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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第二章 静かなる堆積、堅牢なる連峰
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第11話「試験前の出来事」

 「騎士資格の暫定適用期間に関する通知」


 氏名:沖 大地


 騎士資格の暫定適用期間については、

 承知のとおり、当該期間の満了時点をもって失効する。


 当該満了時点は、

 星環騎士戦運営規程の適用に基づき、次回競技期開始前日とする。


 当該期間満了までに

 所定の認証手続が完了していない場合、

 当該競技への参加は、当機構の判断により制限されることがある。


 なお、例外的取扱については、別途定めるところによる。


 以上。


 星環騎士管理機構

 資格審査局 認証運用課

「こんにちは、大地、入ります」

 大地が事務所の扉を押し開けたとき、何か空気が違うなと感じた。

 無意識に肩を回して、大地は以前より整理されて少し広くなった事務所を見回した。

「沖さん」

 呼ばれた方に大地が視線を向けると、馴染みのおばさん――事務員が事務で使う通信端末を差し出していた。

「本人開封指定なの。読み取って?」

 大地が自分のIDを読みこませて開封してみると、普段見かける連絡や対戦相手の資料と違っていた。

 大地宛の何かの通知だった。

 まず差出人の文字列が長い。

 文章も読もうとすると意味が散る。

 本文が短い割に扱いに困る重さを感じさせる。

 さりとて、試合の話でもなさそうだ。

 添付の別紙とやらも長々と文字が並んでいて読む気が失せる。

 大地の視線は文字を追っているようで、もう頭で内容を組み立てていない。

 暫定――期間満了――制限――。

 もちろんそれぞれの単語は知っている。

 だが、どれも今の自分の動きと結びつかない。

 止められるとも、進めと言われているとも、はっきりしない。

 ただ「何かの手続き」があるらしい、という程度の感触だけが残る。

「何をどうすりゃいいんだ?」

 独り言がつい、声に出た。

 罰金でもなければ支給でもない。出場停止とも書いていない。

 少し考えてみるが、通知の意味が頭に入っていないので、答えが出てこない。

 これがわかりそうな人に翻訳してもらおうと、大地は白石に丸投げすることに思い当たった。

「えーと……」

 白石の机の前で立ち止まる。

 文書を差し出す仕草だけ先に出て、言葉が一拍遅れた。

「白石さーん。これ、わかる?」

 んーと眉を顰めつつ、白石は通知を斜めに読んで、視線を大地に戻した。

「……ようやく来たわね。相変わらず、仕事遅いんだから」

 白石の溜息は大地にあてたものではないが、反射で一瞬構えてしまった。

「簡単に言うと、来期までに騎士の資格取ってね。なしで試合に出られる期間が終わりますって話よ」

 白石はとてもわかりやすく翻訳してくれた。

 どうしてそう書かないのだろうと大地は思った。

「今は『最低3か月の宇宙空間での作業経験がある者』っていう例外で黙認されてるのは、この前、話したわね?」

 この前は、ところを白石は強調した。

 今のため息は今度こそ大地へのものだ。

「もう、やってるでしょ、資格の勉強。それを間に合わせてねっていうことよ」

 白石は差し出されたモバイルを大地に押し返す。

「別に今すぐ止まるわけじゃないし、罰金も、まして降格もない。騎士管がお仕事してますよって帳尻合わせに来ただけ」

 白石は少し目を細めた。

「だからやることは変わらない。来週の試験受けて、受かる。それだけ」

 白石は事務的な笑顔を向けた。

 相変わらず目が笑ってない。

 美人じゃなければ怖いだけの笑顔だなと大地は思った。

「間に合わせなさい。以上」



 大地は預かったモバイルを事務員に返すと、ロッカーの作業着を引っ張り出して着替えた。

 そもそも、大地は来週の実技試験に備えた練習のために事務所に来たのである。

 これに落ちたら次の月まで試験がない。

 格納庫まで歩くついでにモバイルに教本を呼び出す。

 戦術モジュールの項を開く。

 規範機動、標準交差、推奨距離などなど――

「お奇麗ですねえ」

 眺めながら大地は薄笑いを浮かべた。

 大地はもう騎士戦を6戦こなしている。

 己が向き合ってきた現実との乖離を感じる。

 格納庫にたどり着くと、竹島のほか、すっかり馴染みとなったチーフメカニックの滋野がいた。

「いつもお世話になります。」

 大地流の処世術である。

 挨拶はこまめに。

 コストがほとんどタダ。

 繰り返すと割と仲間認定。

 人間関係の合間をできる限り上手く泳いでこそ個人主義は生きるのである。

 孤立してしまったら、個人主義ではなくただの個人になる。

「ああ、小僧か。試験準備の練習か。ケリが付いたら、寄れ。勉強は大事だが、本番に向けての打ち合わせ、というかすり合わせをしときたい」

 竹島は大地に会釈だけ。

 勝手に会話に加わるとチーフから後で大目玉を食らうとのことだ。

 大地は一度だけその現場を見かけたことがあるが、一見温厚そうな老人の滋野が叱るときの声はまるで雷である。

 くわばらくわばら。

 大地はまた寄ります、と答えてシミュレーターに籠る。

 シミュレーター、接続。

 機械の低い起動音が大地に伝わる。

 教本データを映した端末をシミュレーターにリンクさせてから、自分の目の高さに合わせて設置する。

 全部、正しい。

 正しすぎて、歪だ。

「これの通りにうまくいくなら、誰も負けない。誰も勝利しない」

 覚えて、答える。

 それだけを行う。

 信じ過ぎない。

 たぶんこれが大事。

 たぶんこれが、自分が勝利して、対戦相手が負けている本当の理由。

 シートに座って、ハーネスを締める。

 操作系に手を置く。

「試験か……」

 採点される動き。

 評価される判断。

 減点される項目。

 戦闘ではない前提のパフォーマンス。

 仮想外壁。

 仮想敵機。

 仮想の距離。

「実地の方が、よっぽど早い」

 ときどき、正しい思想に歪んでいくのを巻き戻すために呟く。

 今の練習は試験のためのもの。

 教本を映した端末のさらに端っこに、評価数値が並んだ。

 合格ラインには十分過ぎるほどの数値。

 昨日あたりからは安定してきた。

 今日もできたということなら、回数をこなす時期は終わったということだ。

 大地は少し口角を上げた。

「まあ、これはこれで」

 電子ゲームだと思えば。



 格納庫の整備灯が『赤銅鬼』を鈍く照らしている。

 滋野は腕を組んだまま機体の脚部を見上げていた。

 視線だけ。

 何も言わない。

 練習を切り上げた大地が滋野から少し距離を置いて立った。

 滋野の指先が外装の継ぎ目をゆっくりなぞる。

「この間の、サード初戦じゃ、動き、変えたな」

 大地は肩をすくめる。

「変えたつもりは……」

 滋野は鼻から短く息を吐いた。

「今の機体で追いつけないことをやりはじめたな?」

 視線はまだ機体から離していない。

「誤魔化しはなしだ。整備にかかわる話だ。普段の軽口なら乗ってもいいが、こいつは違う」

 傍に控えた竹島から端末を受け取りながら、滋野が機体の側面に回った。

「想定から外れた動きは、機体を狂わせてしまうことがある。星環騎士艇に限った話じゃねえ」

「勝ってますけど」

 間髪入れずに大地が返す。

 竹島が緊張するひとときの間。

 滋野は『赤銅鬼』から視線を外し、大地を見た。

 その表情は、固く引き締められてはいたが、怒ってはいなかった。

 その視線は大地の体を測るように追っていく。

「勝っているから、今、調整しておくんだ。いや、機体だけの話じゃない」

 滋野が言葉を選んでいる。

 竹島から渡された端末を操作し、脚部に関するログを大地に示す。

 数値の羅列が空間に浮く。

 大地は画面を一瞥したが、すぐ視線を外した。

「脚部への瞬間的な負担が、ひよこリーグのときとサードのときで倍近く跳ねあがってる」

 廃棄星環の中層部(旧居住区)から試合が開始されるひよこリーグ。

 つまり、通常重力環境下。

 廃棄星環の最深部(旧ベイエリア)から試合が開始されるサードリーグ。

 つまり、低重力環境下。

 通常の星環騎士艇の主武装である長槍、大楯はその運用思想が重力環境の影響を受けにくい。

 質量と移動速度で戦うからだ。

 『赤銅鬼』は鎖鎌を使う。

 通常重力環境下に近い重力では、主に落下を利用して生まれる支点による絡みつきで間合いを制して威力を発揮する。

 低重力では、その落下が遅い。絡みつきを生むための支点を、積極的に作らなければならない。

「低重力では落下が遅い」

「はい。だから、支点を作れるように自分から動かないと」

「……だから、脚に負担が出ている」

「……そうなりますね」

 大地は滋野に対して竹島ほど一方的に恐れてはいない。

 教わる立場の竹島と違い、一方的に頭が上がらない相手ではないからだ。

 しかし、滋野が整備する『赤銅鬼』に命を預ける身であった。

 無視していい相手でも、まして嘘をついていい相手でもない。

「戦い方を調整したことについて、滋野さんたちを後回しにしたつもりは……俺が乗るときには準備してあった武装だし」

 言い訳がましいと大地は自分でも感じた。

「脚に負担がかかり過ぎるのが問題なら、他に何か考えてみま……」

 滋野は首を振った。

「互いに寄せよう。小僧、お前と、この『赤銅鬼』を」

 『赤銅鬼』を見るときだけ、少し眉間に皺が寄った。

 苛立ちからではないのが大地にもわかる。

「どちらも相手方に寄せるには限界がある。だから、お互いに、だ」

 大地は『赤銅鬼』の脚にもたれかかって天井を仰いでから、腕を組んだ。

 この『赤銅鬼』はお世辞にも優秀な機体ではない。

 どこを切りとっても三級品だ。

 サードリーグに昇格した今でも乗換の話はない。

 これでこの先も戦うのだ。

「俺たちがやるのは無事に帰還させるための、機体整備だ」

 竹島が我慢しきれずに口をはさんだ。

 滋野は目で制した。

 再び静かになる竹島。

「ぶっ壊れるところまでやる騎士は、俺はどうにも好かん」

 滋野は大地のすぐ横で『赤銅鬼』の脚を撫でる。

「だが、『赤銅鬼』――うちの赤錆騎士団を勝たせるにはお前が絶対に必要だ」

「できるだけお前に合わせるセッティングをしたい。お前は、お前の『赤銅鬼』の使い方を俺たちに教えてくれ。すり合わせをしたい」

「お願いします」

 大地は滋野に頭を下げた。

 目の前の男から最大限を引き出したい――

 それには自分の手札を、滋野に差し出す。

 これから何度も、時間をかけて。

 大地「赤銅騎士団のオーナーって何やってる人です?

    会ったことないけど」

 滋野「俺もあんま顔合わせたことねえな。

    ここに来てすぐのときに、

    白石の嬢ちゃんに紹介してもらったときぐらいか?」

 竹島「あ、俺のお袋がオーナーのとこで働いてる。

    お前が好きなツナ缶の。

    あそこのグループ企業の親会社の社長様だぜ」

 大地「お袋さん、そこで何のお仕事してるの?」

 竹島「レジ打ちしてる」

 大地「系列のスーパーって、

    オーナーの会社までずいぶん離れてない?」

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