な星環騎士艇。

 これが大地の愛機、『赤銅鬼しゃくどうき』である。

 他チームが煌びやかに槍、ランスやスピア、大楯を構える中、大地の乗機が装備しているのは、中古の土木重機から剥ぎ取った超硬度ワイヤーと、粉砕機の爪を組み合わせた「鎖鎌」。そして、一見、ナックルガードを装ったパンチングナイフ「ジャムダル」だ。

 ほぼ素人の俺が操縦するってのはハプニングとして、こんな装備で勝つ気はあるの?

「大地、武器が珍妙なのもそうだがカビの生えかけた制御OSにかけたアップデートが突貫なんだ。多少粗削りなのは、回数で慣れてくれ」

 シミュレータ―の外にいる竹島が、あくまで軽口で、そして呑気にエナジードリンクをぐいっと煽ってくれる。

 それにしても、何でいまごろアップデートしてんだ?

「慣れてるデブリ除去艇のアーム操作と、この『赤銅鬼』の腕感覚と鎖鎌は感覚が近い気がする。こっちはまあ、なんとかするよ。でも脚は、歩くのがせいぜいだ。癖が残ったまんまじゃ。走って移動とか明日までなんて無理だよ。実機で一度、感覚を確かめさせてくれ」

 その言葉に、それまでデータ端末を睨んでいた白石マネージャーが、疲労の滲む顔を上げた。

「気持ちはわかるけど、明日の試合に備えて、委員会の事前検査に出しちゃった後なの。もう終わっていると思うけど、検査後の機体に私たちが触れば不正の疑いで即失格の危険があるわ」

「実機が事前検査ってのは、分かってますよ。俺が聞いているのは代船はないのかってことですよ。1機だけってことはないですよね。大破したら次の試合とか、もうアウトじゃないですか」

白石と竹島が顔を見合わせる。竹島が気まずそうに目を逸らし、白石は、あなたから言いなさいよと顎で合図を送った。

「……あー、大地。言いにくいんだがな」

 竹島が頭を掻きながら、重い口を開く。

「明日、お前が乗るその機体、『赤銅鬼』が、それが本来の代船なんだ」

「は……?」

 深夜までの特訓の疲れもあって、大地の思考が動きが止まる。

「前回の試合でさ。前の馬鹿が、メイン機を文字通りスクラップにしやがってな。その、本人以上に」

 本人の部分で大地が嫌な顔をする。

「誤解するな。命に別状はない。その、自前の脚が2本、使えなくなっただけだ」

「脚は2本しかないんだよ!」

 次回予告。


 星環暦元年。

 資源の枯渇した地球を捨てた人類は、太陽と惑星の重力が均衡する地点に、新たな故郷「星環」を求めた。しかし、繁栄の影で争いの火種は絶えず、人類は再び凄惨な過ちを繰り返す。

 15年にも及ぶ不毛な「星環群大戦」。

 その傷跡の上に、人類は恒久の平和の祈りを込めて、星環連合を立ち上げた。

 そして、大戦の哀しい記憶を糧に全面戦争を回避するために生まれた星環騎士戦。

 それは戦争の衝動を娯楽へと昇華し、政治の正統性を可視化する巨大な装置。

 制度設立から200あまり過ぎた今では、全面戦争を避けるための代理装置である星環騎士戦は、大衆を熱狂させる究極のエンターテインメントへと変貌を遂げた。

 英雄が富と名声のために消費される歪んだ社会。

 宇宙においても、人類が戦争を捨てきれない未来で、一人の青年の戦いが幕を開ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ