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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第一章 俺の腕、売ります。
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第1話「役立たずのゆりかご」

ラストまでの流れはもう決まっている。

合わない人には、とことん合わない物語。

でも、付き合っていただけたら、嬉しい。

 この宇宙は、まず陰陽。

 暗い宇宙の静寂と、細かな砂粒のような星の光。

 その均衡こそが世界の理だった。

 ところが現代の漆黒の深淵においては、かつて全ての星環せいかん[宇宙コロニー]経済圏を焼き尽くした大戦の名残が、今もなお漂っている。

 長い年月を経て冷え切ったデブリ[宇宙ゴミ]は今やかつての主たちに対して凶器と成り果てた姿でその牙を剥くのだ。

 大きなデブリが今日も一つ、瑞穂みずほと呼ばれる星環にゆっくりと向かっている。

 そこへ煌々と明かりを灯したデブリ除去作業船が、こちらもまたゆっくりと獲物に近づいてゆく。

 デブリ除去作業船の形状は、外から見れば不格好な卵型。船体腹部に黒字で大きく「安全信用の泰平社」『天保山号』と書かれている。

「OK,親方、近距離レーダーに捉えた」

 まだ少年のような声だ。

 『天保山号』を操るのは、今年19歳になったばかりの沖大地という青年だ。

 通信機の向こう側から、手順に沿って指定の周波数の電波を照射して安全を確認するように指示してくる。

 大戦の遺物が紛れ込んでいないかを確かめる大事な手順だ。

 とはいえ、そんな物騒なものは大戦から200年あまりもたった今では早々お目にかかれるものではない。

 大地はその指示が聴こえていなかった振りをして、その次の手順に進めた。

 親方もわかっているのかいないのか、リマインド確認までしてこない。

 これもいつも通り。

 二か月前に始めたばかりの頃は慣れない作業にとまどうばかりだったが、生来の要領の良さも味方して今では宇宙船の扱いもデブリ除去作業の腕前も中の上だ。

 潰れた卵型の船体から延びた、しなやかで長大な二本の鞭状アーム(カエルの舌と揶揄される。別の地方の呼び名ではピーヒョロ笛)が、クネクネと生き物のように宇宙を泳がいで目標のデブリに取りついた。

 デブリは形も大きさもまちまちだ。

 それらをうまくコントロールするのに、この不細工なアームはとても役に立つのだ。

「……よし、うまく絡めた」

 大地は緊張で乾いた唇をペロっと舐めてから、操縦桿を捻って押し込んだ。

 圧縮空気とともに鋭い音を立ててカエルの舌がさらに伸びていく。

 瑞穂へ肉薄していた旧時代の残骸を、大地は職人が感心する手際で絡め取った。

 今回の業務では、コロニーからの距離といい大きさといい、結構なポイントを稼げたはずだ。

「今日の分は、これで最後、だな」

 通信機から肯定の返事があった。

 親方に帰還する旨を伝えると通信を切った。

 用が済めばエネルギーは節約しなくては。

 宇宙では水も安全もエネルギーも、何一つただではないのだ。

 いや、――。

 方角は分かっている。

 というよりデブリ作業が終われば後は自動操縦で十分である。

 設定させ済ませれば終われば、デブリ処理場が併設されたドッキングベイに到着する手前までは、寝ていてもお咎めはない。

 大地は「接近物体検知器」だけを残して、さらなるエネルギー節約を求めてモニターを消した。これでモニターに表示されていたレーダーやセンサー計器が見えなくなる。

 感知計器を目視できるようにしておくことは「危険デブリ作業マニュアル」のイの一番に記載されている。

 しかし、これは親方から強く指示された手順である。

 中央のお金持ちが作った「危険デブリ作業マニュアル」の事項をすべて順守していたら、経済ランク最下位である瑞穂の中でもさらに下の「安全信用の泰平社」はあっという間に大赤字なのだそうだ。

「命は軽しノルマは重し」

 大地の父が就いている遠距離作業のように超長時間拘束ではないとはいえ、下っ端の大地ですら作業船を操れるとなると相当な出動数で連日の強行軍を強いられた。

 今まで就いた仕事より段違いの給料とはいえ、宇宙空間での作業は命がけ、本来なら引き合いになるような業務ではないと大地は思う。

「これだけやって、打ち上げに…寿司屋に行くのもちょっと躊躇っちゃうって、潮時かなあ」 

 大地の先輩方は、安くはないが命と技術に釣り合わない給料でも嬉々として働いておられるのだ。

 報われない喜びを感じる方々。

 大地はやはり、まず自分の働きには報いてほしい。

 自己顕示欲ではなく、できうる限り正当な経済的対価が欲しいのだ。

「騎士は食わねど…俺は騎士じゃねえ。腹が、減るんだ」

 人前では口にはするほど間抜けではないが、まだ若い大地の態度から漏れているものもあって、仲間からは今回も距離を取られ始めていた。

 それでも、大地自身は人当たりは良く、いわゆる人たらしの面があるのは行幸だろう。

 手先が器用でそれなりに頑丈で呑み込みも早い。

 何より若い。

 宇宙生活者に似合わない個人主義がちらつかなければ、喉から手が出るほど欲しくなる人材ではあるのだ。

 これまでのあまたの職場でも、働き辛さを互いに覚えるようになった頃、不思議と稼ぎの良い職場を紹介してもらえるのだ。

 突然、轟音とともに『天保山号』に大きな揺れが襲った。

 蓄積した疲労が、一瞬、大地の反応を甘くした。

 近距離レーダー、モニター、照明を全開にした時には、『天保山号』の目の前に瑞穂の外壁が迫っていた。

 近過ぎる。

 下手にスラスターを噴射したら、勢いを増して外壁に突撃しかねない。

 両手両足だけでは操作が間に合わない。

 エネルギー負荷の大きい音声制御機能をオンにする。

 大地の視界に外壁の凹凸が映った。

「ドッキングフック、発射」

 本来はドッキングフックは船とベイエリアそれぞれのドッキングフックの凹凸を噛み合わせて船体を固定する器具だ。

 大地は『天保山号』のドッキングフックがうまく外壁の凹凸を掴んで船体をコントロールする方に賭けた。

 何もない宇宙空間でスラスターを吹かすよりは、一か所でも固定してやる方が安定さえ易いと直感したのだ。

 コロニーの外壁の凹凸にうまくドッキングフックが嵌まる。

「スラスター、外壁に水平方向、強度1、噴かせ」 

 分のいい賭けではなかったが、大地は大正解を引いたようだ。

 『天保山号』の機動は安定させられた。

 だが、トラブルはそこで終わらない。

 モニターに見覚えのあるものが映っていた。

 それはまっすぐこちらに向かってくる。

 今度こそ避けられない。

 船体には『桜島号』ともう一つ。

 「安全信用の泰平社」の文字が大きくプリントされていた。

 先ほどの衝撃は、『天保山号』と同じドッキングベイに帰還しようとしていた同僚の乗る『桜島号』だったのだ。

 「接近物体検知器」がどちらも作動しなかったのか。

 整備不良の泰平社。

 2機同時に整備不良、それがどちらも帰還中でたまたま衝突コース上だったと?

 同僚は大地ほど冷静な対応ができなかったのだ。

 宇宙の彼方に飛んでいって自らデブリとならずには済んだが、許されない勢いで瑞穂に向かって「堕ちて」きたのだ。

 偶然を恨んだところで仕方がない。

「出ろ、ピーヒョロ」

 大地はよくやったと言ってもいい。

 大地の操る二本の鞭状アームは見事に『桜島号』を絡め取った。

 次の瞬間、『桜島号』は無回転で『天保山号』にすべてのエネルギーを渡し切り、奇跡的に瑞穂の壁に激突せずに済んだ。

 大地は誇ってもいい。

 不注意はあったかも知れないが、被害は最小限に抑えたのだ。

 瑞穂の外壁第一層を突き破った身でなければ、万歳を叫んでいただろう。

「…星環の外壁第二層なんて初めて見た」



 ――こちらは、「安全信用の泰平社」です。瓦礫を、デブリを、資源として活用したいなら、豊富な経験と実績のわが社、「安全信用の泰平社」――

 事務所の外から、録音されたウグイス嬢の麗しい声で、白々しい営業が繰り返し聴こえてくる。

「……今週のギャラは半分だ。ありがたく思え」

 親方はこちらを見もしない。

 趣味のビリヤードに興じる方が大事だと言わんばかりに。

 大きな子供ほどの背丈の長さの棒の先を、大事そうに布で拭いている。

 経営がギリギリと言いつつ、英雄的活躍をした大地に残酷な処分を告げてくる。

「稼いだポイント分のボーナス分も、」

(顔に出すな、俺)

 親方が続けて何を言うか、子供でわかる。

 そして、この親方の趣味に何度も付き合った大地には、次にやりたいプレーも予想できた。

 親方は丁寧に、白い自球の中心を棒でつついた。

 緩く回転してテーブルを滑っていく白球

(親方の目玉を抉り出して、白球の代わりに使ってやりてえ)

 あの自球はもっと正確に中心を打ち、無回転にしなければならなかった。

 ガ、ガコーン、と2つの球がテーブルの穴に吸い込まれていった。

 そう、大地が打てば、無回転で、的になった球だけが穴に落とせたのに。

(俺より下手のな横好きがっ、ストップショットぐらいっ)

 そう、あの事故をビリヤードの球で再現して見せ付けてやれたのに。

(運動量保存の法則、

 弾性衝突、またの名を速度交換っ、

 スライド運動、すなわちこいつがミスった無回転っ)

「俺のせいじゃ、…」

 踵を返した大地の目に、事務所の玄関脇に「ニュートンの揺りかご」が飾ってあるのが目に入った。

 蹴とばしてやろうかと一瞬足が止まったが、一銭にもならないと、軽くはたくだけにして何も言わずに事務所を出た。

 カチ………カチ

「今日の分まで、振り込んである。来週来るかどうかは、週明けまで待ってやる。寛大だろ?」

 ようやく親方は大地に振り返ったが、もう大地はそこにいなかった。

 カチ………カチ

まだ、物語は始まってもいない。

大地の生きる世界を、ほんの少しだけ紹介したに過ぎない。

合わない人には、とことん合わない物語。

でも、付き合っていただけたら、嬉しい。

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