第6話 私だって自分でできるもん。たぶん。
放課後の教室。
みんながわいわい話しながら帰っていく中、私は机の上にノートを広げた。
――今日は、ひなたに頼らずにやってみよう。
昨日の夜、ひなたに甘えてばかりの自分を思い出して、ダメだなって思ったの。さっきもひなたにやってもらってばっかだったし。だから今日は、一人で頑張ってみたかったの。
「ゆき、帰ろ」
教室の後ろから、ひなたの声。けど、だめ。
「ごめん、今日はちょっと残って勉強するね」
「え、ゆきが? 珍しい」
「ひどいなぁ」
「だって本当のことだもん」
ひなたは笑って、私の机の前に立つ。ちょっと心配そうな顔してるし。そんなに珍しいかな?
「わかった。じゃあ、帰りは気をつけてね。本当にね」
「うん、ありがと」
そのまま、ひなたは教室を出ていった――やっぱり、少し寂しいな〜。でも、今日は頑張るの。ひとりで。
♢♢♢
カリカリ、とシャーペンの音が響く。だけど、途中で止まる。……あれ? わかんない。ここって、どうやるんだっけ。
はぁ〜あ。ひなたなら「ここはね、こうやるんだよ?」ってすぐ教えてくれるのに。いや、ダメダメ。今日はひなたには頼らずに一人でやるって決めたんだから!
……でもやっぱ、わかんないな〜。
教科書を見ても、頭に入ってこない。ふと、机の上のスマホに目がいった。
「やっぱりひなたに聞いちゃおうかな……」そう思った瞬間――
ガラッ。
「ゆき」
ひなたがドアの向こうに立ってた。え、なんでいるの? さっき「じゃあね」って言って帰ってなかったっけ?
「ひ、ひなた!? どうしているの?!」
「ゆきが心配で、ね」
「え? 私のために?」
「うん。ゆきは、ひとりだと頑張りすぎちゃうからね」
そう言って、ひなたは手に持った袋を机の上に置いた。
「ほら、クッキー持ってきてあげたよ。糖分補給」
「……わざわざ持ってきてくれたの?」
「もちろん。だって、ゆきが頑張るときは、そばにいたいもん」
ひなたは当たり前みたいに隣に座って、ノートを覗き込む。
「ここね、計算の途中式が抜けてるの。ほら、こうやって――」
すらすらと、ひなたの手が動く。
文字が整って並ぶたび、私のページがひなたの字で埋まっていく。
「うん。えらいえらい。もう、頑張ったじゃん。終わろうよぉ〜」
「大丈夫。もう少しやってみるもん」
でも、やっぱり間違う。
「惜しいね、こう。こうすれば一発」
ひなたが笑って、私の手の上に自分の手を重ねる。
「こうやって、書くの」
「……うん」
ひなた、すごい。私ができないところをするするといてくよ……。
「ゆき、がんばっててえらいね」
「ほとんど、ひなたがやっちゃったもん……」
「そんなことないよ。ゆき、めちゃくちゃ頑張ってた。もう、やんなくっていいくらいだよ〜」
その声が、あたたかくて、でもどこか怖い。
気づけば、半分以上の問題をひなたが解いていた。
「やっぱ、私、何にもできてないじゃん」
「いいの。私がいるでしょ」
ひなたは微笑んで、私の髪を軽く撫でる。その仕草が、優しいのに息が詰まりそう。
「ゆきは、一人で頑張らなくていいの。私がいるんだから」
「でも、少しくらいは、自分でできるようにならないといけないもん」
「ダメ。私の存在意義がなくなっちゃうじゃん」
ひなたは冗談っぽく言った。
「そんなことないよ。ひなたに頼ってばっかだもん」
「もっと頼っていいんだよ? 私が隣にいれば、それでいいの」
ひなたの声が柔らかくて、逃げ場がない。
♢♢♢
気づけば、空はすっかり夜。
教室の明かりの下で、私のノートはほとんどひなたの字で埋まっていた。
「ねえ、ひなた。これ、私の勉強っていうより……」
「二人の勉強でしょ?」
「……うん」
「ね、ゆき。ずっとこうやって一緒にいようね」
「でも、私もちゃんと一人で――」
「ゆきは、私がいないと何にもできないんでしょ?」
「……」
「だから、ずっと一緒にいようね?」
ひなたの笑顔がふんわり近づいて、私の肩に軽く頭を寄せる。
「ゆきは、私の一番大切な人なんだから」
胸の奥がじんわりあたたかくなる。それなのに、少しだけ冷たい感覚が背中を這う。
“ひなたがいないと、私は何にもできない”
そんな言葉が、静かに心に刻まれていった。




