第3話「間違った幸運」
絶対王者とは身分ではない。 現在進行形の伝説である。勝利ある限り――
炎城志朗
第39代 星環騎士戦 王者
第40代 星環騎士戦 王者
第41代 星環騎士戦 王者
「ただいま」
希倫がドアを開けたとき、兄の気配はまだ残っていた。
「兄さん?」
だが、狭い長屋にはその姿はなかった。
トイレも電子シャワーも誰かが使用している様子はない。
ほかに人が隠れられるような死角もない貧乏長屋だ。
あるのは、開けっ放しの電子レンジ。
食卓には未開封の、まだ温かい冷凍弁当。
つけっぱなしの、液晶の端が欠けた端末。
そこに踊る文字列を見た希倫は息を呑んだ。
《沖 大地 様 赤銅騎士団の 星環騎士として 採用を 通知いたします》
希倫の脳裏に、言葉巧みに生活にゆとりのない人たちを釣っていく闇ブローカーの姿がよぎった。
「兄さん、まさか、こんなミエミエの詐欺に……」
誰の返事もない。
胸を刺すような予感に急かされながらも、希倫は、抱えていた紙袋を冷蔵庫に押し込んだ。
乱暴に靴を履いてそのまま外へ飛び出した。
「星環騎士」の採用通知が、こんなところに届くはずがない。
兄はいったい、どこへ向かったのか。
「赤銅騎士団なんて、聞いたこともないわよ」
大地が向かった先は、希倫の危惧通り、赤銅騎士団であった。
メールに記載された事務所の所在地がここである。
「本当に、ここなの?」
大地の目の前にあるのは、およそ騎士団という名前からは程遠い代物だった。
雑居ビルの並ぶ一角に埋もれるようにして佇む事務所。
ぼろぼろと断じるほどではないが、せめて窓を拭いてはどうだろうかと感じる程度にくすんでいる。
ドアの方も、ペンキ塗り直しましょうかとこちらが頼みたくなる。
ドアにはこれも手書きで、「赤銅騎士団」とぶっとい文字で書かれたプレートが引っ掛けられている。
一丁前に入口に
《入室前に必ずIDをかざしてください。》
と注意書きがあった。
センサーに自分のIDをかざした。
少しして、女性の声がインターホンから聞こえてきた。
「どちらさまでしょうか」
大地は咳払いをして、答えた。
「あの、沖大地です。俺、……」
そちらで採用された騎士と同姓同名なんですけど、と続けようとしたのだが、インターホンとドアの向こうからガタガタガタンと大きな音がした。
誰かがドアの前まで駆けてくる音が聞こえる。
鍵を開けようとガチャガチャガチャガチャ……
内外が逆ならすわ強盗かと思う荒々しさである。
IDを落とした本人かな?
よほど、困っていたのかしらん。
大地は自分のIDをしまい込み、拾った方のIDを取り出した。
いきなりドアが開いた。
本来、ドアは上から開かないものだ。
倒れてくるドアを避け損ねた大地はドアと地面に脚を挟まれるという珍しい体験をした。
「ごめんなさい、沖さん。怪我はない?」
ドアと一緒に大地の脚に乗っかっていたのは意外にも事務服姿の女性だった。
拾ったIDはどこかに飛んでいったようだ。
辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
「とりあえずどいてください」
幸いにも打ち身で済んだようだった。
大地をドアごと押し倒した女性は、大地を中に招きいれてくれた。
「そこのソファ……」
ソファはあった。
整理整頓を諦めたリサイクルショップのようだった。
「気にせず座って、通信用のモバイルを持ってくるから」
何か間違っている気がしたが、大地はソファの上の新聞やら工具やらを脇に避けて座る場所を確保した。
大した間もなく、先ほどの女性が弁当箱より少し大きなサイズのモバイルを手にして戻ってきた。
そう言えば、温めた弁当を食べずに放り出してきたのだった。
くう、と大地のお腹が鳴った。
「まだ名乗ってなかったわね。私は赤銅騎士団の経理兼人事マネージャーの白石美月です。よろしくね」
大地は差し出された手に応えて握手した。
自分よりはけっこう年齢は上のようだが、事務服の上からでも素晴らしいラインの持ち主とわかる。
落とし物を届けただけで終わるの、癪だな。
さっきので、骨でも折れたことにしようかしら。
残念だが、ここはアウェイの場だ。
節度は守らなければいけない。
「あの、騎士の、件で……」
同姓同名の名前が書かれたIDを拾ったのだ。
届けに来たのだと、うまく声に出なかった。
手元にIDがないのもまずかった。
あらくれやごろつきに囲まれて平然とできても、まだ19歳の男。
格好良く切り出そうとして、むしろどもってしまい、何を言っていいのかわからなくなってしまった。
「そう、騎士の件、本当に心配したんですからね」
白石は目を吊り上げた。
大地の背筋がピンと伸びる。
「沖……くん? 騎士登録は今日で締め切りなのよ。……あなた、本当に沖大地?」
白石は通信モバイルをのぞき込んで、大地と見比べている。
「俺、本当に沖大地って名前です」
いぶかしげな白石に詰め寄られて、それなのに舞い上がってしまう。
よく見たら、この白石さんって、切れ長の吊り目に、すっきりとした輪郭、凛とした鼻筋、クールな美人系で、スタイル抜群って俺の好みドンピシャじゃん。年齢以外は、たぶん。
胸の高鳴りが鳴り止まない。うまく言葉も出てこない。下半身が妙にむず痒い少年のように太ももをギュッと締めた。
しかしさっきから、話が、きっと食い違っている。
自分はただ、IDを届けに来ただけなのだ。
落とし物のお礼がもらえないか、交渉するとか、それどころではなかった。
「…若すぎるわよ、ね?」
白石は挙動不審な青年を前に、通信モバイルを操作して先ほどの入場チェックのデータを呼び出した。
《沖 大地 オキ ダイチ 所属:瑞穂》
名前は本当に沖大地くん。
でも、オーナーから聞いていたのは他所の星環の騎士。
改めて観察したところ、せいぜい二十歳かそこら。
こんな少年みたいな若者が騎士とは……
先日、絶対王者を破った騎士はこの子より少し上くらい。
「わっ、なんだこれ」
表から男の声が聞こえた。
外れてしまったドアは入口の外に避けたままである。
部屋に入ってきたのはカーキ色のジャンプスーツを着た若い男だ
「白石の姐さん、またしても、やっちゃった?」
「下手糞な修理のわびとして、直しておいてくれる?」
「ドアはまあ、あのまま使うとして、細かい部品あるかな。…誰、その子?」
その男性は大地に興味を持ったようだ。
これ以上、人が増えて退場しにくくなる前に、表のどこかに転がっているはずのIDを見つけてさっさと渡して立ち去るべきか。
男性は数秒ほど大地の顔をしげしげと見つめていた。
そして、合点がいったという風に手を打った。
「大っちゃん? 大っちゃんだよね。沖大地だろ?」
男は胸をそらして自分の胸を叩いた。
「俺だよ、竹島、竹島健司。ひっさしぶりー。元気?」
この軽い喋り方には、覚えがある。
家族が3人になった頃、うるさいくらいに構ってきた2つ年上の近所のガキ大将。
「健ちゃん? 10年? ぶり?」
竹島が白石そっちのけで大地の頭をわしゃわしゃする。
「そのくらいになるかな、うちの親父が一山当ててからだから、8年? かな。まあ10年ぶりでもいいや。飯行こう、飯」
一方的にはしゃぐ竹島。
固まった白石をよそに飯屋に連れ出そうと大地の手を引いた。
「ストップ」
間に強引に割り込んだ白石。
「騎士登録の締め切りまで、あと3時間もないの。もういいわ。タケタケ、あんたが身元保証人、それで行くわよ」
こんどは竹島が固まる番だった。
「星環騎士?……え?」
竹島の視線が大地の方へずいっと流れる。
「大地、おまえ……」
大地は誤解だと、拾ったIDを届けに来ただけだと言いたかった。
竹島が大地の体をがばっと抱きしめた。
思いきり抱き締められて、声を出すどころか息が出来なくなった。
「やったな、がんばったんだな。一緒に働けるぞ。この赤銅騎士団は最底辺も最底辺のリーグだけど、お前は立派に騎士、俺はメカニックだ」
抱きしめて、ガンガン揺らしてくる。
こいつ、昔から馬鹿力だったなあ。
「再会の喜びはちょっと後にしてもらえるかな? それから、自分の騎士団を最底辺リーグって言うのやめなさい。せめてひよこリーグにして」
手続きを進めていた白石が冷めた目で二人を見た。
いや、喜んでいるのは健ちゃんだけなんですけど。
「騎士戦はとっくにエントリー済み。なのに締め切りの今日になっても肝心の騎士が来なくって、戦わずに違約金で倒産ものかと冷や冷やだったんだから」
白石は通信モバイルを大地に差し出す。
「大地くんのIDを登録したら、完了だから」
大地の足元に転がったIDを見つけた白石。
「いいわ、やっとく。ご飯でも行って旧交を温めてらっしゃい。ただし、」
白石が時計を確認する。
「明日は、大地くんが、ひよこリーグデビュー戦。準備があるから、今から3時間までね」
今度は大地が固まる番だった。
――え? 俺、明日、星環騎士に乗るの?
《星環騎士戦応援に関するお願い》
――注意喚起
撮影現場/広報兼注意喚起用プロモーション映像
絶対王者としてトップリーグをけん引し続けてきた炎城志朗を倒し、第42回星環騎士戦優勝を遂げた礼文慎のもとに、星環騎士戦運営委員会、通称:騎士運から広報兼注意喚起用プロモーションに出演するよう指令が入った。
それぞれの星環群には大戦などで大破して人が住めなくなった、廃棄された星環がいくつか残されている。
これらは本来、星間連合大統領の名の下に立ち入りを一切禁止されている。
例外として、星環騎士戦の舞台としてのみ、極めて限定的な利用を許可されているのみなのである。
星環騎士戦は、憧れる者たちが追いかけてやまない星環群の華である。
このプロモーションは、一般人が星環騎士戦を真似て、廃棄された星環及びその周辺の廃棄指定区域にに立ち入らないよう、注意喚起するものである。
撮影ブース外のガラス越しスペースに、所属する騎士団の仲間たちが並んでいる。
だが、居て欲しい人はいない。
だが、顔を、思い出せない。
両親と、親友の顔を。
「では、炎城さんのプロモとは作風を変えて、穏やかな風のイメージで、お願いします」
穏やかな風のように演技しろとは?
素人に指示するなら、もっと具体的にしてもらいたいものだと礼文慎は思った。
「あれも、いいプロモなんですが、5年も回すと、みんな飽きてきちゃって」
たくさんの撮影機材が並ぶスタジオの空気が、彼がカメラの前に立った瞬間に温度までが音を立てて変わった。
「はい、慎くん。スタンバイ入ります。カメラ、回して」
助監督の声が響くと、先程までスタッフと台本の確認をしていた時の真剣な面持ちを消し去り、笑みを浮かべた。
彼の纏う騎士の衣装は、スタジオの照明を反射して強く輝いている。
「本番、三、二、一……アクション!」
慎はカメラのレンズの向こうに、やんちゃな少年少女たちをイメージして、眼差しを優しいものに意識する。
「……よい子の皆さん、こんにちは。礼文慎です」
少し、困ったな、という表情を作り、続けて先ほどよりも満面の笑みを浮かべる。
「騎士の真似をして廃棄された星環に近付くのは絶対にやめてください」
「とても危険な場所です。僕との約束ですよ。画面の前で応援してください」
人差し指を立てたところで監督からストップがかかった。
「ええっと、慎くん、次は、もう、少し、こう、棒読みを意識して。上手いんだけど、上手く言おうとしなくていいから」
「もっと初々しさが欲しいのよね、こう、なったばっかりです感がね」
監督の言う通り、慎は若き王者だ。
だから、気分を顔に出すわけにはいかない。
「あ、そうですか。わかりました」
軽く返す礼文慎。
慎としては、今ので十分じゃないかと反論したいところだ。
とはいえ、この場の主役は自分でも、主人は自分ではない。
スタジオ内を見まわしてみると、微妙な雰囲気に変化していた。
抑えたつもりだが、態度に出ていたのかもしれない。
慎は一つ深呼吸して、頭を下げた。
再びカチンコが鳴る。
「本番、三、二、一……アクション!」
慎は今一度自己暗示をかける。
僕にできないことはない。
慎は少しだけ肩の力を抜いてみた。
その若干だらしない感じが、いかにも場に不慣れな風に演出した。
あとは語り口だ。
慎は自分の記憶の中にちょうどいい場面がないかを探した。
そして、最も感情を殺した場面を引き当てた。
(「僕はXXXXになります」)
カメラに向ける視線をさっきより低く。
(「僕のXXや親友のXXは、あの大災害でXXりました」)
声も先ほどのように子供に話しかける風ではない。
無機質に、虫相手のように調整する。
(「最高のXXXXになって、XXやXXのような×を繰り返させません」)
「……騎士の真似をして廃棄された星環へ行くのは絶対にやめてください」
さっき覚えた反発や不満よりも、過去のトラウマに触れてしまったことが棒読みに説得力を持たせた。
こんな声にするつもりじゃなかったのに。
カメラのレンズに映る自分の顔。
声以上に感情が乗っていない。
そこにいるのは星環騎士でも王者でもなくあの日の自ぶ――
脇で待機していた助監督がやり過ぎじゃないですかとでも言いたげに眉をひそめ、監督の方を見た。
「おっけー、感じ出てたよ。さすがは、若きキングだ。君ならやれるって信じてたよ」
わざとらしく感激した風の監督は、慎に大げさな握手をした。
今になって棒読みの模範演技ですか。
それも、わずかな時間だった。
監督は慎の背中越しに騎士運の委員長の姿を見つけると、慎など初めからいなかったように駆けて行った。
「ええ、ええ、プロモは明日から差し替えです。撮影ならたった今、ええ、いいのが仕上がりますよ」
炎城志朗ver
「よい子のみんな、騎士の真似をして廃棄された星環へ行くのは絶対にやめよう。
あそこはとても危険な場所だ。
俺との約束だぞ。
画面の前で応援してくれ。」




