第4話 幼馴染は二人きりの時は私にすごく甘い。
「ただいま」
「今日もゆきのお母さん、遅くなるの?」
「うん」
「じゃあ、遅くまでいていいね」
ひなたが言うと、なんだか当たり前みたいに聞こえる。お母さんの帰りが遅い日は、自然とひなたが一緒にいてくれる。まあ、お母さんがいる日も結構いる気がするけど、やっぱりひなたがいると安心する。最初のうちは「いいのかな」って思ってたけど、もう慣れちゃった。
玄関に並んで靴を脱いでると、ひなたがふわっと笑う。
「ゆきの家の匂い、落ち着く〜」
「めっちゃリラックスしてるね〜」
「だって、ほとんど私の家みたいなもんでしょ?」
「えぇ、私の家なのに〜」
口ではそう言ってるけど、ちょっと嬉しい。私の家の匂いを落ち着くって言ってくれるの、なんか照れるな。
「ひなた。何飲みたい?」
「大丈夫だよ。私がやるから、ゆきは座ってて」
「え、でもここ、私の家だし」
「だーめ。ゆきは今日も学校頑張ったんだから、休憩してて」
「えぇ〜」
ひなたは、そう言って当然のようにキッチンへ向かう。なんだか、この家にひなたがいるのが普通みたいな気がしてきた。
「はい、紅茶できたよ。ミルクも砂糖も入れといた」
「ありがと」
「ゆき、今日疲れてるでしょ。顔に書いてあるもん」
「そんなに?」
「うん。……ほら、目の下、ちょっと赤い」
そう言って、ひなたがそっと指先で私の頬をなぞった。
くすぐったくて、でも妙に落ち着く。
「だ、だいじょうぶだよ」
「まったく。ゆきってば、すぐ無理するんだから」
「だって、いろいろあるもん」
「いろいろって、宿題とか?」
「……うん、そんな感じ」
「じゃあ、今は忘れよ。はい、リラックリラックス!」
ひなたが、テレビのリモコンを取ってニュースを消す。
代わりに流れるのは、ふんわりしたBGMだけ。
「ほら、こういう時間、大事でしょ?」
「ひなたって、すっごくやさしいね」
「ゆきだけだよ」
「そんなことないよ。すっごく優しい」
「そんなことないから」
笑い合うと、いつもの空気に戻る。でもその“いつもの空気”って、全部ひなたが作ってくれてる気がする。私はただ座ってるだけ。お茶も、お菓子も、ひなたが用意してくれる。
「ゆき、これ食べる?」
「え、なにそれ」
「クッキー。昨日焼いたの」
「ひなた、いつの間にそんなの作ってるの!?」
「ゆきのために、決まってるじゃん」
「……え」嬉しい。
「だって、ゆき、最近甘いの控えてるって言ってたでしょ? でも我慢しすぎると逆にストレスになるから、甘さ控えめにしたの」
「すご〜」
「食べてみて」
「うん……おいしい!」
「でしょ? よかった〜。失敗してたらどうしようかと思った」
ひなたの笑顔が、ちょっとだけ照れてて可愛い。でも、私のために焼いたって言葉が、胸の中で何度も響く。嬉しい。甘えてばっかりだな〜
「ひなたって、ほんと優しいよね」
「そうかな?」
「うん。なんでもしてくれるし」
「してあげたいんだもん」
「でも、ひなたに頼ってばっかりで、ダメだなって思うの」
「そんなこと思わなくていいよ」
「でも……」
「いいの。私、ゆきに頼られてるの嬉しいんだもん」
その言い方が、あまりにもまっすぐで、少しだけ息が詰まった。頼られるのが嬉しい――それは、優しすぎて、だめ。
「ねえ、ひなた。学校でもこんな感じだよね?」
「え? どんな?」
「みんなにも、こうやって優しいの」
「んー……どうだろ。たぶん違う」
「違う?」
「他の子には、ちゃんとしてって言うだけかな」
「そっか」
「でも、ゆきには言わないでしょ?」
「うん、言われたことない」
「ゆきのこと、怒れないもん」
「なんで?」
「だって、ゆきは頑張ってるもん」
ひなたは少しだけ身を乗り出して、
私の髪に手を伸ばして、軽く整えるように触れた。
「ね、ゆき。ちゃんと食べて、ちゃんと寝てる?」
「う、うん。たぶん」
「たぶんじゃだめだよ」
「ひなたぁ〜」
「も〜、ゆきってばほんと可愛い」
そう言いながら、ひなたが笑う。優しいのに、どこかで“甘すぎる”と思ってしまうのは、私だけなのかな。
「ひなたってさ、将来絶対いいお嫁さんになるよ」
「え〜、じゃあ、ゆきがもらってくれる?」
「なっ……!?」
「冗談だよ〜」
「もう!」
「でも、ほんとに。ゆきのお世話してると、幸せなんだ」
「それは……ありがたいけど、私、どんどんダメになっていく気がする」
「いいじゃん、ダメなままで。私がなんとかするから」
「そんな無茶な」
「無茶じゃないよ。ゆきが笑ってくれたら、それでいいもん」
ひなたの言葉は、まるで毛布みたいにあたたかい。優しさが身体の奥まで染みていく。けど、心のどこかで、少しだけ怖くなる――ひなたって、本気でそう思ってるんだ。
「ねえ、ひなた」
「ん?」
「私、ほんとにこれでいいのかな」
「なにが?」
「なんでもひなたにやってもらってるし……」
「いいの。ゆきは《《私のゆき》》なんだから」
一瞬、息が止まった。でも、ひなたはすぐにいつもの笑顔で続ける。
「って言っても、幼馴染の意味でね!」
「も〜、びっくりするじゃん」
「ゆきのびっくりした顔、可愛い」
軽く笑いながら、ひなたが私の頬をつつく。その指先が優しくて、少し冷たくて、触れられるたびに、なんか安心してしまう。
「ひなたって、ほんとに……」
「なに?」
「ずるい」
「え?」
「こんなに優しくされたら、もう一人で何もできなくなるじゃん」
「それでいいよ」
「だめだよ〜」
「じゃあ、できるようになるまで、私が隣にいればいい」
私、ほんとにひなたに甘えてばっかり。でも、ひなたが笑ってるなら、それでいい気もする。




