第7話 幼馴染とお泊まり会。
「白石さん、緒方さん。まだ残っていたんですか? もう、こんな時間ですよ。帰りなさい」
「ごめんなさい。先生。今、帰ります!」
「ええ。早くしないと閉めるからね」
「はい」
え、もう6時なんだ。時間経つの早いな〜
「ゆき。もう帰ろ。一緒に」
「うん」
夕方の電車。
がたん、ごとん。揺れるたびに、座席の端で肩が触れる。車内は静かで、駅に着くたびにだんだん乗客が減っていく。いつの間にか、私とひなた、二人だけになってた。私たちの駅、終点だしね。
「ねえ、ゆき」
「ん?」
「明日、ゆきの家行ってもいい?」
「ごめん。明日はお母さんがいるから」
「……そっか」
ひなたの声が、少し沈んだ。
「じゃあ、明日はゆきに会えないんだ。……ちょっと寂しいな」
私が笑って「1日だけじゃん」と言っても、ひなたは膝の上で手をぎゅっと握っていた。寂しそう。
電車が私たちの最寄り駅に着いても、ひなたは少しの間、動かなかった。
♢♢♢
改札を抜けると、ひなたが小さく言った。
「ね、ちょっと寄ってかない?」
「え、どこに?」
「私の家。お茶でも飲んでいこう?」
「でも、もう6時すぎてるんだよ? くらいよ」
「すぐ帰すから。……ほんの少しだけでいいから」
切なそうに、悲しそうにひなたが言うから、断れなかった。
ひなたの家の玄関をくぐると、廊下から漂うほのかな甘い香り――たぶん、クッキーの匂い。
「ちょっと座ってて。今、紅茶いれるから」
「う、うん」
カップを手渡されると、ひなたがじぃっと私のほうを見てきて言った。
「ねえ、ゆき」
「なに?」
「明日、会えないの、やっぱり寂しい」
「……そんなに?」
「だって、今日だって本当は帰したくないもん」
笑ってるのに、ひなたの目が少し潤んでいる。その顔を見ると、胸がきゅってなる。いつもは頼れる感じなのに、今はなんか、ひなたが小さくなったみたい。
「わかった。じゃあ、今日はもう少し一緒にいよう」
「本当に?」
「うん。でも、少しだけだよ?」
「……ううん、今日は泊まっていきなよ」
「えっ!?」
「ゆきの歯ブラシも新しいの買ってあるし、パジャマもあるし」
「なんでそんなの……」
「だって、いつか泊まってくれると思ってたから」
その言葉に、何も言えなくなった。
準備が最初から整ってたことに、少しだけざわつく。
でも、ひなたの嬉しそうな笑顔を見ると、断りたいっていう気持ちもいつの間にかなくなっていた。
♢♢♢
ひなたの部屋。
「お風呂、順番どうする?」
「ゆき先に入ってきなよ。それとも、一緒に入る? 大歓迎だけど」
「え、一人でいいよ」
「そんなこと言わないで」
結局二人で入ることになった。二人でチャポチャポ。めちゃくちゃ久しぶりだな〜。ひなたの家に来るのも久しぶりだし、一緒にお風呂に入るのだって、泊まるのだって。
「気持ちぃ〜」
そう私が笑うと、ひなたも笑った。
「ドライヤー、私がかけてあげる」
「え、いいよ、自分で」
「いいの。……こうしてる時間が好きだから」
髪を乾かされながら、ひなたの指先がときどき首筋に触れて、くすぐったくて、落ち着かなかったけど、嫌じゃなかった。
「ねえ、ゆき」
「なに?」
「明日、私のこと忘れないでね?」
「え?」
「ゆきがお母さんと過ごしてるときも、少しでいいから私のこと思い出して」
「もちろんだよ。そんなの、忘れるわけないじゃん」
「……よかった」
ひなたの声が少し震えていた。そのまま、布団を並べて横になる。すると、ひなたの呼吸がすぐ隣で聞こえた。だんだんと気配が近くなってきて、
「ゆき」
「ん?」
「今日は、ずっと、こうしてたい」
そう言ってひなたに抱きしめられた。
「……うん。いいよ」
「ありがと。ゆき」
そっと伸びた指が、私の手を探し当てる。指先が触れ、絡まる。そのぬくもりが、まるで離れることを拒むみたいに強くなっていく。
ひなたの囁きが、耳元で聞こえた。
「ゆきは、私の一番大切な人なんだから。私にずっと頼って生きて。私を必要として」
切なくってとても悲しそうに震えた声で。




