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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第一章 俺の腕、売ります。
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第2話「転機」

人は選ぶと思っている。

多くの場合、選ばれていることに気づかない。

 いつもよりも重い足取りで駅に向かう沖大地。

 足元の安普請な打ちっぱなしコンクリートが余計に大地の気分を凹ませる。

 大地は空腹だった。

 空腹の不満に収まらない怒りが混ざり合い、胃液がのどの入り口までせり出してきた。

 駅に着いた大地は、そのまま備え付けのATMに向かった。

 帰宅するより前に確認できるのはありがたい。

 帰宅後に約束通りでなかったら、電車代にせよ電話代にせよ、文句をつけるのに余分なお金がかかってしまうところだ。

 ATMに大地は自分のIDを読み込ませた。

 いつものとおり自分の名前を打ち込むと、現在残高が表示された。

 ドッキングベイに無事にたどり着けてさえいたら、ここにはそれなりの額が映し出された筈だった。

「本当に基本給の半分じゃねえか」

 こういうときだけ正直者な親方。

 来週も顔を出せば、仕事を回すというのも存外に本気なのかもしれない。

 一度深呼吸をして、大きなため息を吐き出す。

 溜息だけで不満や怒りと一緒に、貧乏も吐き出してしまえたら、どんなに楽なことだろう。

 とはいえ、不満や怒りを溜め続けたところで、比例して貯金額が増えるわけでないのだ。

 みんなが貧乏なこの瑞穂みずほで、この理不尽を訴える場所があるわけでもない。

 人は資源として大事にされる。だが、大切にはされないのだ。

 金にならないなら、切り替えるしかない。

 足元に目を落とすと、ちょうどつま先のところに木片のようなものが落ちていた。

 普段なら放って置くところだが、ひょいと摘まみ上げた。

 金の入りが今一つな大地にはどんな藁でも欲しかったのだ。

「ID?」

 汚らしくてゴミかと思ったが、表面は傷だらけで擦れて「沖 大地」の名が記されている。

 なぜこんな場所に?

 住民サービスに普通にログインできちゃうだろ。

「うちと同じ苗字……瑞穂にもいたんだ」

 大地はなるべく自然に周囲を窺った。駅だけに人影はあるがまばらで、こちらを注意していそうなものは見当たらない。

 その場に捨ててしまおうかとも思ったが、何とか持ち主を探してお礼をせしめるのも悪くない。

 大地はそう考えてIDを内ポケットにしまい込んだ。



 出費を少しでも減らそうと一駅歩こうと裏通りへ入ると、それまでの牧歌的な景色から空気が一変した。

 けばけばしい色彩の看板。

 塗装がとっくに剥がれた壁。

 すべての星環群を合わせた星環連合の中でも経済的にワーストクラス、いやワーストワンの瑞穂においてすら、厳しい地区。

 景観の貧しさとは裏腹にゴミは散らかっていない。それがかえって物悲しい雰囲気に拍車をかけていた。

 男たちの野蛮な罵声に交じって、肉と肉がぶつかる馴染みのある音が聞こえていた。この先の曲がり角、通り道の辺りからだ。

 時折、金属音が混じって響いてくる。

 引き返そうかとも思ったが、どうせ自分も見た目はここの住民と大して変わりゃあしない。

 警戒はしつつも、そのまま進んだ。

「立て、立て、お前に今日の酒代全部、賭けてんだぞ」

「立つな、そのまま寝てろ」

 ずいぶん物騒である。

 もう少し早く大地がここに到着していれば、たいそうな喧嘩を見ることができたのだろう。

 喧嘩していたのは二人のゴロツキ。

 すでに一人はこと切れたように地面に突っ伏していた。

 残る一人は勝利を確信して腕を振り回している。こちらの顔も痣だらけだ。

 なぜ二人だけの喧嘩とわかるのか。

 二人の首には一対一を証明する鎖が巻き付けられていたからだ。

 チェーンデスマッチ。

 目にするのは久しぶりだ。

 実にくだらない。

 本人同士にどれほどの因縁があるのか。

 命がけで清算しなければならないほどの何があるというのか。

 2人の手首または首を金属製の鎖で繋ぎ、逃げ場をなくした、最後の最後の決着のための喧嘩。

 憎み合う同士許せない者同士が物理的に離れられなくする皮肉な決闘。

 何がひどいって、2人を繋いだ鎖を、そのまま凶器に使ってよい風潮だ。

 しかも完全決着が目的だってんで、関係者、知り合いを問わず観客を用意するのが決まりってのが笑わせる。

(殴り合いで金に…群がってるやつをカモに賭けの元締めするならまだしも、殴り合って一銭にもなりゃしねえのに)

 大地は興味なさそうに一瞥して、その場を通り過ぎた。



 裏通りを抜けるとそこも裏通りだった。

 冗談ではない。

 もっとも荒廃はしていてもどういうわけか活気だけはある地区だった。

 かつての中小工場や倉庫が立ち並んでいたエリアだろう。

 今は窓ガラスが無残に割れたままで、新しく嵌めなおす者もいない。

 いや、新しいガラスを嵌めるという発想がないのかもしれない。

「安くしとくよ、お兄ちゃん。明日に命を繋ぐ薬だ」

 怪しげな初老の女性が大地に声をかけてきた。

 うちでも見たことねえラベル。

 地べたに並べられた商品は、大地でも避ける出所不明の食料パック。

「活きのいい魚だよ」

 そんなわけあるかい。

 いつ死んだ魚なのか、そもそも本当に魚なのかすら怪しいものだ。

 大地は手を振って買う意思がないことを示した。

「買わないんなら、そこをお退き。客の邪魔だよ」

 どこに客がいるんだろう。

 せっかく退けというんだから、引き上げよう。



 さらに少し進むと、先ほどとは違った喧騒が聞こえてきた。

 集まっているのは、老人たち。

 彼らが半円を描くように囲んでいるのは、小さなモニターだ。

 モニターの中では2機の派手な色の人型の宇宙船が、ものすごい速さで交錯を繰り返していた。

 人型の宇宙船は星環騎士。

 これは星環騎士戦と呼ばれる星環騎士同士による決闘、いや、試合。

 かたや絶対王者。かたや期待のホープ。

 だけど、老人たちが楽しんでいるのは、試合そのものじゃない。

 これも賭け。

 場末の賭けごとなので、公式のものじゃない。

 乏しい稼ぎをこれまた賭け事で浪費する。

 だが、勝った方は掛け金をせしめる代わりに、負けた方を奢る。

 馬鹿らしい仁義だが、これは賭けごとの興奮だけをお安く味わうための哀しい工夫だ。

 生活費のすべてを賭けごとにつぎ込むと、待っているのは生活破綻。

 でも、あるだけ使いたい、とギャンブル中毒の老人たちが編み出した苦肉の策。

 集団の中の一角、老婆たちが数人、飛びあがってはしゃいでいる。

 モニターの中の決着がついたようだ。

 アナウンサーが興奮している。

 どうやら下馬評を覆して、若い方が勝ったようだ。

 敗れた絶対王者の方は俺でも名前を知っていた。

 炎城志朗ほのおぎしろう、確か3期、15年以上王者にいる化け物だ。

 さぞや今まで稼いできたことだろう。

 勝った方、期待のホープの方は、最近何度か耳にしていた。

 歳は俺とそんなに違わなかった気がする。

 十人十色。

 千差万別。

 万緑ばんりょくの なかや 吾子あこ むる

 って申しましてな。

「礼文くーん、愛してる~」

「まこと~~」

 はしゃぐ老婆が大地にもハイタッチを求めてきた。

 苦笑いしながら返してやる。

 いずれにしても、この場の賭けごともこの後に始まるであろう宴会も、もちろんモニターの中の騎士さまとも。

 俺は無関係だ。



 家に着くなり、冷凍庫から弁当を取り出して電子レンジに放り込む。

「金は無くても、腹は減りますねえ」

 自分以外は誰もいない貧乏長屋の一室。

 父は、仕事が順調なら一か月先に帰ってくる。

 妹の希倫きりんは最近パン屋でバイトを始めた。

 いつでも腹をすかせた少年少女にとって食べもの屋でのバイトは超人気職業だ。

 希倫は食べ盛りの15歳だ。

 あれ、希倫の誕生日っていつだっけ?

 とにかく、大地に似ず愛嬌のある希倫は早速看板娘として重宝されているらしい。

 妹がお土産の、売れ残ったパンを持って帰るまで待ってもいいのだが、すきっ腹に何か入れないと時々ぶり返してくる怒りで胃に穴が開いてしまう。

 まだ、飯は食える。暖かい飯だ。

 そう、そこまで悪い状況でもないのだ。

 ただ、来週あの職場に行くのは気が進まないーーー

「ぁい…ID??」

 さっき拾った「沖大地」のID。

 内ポケットをまさぐって指で引っ張り出す。

「試しに繋いでみるか」

 悪事のつもりはなかった。

 誰かの失敗で割を食った自分からの誰かへの意趣返しのつもりはなかった。

 もしこのIDが本当に落とし物であれば、持ち主に調べて連絡を取り、感謝されるのも悪くない。

 そして、お礼に合わせて、ほんの少しでも謝礼をもらえれたらば、幸福量保存の法則でさっき失った分を補填されまいか。

 普段は希倫しか使わない端末の起動に少し手間取り、はやる気持ちで住民サービスネットの画面を開く。

《IDを読み込み、氏名を打ち込んでください》

 画面の指示に従い、IDリーダーに読み込ませる。

 続いて開いたフォームに名前を打ち込んだ。

《沖大地  オキ ダイチ》

「怪しいんですけどねえ」

 落とし物。

 そもそも誰かもわからない落とし主。

「お金があったら、このいけない手を叱ってやれるのに」

 大地は空いた方の指で軽く手首を叩く。


「遅いな」

 大地がそう呟いた時だった

 画面いっぱいにポップアップウィンドウが湧き出し、夏の花火大会のように次から次に重なっていく。

 そのすべてのタイトルバーには同じ人物の名前が並んでいた。

「おいおい……何だよ、これ……」


《沖大地 様 緊急通知》


《沖大地 様 書類の提出期限となっておりましたが現在の進捗状況》


《沖大地 様 もし何かご不明な点やトラブルなどがございましたら》


《沖大地 様 リマインド》


 目が眩むほどのフラッシュが繰り返される。

 端末は耐えきなくなったんか、甲高いビープ音を発し画面が制止した。

「壊れた?」

 もうじき帰宅するであろう希倫の顔が般若面になるところが目に浮かんだ。

 大地は端末をあちこちいじってみるが、ビープ音が病んだだけで画面は動く気配がない。

 その時、電子レンジがチンと鳴った。

「とりあえず食うか」


 沖大地が端末の前から立ち去ったその直後、画面が再び動き出した。



《沖 大地 様 赤銅騎士団しゃくどうきしだんの 星環騎士として 採用を 通知いたします》

仕事も金も運もない日。

それでも人生は、勝手に次へ進んでいく。

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