第12話「理外の討ち筋、観衆の絶句」
《サードリーグ昇格後も負けなし。
今回で、通算勝ち星を、7としました。
何かメッセージをお願いします》
《手放しで誉められると、少々居心地が悪いですね。
俺はただただ、一生懸命なだけなので》
《ありがとうございます。
では、スタジオにお返しします》
「……繰り返します。騎士運より最終裁定が下りました。沖大地――『赤銅鬼』、所属、赤銅騎士団の勝利です。これで連勝記録を通算7に延ばしました。……不可解な、あまりに不可解な幕切れです。あのワイヤーの挙動は一体……」
もう何週間も前の、騎士戦サードリーグラジオ配信のアーカイブから拾いだした実況データ。
戸惑いを隠しきれないアナウンサーの声が、薄い壁を震わせた。
その瞬間、希倫は端末を抱え上げ、路地の真ん中で叫んだ。
「これが私のお兄ちゃんよ」
湿った長屋の空気がわずかにざわめく。
洗濯物を干していた老婆が、ぎこちない動きで振り返った。
「あの子がねぇ。星環の外で戦ってるんだって? 真空の決闘なんて、生きて戻れるもんなのかい」
隣の扉が開き、酒気を帯びた男が顔を出す。
「サードだかなんだか知らねえが、勝てば配当は上がるんだろ。めでたいこった。俺らの生活は変わらんがな」
足元で玩具を転がしていた子供が、希倫の裾を引く。
「ねえ、お姉ちゃん。大地兄ちゃんって空も飛べるん?」
希倫は胸を張った。
「当たり前でしょ。7連勝中の次の時代を担う騎士なんだから」
だが、その名はまだ空虚な響きでしかなかった。
ここにいる誰も、大地の戦いを見たことがない。
「ラジオの向こうの話じゃなあ……」
隠居の老人がぼそりと呟く。
「今日、公営競技観戦施設で映像が流れるらしいぞ」
若い職人の言葉に、空気が動いた。
一人が上着を肩に引っかけた。
「冷やかしに行くか」
近所の祭りに出向くような軽い足取りだった。
期待でも信念でもない。
ただ退屈を埋めるための移動。
希倫は慌てて後を追う。
「待ってよ! 私も行く」
長屋の一団は、埃の舞う路地を抜け、ネオンの明滅する観戦施設へ流れ込んだ。
中は熱気と油の匂いに満ちていた。
大型モニターに、煽りプロモだろうか、赤銅騎士団の過去戦闘が繰り返し映されていた。
「あれが大地か?」
誰かが呟いた。
やがて、今日の目玉、兄の試合のプロモに映像が切り替わった。
《なるか、破竹の八連勝――》
《瑞穂の奇跡を、今、再び》
赤と黄色で彩られた煽り文句が、デカデカとスクリーンいっぱいに広がった。
派手なBGMがジャンジャカ鳴り響いた。
突然音楽が止み、スクリーンが暗転、会場の照明もたった一つのスポットライトを除いて落とされた。
《黒崎運輸プレゼンツ、第43期サードリーグ10回戦、『赤銅鬼』VS『冬霞』!》
《無垢なる背徳。『赤銅鬼』を駆るは、サードリーグ、人呼んで純潔の混沌!》
《赤銅騎士団所属、沖ぃー大地ぃー》
希倫のすぐ目の前でスポットライトを浴びているのは、この施設専属のDJ。
ラジオ配信メインのサードリーグでも公営競技観戦施設では、施設内限定で映像を流すことが時々あるのだ、と近所の騎士戦マニアのおじさんが来る道中で教えてくれた。
でも、毎回こんな派手にやっているのだろうか。
兄は一体どんな世界に踏み込んでしまったのだろう。
ラジオの中にしか存在しなかった戦闘が、視覚となって突き刺さった。
重装甲が軋み、火花が散る。
ワイヤーの軌道は理解を拒むように空間を裂いた。
老人が、息を飲む。
「…………ほう」
嘲っていた男たちの声が止まる。
「今の……見えたか」
若い職人の声が低く震えた。
それは娯楽ではなかった。
自分たちの知る戦いとも違った。
ただ、冷徹な何かがそこにあった。
希倫が小さな声で言う。
「……でしょ」
誇らしさと、わずかな距離を含んだ声だった。
観客たちはまだ理解していない。
この瞬間が、制度の均衡に小さな歪みを生み始めたことを。
前より、いい感じだ。
大地は『赤銅鬼』に中腰の姿勢を取らせる。
サードリーグの試合開始は廃棄星環ベイエリアからとなる。
3度目となる今回、低重力下での挙動に不安はもうなくなっていた。
慣れたら脚も便利なもんだ。
脚が飾りだなんて、こいつに悪いこと言っちまったな。
言ったのは白石さんだっけか?
まあ、いい。
自分にできることは限られている。
幸いにもこれまでの騎士様たちは美学とやらで硬直した戦法にこだわってくれていた。
いい加減、研究もされ対策され始めることだろう。
奇襲、奇策、攪乱、陽動、詭計。
搦め手の申し子。
山猿、騎士に非ず。
何とでも呼べ。
現場であれこれ考え始めた時点で負けだよ。
今回も策はいくつか用意してある。
上手くいかなければ――
「ごめんなさいっと」
開始の合図。
『赤銅鬼』に対するはスモキーグレイを基調にした『冬霞』。
二分割表示で見る限り、一割増しぐらい大きく見える。
手にするのはその巨体よりも長い斧槍だ。
突く、斬る、叩き割る、から、引っ掛けるまで用途の広い武器だ。
正面からぶつかるだけでなく、相手の装備や状況に合わせて攻撃方法を瞬時に切り替えるという柔軟性を持つ汎用武装。
斧槍の意味を希倫は知る由もないが、小さな胸に不安が広がる。
大当たり。
だが、油断はするまいぞ
大地は鼻下で合掌を組んで、逸る気持ちを落ち着かせる。
試合は既に開始。
相手の『冬霞』はじっくり構えて動かない。
こちらの引き付けて動きの隙をつく、を警戒しているのだろう。
だが、斧槍の性能に溺れて調査を怠った時点でこちらが有利。
熟練した斧槍使いは確かに無双を誇る。
しかし――
大地の『赤銅鬼』がまっすぐ『冬霞』に駆けていく。
これを見て『冬霞』が斧槍を肩に担ぎあげていわゆる「八双」の構えを取った。
斧槍の弱点、重い頭部。
重量バランスを整えて扱いやすい構えの一つ。
そのまま振り下ろせば斧で断ち、石突(柄の尻)を跳ね上げれば突きとなる。
どちらも強力だが、それだけに読みやすい。
どいつもこいつも金に飽かせて質量武装を決め込みやがって――
大地は石突に向かって万力を放つ。
希倫は意味が分からなかった。
兄の駆る『赤銅鬼』が貧相な鎌を握って『冬霞』目掛けて突っ込んだ。
重りのついたワイヤーを相手の武器目掛けて投げつけた。
そこまでだった。
投げつけるモーションで腰の沈んだ『赤銅鬼』の肩口目掛けて『冬霞』が構わず斧槍を振り下ろした。
振り下ろした先に『赤銅鬼』はいない。
斧槍の斜めの軌道の隙間を抜いて跳びあがっていた。
低重力でも、ジャンプの初速は変わらない。
だが、低重力環境では高く遠く飛べる。
サードリーグ環境が『赤銅鬼』に許した滞空時間の長い、『冬霞』を跳び越すジャンプ。
しかし、着地までの軌道がおかしい。
なだらかなカーブを描くはずがストンと落ちた。
そして『赤銅鬼』が『冬霞』の関節部を背後から蹴り下ろす。
『冬霞』の巨体が無様にもがいている。
希倫は兄の二つ名、山猿の名ともう一つの名が脳裏に浮かんだ。
まるで、昔に時代劇で見た忍者――
滋野チーフとの綿密な打ち合わせ。
重武装の振り降ろしへの対応。
重い分だけ、担いで斜め軌道で振り下ろす傾向が高いと踏んだ。
突くのであれば初めから長槍でいいのだ。
リーチに差があるうえに重量差、重い武器でわざわざ点を衝くという難しい挙動は選ばないだろう。
巻き込まれるより早く縦に動きたい。
滋野チーフは急激な縦ジャンプに特化した調整をしてくれた。
滋野たちの徹夜での調整、大地の発想と勝負度胸が生んだ挙動。
そのジャンプで躱しつつ、鎌を相手の長物に引っ掛けて自分の着地軌道をより小さな円運動に変える。
背後を取れば、後はどうにでもなる。
『冬霞』が最後のあがきとばかりにスラスターを噴かし始めた。
何かが絡まっているのか、『赤銅鬼』も巻き込んでベイエリアの出入り口を通過し星環の外へ飛び出した。
希倫は思わず手を握った。
隣にいたおばちゃんが心配そうに希倫の肩を抱いた。
往生際が悪いな、もう。
大地はいったん『冬霞』から離れる。
無重力下ならお手の物だ。
そして相手の進行方向とは違う向きに推力をかけた。
本来なら絡まりにくい低重力下で、わざわざ自分から動いて絡まってくれるのだ。
「笑いが止まりませんねえ」
今度こそ『冬霞』は体勢を自由に制御できなくなった。
「通信、オープン。対象、目の前の莫迦」
「%&★◎#$%&!」
……どいつもこいつも。
「降伏を勧める。俺の気が変わる前に」
「山猿ごとき%&★◎#$%&」
山猿……
この罵声に出会った頃の黒崎を思い出す。今では大口スポンサーの御曹司だ。
とりあえず、この手足のあるデブリを、どうしようか。
そうだな、星環外壁じゃなくて……
あっさりと何かに絡め取られて身動きできない『冬霞』を、『赤銅鬼』が廃棄星環の端まで運んでいった。
「場外狙いでしょうか? それにしては方向が妙です」
流れてくる実況アナウンサーと解説者の声も戸惑い気味だ。
兄の試合の解説で戸惑っていない解説がいるのだろうか。
星環スラスターは特に頑丈ですから。
兄の勝利者インタビュー。
重量級の『冬霞』それ自体が武器でした。
運が良かったんです――
希倫はよくわからなかった。
勝ったのだし、喜んでいい。
しかし、よくわからなかった。
よく生配信されている星環騎士戦、トップリーグいわゆるランキング戦しか見たことはないが、ずいぶん趣が違うものだった。
サードリーグだからだろうか。
しかし、解説者さえ戸惑っていた。
一緒に長屋に帰る他の住民たちの反応も様々だ。
気のいいおばちゃんたちとは、ハイタッチで喜びを分かち合った。
ギャンブル好きのおじいちゃんたちは、高笑いを上げながらどこかへ行ってしまった。
騎士戦マニアを自称していたおじさんは苦い顔をして「あれじゃ、再現性が、ね」と言っていた。
小さな子たちは口々に「どっちもダセえ」と言って笑っていた。
主立会人「破壊してはいないが……
認めて良いのか?」
副1 「第7条の解釈ですよね。
『試合区域の構造又は環境を
著しく損壊する行為を行ってはならない。』
この条文が現に損壊していない場合が
該当するのか。
それから1号の
『構造体の破壊による区域崩壊の誘発』は
起こりうる行為そのものを指すのか。
構造体が無事な状態での叩きつけまで禁止すると、
外壁への着地自体までグレーゾーンになります。
条文解釈は『過去の事例を当たれ』が鉄則です。」
主 「データベースにはないな」
副1 「つまり、我々の裁定が今後の基準になります」
副2 「最終判断は騎士運に投げてしまって、
この場は続行でいいのでは?」
意見を聞いた主立会人は副1、副2と顔を見合わせる。
――下手に前例として残せば、競技の前提が崩れる。
彼らは流してしまうことにした。




