第3話 幼馴染と一緒に帰る帰り道。ただし、幼馴染って言うことは内緒。
放課後のチャイムが鳴って、教室のざわめきが一気に明るくなる。
「ゆき、帰ろ!」
教室のドアのところで、ひなたが手を振っていた。相変わらず、目を引く笑顔。クラスのあちこちから
「ひなた〜バイバイ!」
「またねー!」
なんて声が飛んでくる。
「うん、わかった。今準備するね〜」
私は教科書をしまいながら、ミサトちゃんに声をかけた。
「ミサトちゃん、帰ろっか」
「うん! あ、白石さんたちも一緒でしょ?」
「うん、そうそう。5人でね〜」
ひなたと、ひなたの友達の2人。それに、私とミサトちゃん。一緒に帰る時のメンバーが揃うと、みんなで歩き出す。
改札を抜けて、電車に乗り込む。放課後の車内は制服の子たちでいっぱい。私たちは2、3に分かれて座った。
「ねえねえ、次の文化祭、クラスでカフェやるんだって!」
「え〜、本当? それ絶対楽しいじゃん!」
「ひなたちゃん、絶対接客似合う〜!」
「わかる〜! エプロン似合いそう!」
「ちょ、ちょっと〜、そんなにハードル上げないでよ〜!」
ひなたは照れたように笑いながら、頬に手を当てた。それを見て、また笑いが広がる。彼女が中心にいると、世界が明るくなる。本当に、太陽みたいな人だ。
私はその隣で、ミサトちゃんと小声で話していた。
「ね、ゆきちゃん、白石さんってほんとすごいね!」
「うん……まあ、そうかも」
「成績いいし、可愛いし、性格もいいし。羨ましいな〜。あんな幼馴染ほしい!」
――え?
心臓が跳ねた。なんで、知ってるの? いや、たぶん、ただの言葉のあや。深呼吸して笑って返す。
「そ、そうだね。ほんと、すごいよね」
「そうそう! あのさー、ひなたちゃんってさ、告白とかされたことあるの?」
「えぇ〜!? いきなり何それ〜」
「絶対あるでしょ〜、だって人気だもん!」
「ううん、ないない。そんなの……」
ひなたはちょっと私の方を見ながら首を振った。
「えー、嘘だ〜」
「絶対モテるって!」
「……もう、そんなこと、ないよ」
冗談めかして言いながらも、ひなたの声は少しだけ低かった。
車内は笑い声で満たされていたけれど、ちょっと心が苦しくなってきた。
♢♢♢
次の駅で、ひなたの友達が降りた。
「じゃあね〜! また明日〜!」
「バイバイ!」
そのあと、ミサトちゃんも立ち上がる。
「私もここで降りる〜。ゆきちゃん、また明日ね!」
「うん、またね」
ドアが閉まる。電車がゆっくり動き出す。すると、ひなたが隣にやってきて、さっきまでミサトちゃんがいた席に当然のように座った。
「……ねえ、ゆき」
ひなたが、少し低い声で言った。
「ん?」
「今日も楽しそうだったね。ミサトちゃん、だっけ?」
「うん。楽しかったよ」
「そっか。よかったね」
ひなたがこちらを見た。その瞳が、どこか子供みたいに真っ直ぐで、少し怖い。
「でも、なんか、寂しかったんだ」
「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」
「ううん。ゆきが悪いんじゃないの。私が、わがままなの」
ひなたは笑った。でも、その笑顔はさっきまでの“ひなた”の笑顔じゃなかった。どこか、ひびが入ったガラスみたいに危うい。
「ねえ、ゆき」
「な、なに?」
「今日さ、ミサトちゃんとすごく楽しそうに話してたよね」
「え、うん……普通に、テストの話とか」
「そっか。普通、ね」
ひなたの指が、私のスカートの裾をつまんで、そっと引いた。
距離が少しだけ近づく。
「でもね、私、見てたんだよ。ゆきが誰と笑ってるのか」
「……え?」
「教室でも、電車でも。ずっと見てた」
その声が、少しだけ震えていた。
「え」
「怖い? ……ごめん。でも、ゆきが誰を見てるのか、気になるの。だって、幼馴染だし。大切だから」
ひなたはそう言って、私の手を取った。指先が冷たくて、細い。握られた瞬間、心臓が跳ねた。
「ねえ、ゆき。もしさ、私が誰かと話してたら……嫉妬してくれる?」
「そ、そんなこと……」
「してくれないの?」
ひなたの声が、かすかに甘えていた。
その目は、何かを確かめるように私を見つめている。
「……わかんないよ」
「そっか。私はね、しちゃうの。ゆきが誰かと仲良くしてるだけで」
電車がカーブを曲がる。揺れに合わせて、彼女の肩が私の肩に触れた。離そうとしても、ひなたは手を離さなかった。
「大丈夫。ゆきは、ちゃんと私が見てるから」
「ひなた……」
「だからね、もう少し、私のことも見てて」
微笑んでそう言ったひなたの顔は、あまりにも綺麗で――でも、その笑顔に、私は息を詰めた。
まるで、笑顔の鎖みたいに。優しくて、温かいのに、動けなくなる。
その日、私は初めて気づいた。――ひなたの“優しさ”は、少しだけ、重い。
♢♢♢
次の駅のアナウンスが流れる。
ひなたが、私の手を離した。
「……じゃ、そろそろ降りよっか」
「う、うん」
外の風が冷たいのか、ひなたの頬は少し赤い。
でも、その笑顔は、やっぱり完璧だった。
「今日も家、行ってもいーい?」
「うん……」
断る選択肢なんて、最初からなかった。
ひなたは微笑む。
「えへへ、約束ね」
その笑顔が、ずっと私の心に絡みついて……。




