第10話「問わず語り」
まっすぐ山頂を目指すのかい?
私なら、まずいろいろ歩いて自分の地図を作ってみるかな。
どこに何があるとかね。
季節ごとの花や動物でもいい。
山頂は、そうだな期限の許す限り後回しでもいいじゃないか?
礼文・但馬・太陽
関係者席を離れた礼文・但馬・太陽は、あてもなく通路を歩いていた。
目的のない足取りが、無機質な壁に反響しては消えていく。
向こうから歩いてくるのは、解説の仕事を終えたばかりの炎城志朗だった。
彼は、王座陥落と引退の後も休みなしの出張が続いていた。
今回の解説のために任務先からようやく帰郷したばかりだった。
公式解説者としての務めを終えた炎城――かつての絶対王者と太陽の視線が重なる。
二人は互いに歩み寄り、言葉を交わした。
そこに凱旋勝利インタビューを控えた現王者・礼文慎が現れた。
それと同時に、志朗のマネージャーが影のように背後に立った。
「不躾ながら、お時間が押しております。西玄関に車を待機させておりますので」
急かされても、志朗の眉根ひとつ動かない。
挨拶も最小限にその場を去ろうとするその佇まいには、もはや自分が主役ではないという自覚と、進行を乱さぬための配慮があった。
隙のない礼節が、志朗の輪郭をいっそう冷たく縁取っていく。
普段見せている熱血漢の貌、やはり印象操作か、と慎は納得した。
三連覇は、騎士単体の実力だけで成しえないことは想像に難くなかった。
合理主義者は一見、合理主義者に見えない――
慎は、遠ざかっていく志朗の背中を無言で見つめていた。
その後ろ姿を、いつか訪れるであろう自分自身の未来の記号として重ねた。
慎は太陽に向き直った。
太陽は、先だっての王座戴冠が様々な予定外を引き起こしたことを淡々と説明を始めた。
祝勝会の場でも、この二人は顔を合わせていたが、その場には相応しくなかった話題だ。
だが、そこに恨み節はない。
ただ、計画が前倒しになったことで全ての工程を組み直したのだと、事務的に告げるのみだった。
太陽を見つめる慎の眼差しに、少しの戸惑いが浮かんでいた。
かつて太陽から感じていた重圧が消えていた。
自分を引き立ててくれた恩人であり、その当時ですら、礼文家において多大な影響力を持つ人物だった。
その影響力は礼文家の顔役として今や諸角の隅々まで及んでいた。
それは慎が王者として自覚を深めたからではない。
目の前の男が、一人の人間というよりは、そこに在る景色、ただ稼働するだけの装置のように見え始めたからだ。
かつて抱いた感謝の念までが、霧散していくのを感じる。
慎はその奇妙な喪失感に違和感を覚えたが、それを言語化する術を持たなかった。
「これを君があっさり台無しにしてしまったんだ、慎くん。ああ、責めているわけじゃない。作品の責任は大人の問題だ」
太陽の声はどこか熱に浮かされているようだった。
太陽という人物は、人脈や策謀を多用するところから策士に誤解されがちである。
単に才能や組織が育たない選択を避けているだけだ。
可能性の広がる方に惹かれる。
「思惑を超えてくれたことには、私自身、むしろ感謝している。諸角星環群が大統領を抱えたままである事実に変わりはないからね。予定は変わったが、それは大したことではない」
慎が、礼文と炎城の積み上げた集大成を上回ったという裏切りを、むしろ太陽は歓迎していた。
「感動すらしているよ。ほかの重鎮たちの嫌味は無視していい。いずれ静かになる。君の実力を見せつけて、味方でいる方が得だと思わせる方が早いだろうしね」
「礼文慎さん、あちらにお席を設けております」
係員の声に促され、慎はインタビューの席へと向かった。
一人残された通路で、太陽は誰に見せるでもなく、含み笑いをもらした。
《皆様、大変長らくお待たせいたしました。
我らが王者、礼文慎の登場です。
礼文さん、試合会場が釣瓶、かつての運命の場所で、凱旋勝利、おめでとうございます。
まずはこの勝利、最初にどなたに伝えたいですか?》
《まずは、僕を支えてくれた騎士団の仲間と――》
太陽の笑み。
礼文慎は知らない。
炎城志朗も全貌は知らない。
諸角の騎士を輩出する名家――炎城家、そして礼文家。
本来相容れぬ二つの家が、
太陽という触媒を得た偶然が生み出した絶対王者――
それを打ち破ったのは、たった一つの妄執だったことを。
大したことじゃありません(It’s a piece of cake.)。
僕も社会の一員(I’m a piece of parts.)ですから
礼文慎
第42代 星環騎士戦 王者
英語だとやばいのがまるわかり。




