第9話「誓い―ひずみ―」
あの日に何が起こったか――
ではない。
これから、何が起こるのか――
《『熾電解』の機能不全が全体機能の50%以上に達したため、星環騎士戦規則の第2条第三項に基づき、『蒼炎山』の勝利です。》
『蒼炎山』の中から、礼文慎がシャボンシェルターで避難する対戦者を眺める。
あのときに、この技術があれば。
自分が悔やむことではない。
シャボンシェルターを開発したのは自分ではない。
シャボンシェルターを普及させたのは自分ではない。
自分ではない誰かが、頑張って実用化までこぎつけたのだ。
自分ではない誰かが、普及させたのだ。
自分の傷と向き合ったそのときにその道を選ばなかった自分が「あのときに、この技術があれば」と恨むのは筋違いだ。
両親を亡くし、親友を亡くし、まだ茫然としていた礼文慎の前に現れた礼文太陽に、あの時誓ったのは自分だ。
「僕の両親と親友は災害で亡くなりました」
慎と飛鳥は『丹鶴(星環)』にある大騎士幼年学舎で知り合った。
それまで互いに面識はなかったが、通りを2つ挟んだ距離に住んでいたこともあり、出会ってすぐに意気投合した。
どちらも騎士を輩出する名家の傍流も傍流で、空きがなければ入学することがなかった境遇も共通していた。
そのうちに互いの家を行き来する中になり、ふとしたことから、父親同士も学生時代の同期であることがわかるにつれ、家族ぐるみの付き合いになっていった。
慎と飛鳥が親友になって随分経ったころ、飛鳥の両親が飛鳥を連れて挨拶に来た。
父から予め聞かされていたが、星環環境維持隊である飛鳥の両親は、こことは別の、農業棟の釣瓶(星環)に急ぎ調整のために向かうとのことで、その間だけ飛鳥を礼文家で預かることになったのだ。
新しく立った大統領が、自分たちを含む力の弱いの星環群へのソーラレイの分配を公平にするという名分で急遽仕分け直しを命じた。
綿密な計算をもって5年先まで組まれたスケジュールがふいになり、慌てたのは大統領府管轄の電磁界レンズで太陽の光を集めてそれぞれの星環に照射する『集光・照射施設』の管理者たちだけではない。
受光タイミングを合わせなければいけない、ソーラレイを受ける側の管理者たちも同じことである。
半年にも満たない短期間でのスケジュール組み直しなど、誰も経験したことがない。
そこへもって丹鶴(星環)が属する諸角(星環群)星環の受光を減らされるとあっては、産業が最も盛んな諸角だけに各星環各所への調整に技術者たちが総がかりで協力体制を取らねばならなかった。
「飛鳥君の父さんが一度、釣瓶を見に来ないかって」
その話は慎の父から聞かされた。
礼文家が飛鳥を預かって5か月ほど経ったころ。
照射本番前日に半日だけ休みが取れそうなので、久しぶりに我が子に会いたいと頼まれたそうだ。
治安のいい丹鶴とはいえ、星環をまたぐ子どもの一人旅はさせられない。
昔からの友の頼みを無下にも断れず、家族旅行にかこつけて釣瓶に飛鳥を連れていく計画が明かされた。
慎は喜んだ。
まだ丹鶴を出たことがなかったから。
飛鳥はもっと喜んだ。
二人で飛び跳ねて回ったので、少し叱られた。
釣瓶。
農業棟と呼ぶにはとても巨大な星環であった。
諸角に3つある農業星環のうち、最大規模の農園があり、釣瓶だけでも丹鶴の食料の7割を賄うことができる。
飛鳥と礼文一家は、外周部の採光窓に近い展望台にいた。
昨日は久しぶりに両親と会うことができた飛鳥。
礼文家はベイエリアで待つ飛鳥の両親に彼を送り届けた。
夜に両家は合流し、親同士も半年ぶりの交流を楽しんだ。
今日は釣瓶へのソーラレイ照射の本番当日である。
せっかくなので、その現場を直に見ようというのだ。
さほどソーラレイ照射そのものは珍しいものではないが、話題性もあってか、この日の展望台には50人ほどの物見高い見物客が詰めかけていた。
遮光グラスをはずしてはいけない。
子どもたちに厳しく約束を求める慎の父。
照射されるタイミングは厳密に決められているものの、父親としては心配である。
子ども二人にかかってはその遮光グラスさえ魅力的なおもちゃである。
運命の瞬間を待ちきれずはしゃぎ回っていた。。
何が起こったの、と慎はベンチの下から父に尋ねた。
突然の激震だった。
そこにいた皆が宙に跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられた。
周囲でうめき声が聞こえる。
慎の父も母も訳が分からず、我が子の問いに答えることができなかった。
警報音が遠くから聞こえてきた。
慎は飛鳥と顔を見合わせた。
何らかの事故だろうが、慎にはわからない。
「とりあえず、避難し始めている人たちについて行こう」
勝手がわからない身ではそうするほかない。
礼文一家と飛鳥は人の流れに任せて避難を始めた。
「もう、一杯だよ。下がって」
3つ目の避難シェルターもすでに満員になったと締め出された。
「子どもたちだけでも、お願いします」
慎の両親が必死に食らいつく。
慎たちの手前で満員になった。
周りには人は残っておらず、避難場所がどこかすぐにはわからない。
向かった先に空きがある保証もない。
事故の内容は移動しながら知ることとなった。
原因は不明だが、釣瓶の気圧が急速に低下しているとのことだった。
安全装置の隔壁が下りたため、外壁のある外周部からの移動はもはや叶わない。
まだ警報が鳴り続けているということは、相当広い範囲で外壁が貫通されているのではないか。
願いもむなしく、避難シェルターの扉が閉ざされた。
慎の父はすぐ横にある水圧エレベーターを恨めし気に見つめた。
こちらも途中で隔壁が下ろされているのだろう。
いつものような水の揺らめきがみられない。
「父さん、エアロックが近いよ」
慎は壁の案内図を指さした。
真の父や母は普段からモバイルで場所を確認するので気が付かなかったのだ。
エアロックはその性格上、機密性に優れた区画である。非常用の宇宙服があれば、なお良しだ。
4人に残された時間は少なかった。
「2人、先に、中に入りなさい」
慎の父はエアロック区画入口の上にある電光掲示板を見て、子どもたちをせかした。
「中で、宇宙服を着て、助けを待ちなさい」
そして、他に誰かがやってきたら、案内しないと、と言ってエアロック区画の入り口を外から閉じてしまった。
電光掲示板に示されていたのはエアロック区画に残された宇宙服の数。
すでにエアロックに何人も避難者が来ていたのだろう。
使える宇宙服。
点灯は、たった二つ。
エアロック区画とて救助まで待てるとは限らない。
宇宙服は二つ。
子どもが二人。
あちら側でこちらを気にする子どもたちに、何度も手であっちへ行けと手で追いやる。
慎の父は妻に目配せすると、舵輪のような形状の手動ロックを二人で締め始めた。
希望はまだある。
だが、未練を残さないように、しっかりと。
「見つけた」
宇宙服が収納されているのは薄暗い格納スペースだった。
だだっ広い中、奥に一つだけ小さめの、子どもで少し大きいくらいの宇宙服があるだけだった。
「飛鳥、これを着てくれ。他を探してみる」
飛鳥はかぶりを振った。
「これは慎が見つけた。僕の分は僕が探す。とにかく早く着て」
譲る間もなく飛鳥は格納スペースを飛び出した。
ぐずぐずしてはいられなかった。
慎は幼稚舎で習ったことを思い出しながら、宇宙服を身につけた。
慎がいつまで待っても飛鳥は戻ってこなかった。
こころなしか空気が薄く感じる。
慎はいつでも宇宙服のバイザーを下ろせるようにボタンの位置を確認した。
飛鳥を探しに行かないと。
格納スペースを出ると、すぐ横に飛鳥が腰を下ろしていた。
息が荒い。
「外に出た人がいる」
慎に気づいた飛鳥が言った。
「故障してるのか、完全には閉まってないんだよ。少しずつ……」
慎は狼狽してあたりを見回した。
「宇宙服は、どこ。飛鳥が着る宇宙服は?」
飛鳥は力なく首を振った。
「宇宙服は、そこの部屋にしかない」
飛鳥は慎に向けて手を挙げた。
「それが最後の一つだ」
二人の子どもは知らない。
エアロック区画入口の電光掲示板に、灯が二つ灯っていたことを。
二人の大人は知らない。
エアロック区画入口の電光掲示板が、事故のせいで故障していたことを。
そして、エアロックこそが地獄のもう一つの入り口であったことを。
再び激震が襲ってきた。
今度のはなかなか収まらない。
ようやく揺れが収まった時、飛鳥は地面にうつ伏せに倒れていた。
慎は飛鳥の体を抱え上げ、来た道を戻った。
エアロックに隙間がある以上、ここに残ればジリ貧だ。
エアロック区画から出ればまだ何とかなるかもしれない。
しかし、大人2人が協力して外から閉じられた扉は、内から子どもの力ではどうにもならなかった。
飛鳥を脇に下ろして、外に向かって開けてくれと何度も叫んだが、両親も外にはいないようだった。
飛鳥が呻く。
「飛鳥、代わろう。宇宙服を着ろ」
宇宙服のロックを外そうとする慎の腕を飛鳥が掴んだ。
息絶えそうな身のどこにそんな力が残っていたのだろう。
そして一言、
「脱ぐな」
飛鳥の手がバイザーのボタンに手がかかった。
バイザーが下りるのと、飛鳥が崩れ落ちるのは同時だった。
誰かが自分の体を担ぎ上げている。
救助隊員が到着したのだ。
「気がついたか」
「わかるか、返事できるか?」
薄い酸素の中で慎はまだ飛鳥と、両親がいると救助隊員に訴えた。
「いたのは君だけだ。誰もいない」
《今回の大災害、自らの公約実現を焦った――大統領が起こした人災であるとの世評です。確かに各星環群の間には大きな経済格差が重大な社会問題として存在します。しかし、このような大災害を、綿密な計画を崩してまで行う必要があったのでしょうか》
父さん――
母さん――
飛鳥――
顔が、想い出せないよ……
釣瓶を襲った悲劇。
きっかけは、ほんのわずかな計算違い。
受光機構から逸れたソーラレイは釣部の外壁を第4層まで貫通した。
第4層に満たされた水はソーラレイのエネルギーを正面から受けきれず一瞬で水蒸気爆発を起こした。
その爆発による圧力は連鎖的に釣瓶の表層を破壊していきました。
当時、外装から第4層までに滞在していた人々は避難する間もなく、生命維持の恩恵からこぼれていった。
救助隊が隔離区画を捜索し続けましたが、発見できた生存者はただ一人。
唯一の生存者は、礼文慎。
釣瓶はその年の終わりに、正式に廃棄が決定された。
災害のしばらく後、礼文本家を取りまとめる礼文・但馬・太陽に見出された慎は、星環騎士への道を突き進む。その狂気じみた情熱をもって。
「僕の両親と親友は、災害で亡くなりました」
「力のない星環群から選ばれた大統領が、星環群格差の解決を焦るあまりに、『ソーラレイ再配分』強引に推し進めたからだと聞いています。」
「公平を求めた人を、恨むつもりはありません」
「でも、大統領は丹鶴から出すべきだと」
「僕は星環騎士になります」
「そして、最高の大統領を生み出し続けるために」
「最高の、星環騎士になります」
僕は騎士になれた。
父と――
母と――
親友と――
そして今、僕は王者になった。
奪い返すのではない。
二度とあのような悲劇を起こさないために。
才なき者に、統治など、決してさせてはならない。
本当の世界は、
才ある者の、才ある者による、全人類のための統治だ。
そして僕は、
力ある者の、力ある者による、平和のための制裁をもって。
あの災害すらも、世界が求める次の景色に必要なピースでしかなかった。
次の世界を開く鍵でしかなかった。
見るがいい。
この光景こそが、この頂から見える景色が、世界が出した正解だ。
王者の僕をも景色にする、この世界が真に求めた姿だ。
世界を構成する歯車がまた一つ、動く――
《『熾電解』を倒し勝ち点を伸ばした『蒼炎山』、礼文慎。
これで前回王者が1位に躍り出ました。さあ、誰が彼を止めるのでしょうか。
『蒼炎山』対『熾電解』、
試合会場はここ、星環群は諸角、
星環は元・釣瓶からお送りしました。
ごきげんよう》




