第10話 幼馴染の様子がおかしいです。
待って、寝坊した。
「行って来ま〜す」
遅れるよお。昨日、お母さんと話しすぎちゃって寝るのがいつもより3時間も遅くなっちゃったの。はぁ、久しぶりのお母さん、めっちゃ嬉しかった。
でも、そのせいで、今遅刻しそう……。お母さんは行っちゃったし、かなしい。て、いうか、急がないと。
つ・い・たぁ〜
この調子だったら、ほんとにいつか遅刻する気がする。
「ゆきちゃん。今日も、一段と遅かったね。何かあったの?」
「寝坊しちゃった」
「いつも言ってるじゃん。遅れないように気をつけな!」
「うん。ありがとう。ミサトちゃん」
ミサトちゃんにもいつも心配されてるし、ほんとに気をつけないと。あと、ひなたにギリギリだったってことは、知られないようにしないと。今日は、ひなたは生徒会があったせいで、ギリギリになって私がくるよりもあとに教室に入ってたから知らないはず。
「ん? なになにー? ゆき、今日もギリギリだったの?」
「あ、そっか、白石さん生徒会だったから知らないんだよね。そう。ゆきちゃん、チャイムなる直前にガラガラって開けて入ってきたの」
「え、そんなにギリギリ? ゆき、どういうこと? 私も一緒に朝は言ったほうがいいかな?」
やっぱりそうなると思った……。ほんとにひなたは過保護なんだから。
「大丈夫。まだ遅刻してないから」
「遅刻してからじゃ遅いの。私、生徒会やめようか? ゆきのためならやめるよ」
「そんなこと言わないで。大丈夫だから」
「でも……」
「私も一人でできるの」
「わかった」
ほら、こんなに簡単に生徒会やめるとか言っちゃう。だめだよ。
「じゃあ、次の授業でね」
ミサトちゃんが手を振って自分の席に戻って行った。私はノートを閉じながら、ちらっとひなたの席を見た。
ひなたは何かを書いている。生徒会の仕事なのか、授業のまとめなのかはわからないけど、顔がすごく真剣。
でも、私がみてるのが分かると、すぐに手を止めて笑う。
「ゆき、次の授業、移動教室でしょ? 一緒に行こ」
「うん。でも、さっき何か書いてたでしょ? まだ用事あるなら私、先行ってるよ」
「用事なんていい。ゆきと行くのが先」
ひなたはいつも優しいから、いつも甘えちゃう。でも、その優しさの奥に、なにか別のものがある気がする。
私が誰かと話そうとすると、それをまた止めるようにすぐに近づいてくる。
♢♢♢
お昼休み。
ミサトちゃんが先生に呼ばれていないから一人でお弁当の包みを開けてたら、いつのまにかひなたが隣に座っていた。いつのまに移動してきたんだろう。
「昨日、お母さんとはどうだった?」
「楽しかったよ〜 たくさん話したし、大好きなオムライスも作ってくれたの」
「そっか。よかったね」
笑顔なのに、ひなたの目が笑ってない。少し伏せたその瞳が、なにかを抑えてるように見える。
「……ゆきがいなくって寂しかったの」
「え?」
「ゆきがいなかったから、何してても落ち着かなくて。何度もスマホ見ちゃって。今なにしてるかなって」
ひなたの声が小さく震えていた。私のことを思ってくれるのは嬉しい。嬉しいんだけど――。
「ひなた……」
「ねえ、ゆき。ほんとはさ、昨日も……家にいてほしかった。朝起きて、ずっと隣にいてくれたら、どんなに嬉しかったかって思ってた」
私は黙って箸を動かす。答える言葉が見つからなかった。だって、昨日はお母さんと過ごせる、数少ない日だったのに。ひなたもそれを知ってるはずなのに。
「……でもね、ひなた」
「うん?」
「お母さんと過ごせる時間って、本当に少ないの。だから、昨日は一緒にいたかったの」
「わかってるよ。ゆきがそう言うと思ってた。でも、わかってても……心が追いつかないの。ごめん」
ひなたの指が机の下で震えてる。その手を、ぎゅっと握ってあげたらいいのかな、って一瞬思った。でも、もしそうしたら、離してくれなくなる気がして――私は何もできなかった。
♢♢♢
放課後。
私はミサトちゃんと二人で帰ることにした。ひなたは生徒会の書類整理で残るって言ってたから少しほっとした。
「最近、白石さんとどう? 相変わらず仲いいよね」
「うん……仲いいけど、なんかね」
「なんか?」
「たまに、すごく近すぎるなって思うときがあるの」
ミサトちゃんは少し考えて、頷いた。
「白石さんって、ちょっと完璧すぎるもんね。たぶん、ゆきちゃんのこと、すごく大事に思ってるんだと思う」
「うん……そうだね」
本当に、そう。大事に思ってくれてる。それはわかってる。でも、最近、それがちょっと重い気がするの。まるで、私の全部をひなたが握ってるみたいで、息がしづらくなる。
まあ、ひなたがいなかったら私は何にもできないから全部握ってるっていうのも間違ってないんだけどね。
♢♢♢
夜。
お風呂から上がると、スマホにメッセージがいくつも入ってた。
『ゆき、今なにしてるの?』
『ちゃんとごはん食べた?』
『寝る前に、少し話したい』
『電話していい?』
全部、ひなた。既読をつけるのが怖くて、私はスマホを伏せた。でも、すぐに電話が鳴った。
「……ひなた?」
『ゆき、出てくれてよかった。今日、帰りに一緒じゃなかったから、ずっと落ち着かなくて』
ひなたの声が少し掠れてる。泣いてる? のかな。あのひなたが?
「ひなた、泣いてるの?」
『泣いてない。ただ、少し、寂しくなっただけ』
嘘。声が震えてる。その言葉の奥に、何かもっと大きな感情が隠れている。
『ねえ、ゆき。明日、朝、一緒に行こう?』
「え、でも、ひなた、生徒会あるでしょ?」
『いいの。行かない。ゆきと行きたい』
どうしてそんなに。
いつもの、ひなたとぜんぜん違う。余裕がない感じだし。
『ねえ、ゆき。私ね、ゆきのいない時間が怖いの。ずっと、ゆきのこと考えちゃう。授業中も、寝る前も、夢の中でも』
私は何も言えなかった。ただ、黙って、スマホの向こうでひなたの声を聞いていた。
♢♢♢
翌朝、玄関を出ると、ひなたが立っていた。まだ制服も少し乱れてて、泣いたあとが残ってる。でも、笑ってる。
「おはよう、ゆき」
「ひなた、目が赤いよ」
「ごめん。ちょっと落ち着かなくって。学校、行こ」
私が何か言う前に、ひなたが私の手を取った。その手は冷たくて、少し震えていた。手を離したら全部壊れてしまいそうだった。
「ゆきがいないと、私、ダメになるの。ごめんね」
ひなたは震える声で、言った。




